そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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空漠の知悉

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ジーノが外出して暫くして、ケータイが鳴る。
櫂かと思いドキリとするが、表示内容を見て
疑問と不信感が湧く。
「夫人──」
これは出ない方がいい。
あの日からひと月以上、音沙汰が無かったのに
突然何の用だろうか。
気にはなるが、侑梨もそこまで馬鹿では無い。
……と思いたい。
着信音が止まりホッとするが、
すぐさまメール音がする。
「今、東京タワーの近くよ」
侑梨に来てと言うことだろうか?
行かないけれど。
トイレから戻るとまたメールが来ている。
「後少しで貴方のマンションに着くわ」
……こんな感じのオカルトを聞いたことがある。
少しずつ、近づいてくるのを報告され、最後には
『貴方の後ろにいるの』とお化けに襲われる。
恐る恐る振り返るが当然、いる訳は無い。
安堵したが夫人がここに来る!
急いで出掛ければ間に合うだろうか?
逆に出会ってしまう可能性の方が強いかもしれない。
ここはコンシェルジュを信じて居留守を使ってしまおう。きっとジーノは今、誰も通すなと厳命していると思う。
数分後、コンシェルジュから確認の電話が入る。
……夫人に掛かれば、高級マンションのコンシェルジュも形無しだ。
出るべきか、ここへ呼ぶべきか。
ジーノに連絡した方がいいだろう。
──けれど彼は今、櫂に会いにいっている。
「降ります」
ジーノの部屋に夫人を入れたくなかった。
以前は夫人とジーノの関係を受け入れられた。
けれど、今は嫉妬している自分がいる。
ジーノを捨てたのに、まだジーノと繋がっているのにも
苛立つ。
2人は未だに身体の関係があるのだろうか?
そう思うと胸が痛い。


「あら」
夫人の第一声は上品な声でゆっくりとした口調は変わらないが少し驚きの声だった。
その言葉に戸惑う。
「可愛い娘に少し会わないうちに、女になったわね」
返答に困り無言で通す。
「どちらの貴方も好きだわ」
ふふっと笑う夫人は幼女の様に無邪気だ。
居心地が悪く用件を促す。
「貴方の雛人形を買いに行こうと思って」
夫人の感覚は本当に理解できない。
「結構です」
騙した夫人に警戒心を解いてはいけない。
「お雛様は雛型が由来。自身の汚れを移す形代よ。
必要だわ」
「──それなら尚更必要ありません」
侑梨の汚れをジーノは受け止めてくれた。
結果はまだ分からないけれど、その気持ちだけで、
侑梨を満たし救ってくれた。
「夫人には恨み言も……感謝も沢山あります。
理想の母親の様に想っていたことも。──だけど今は
ジーノを苦しめた女性にしか見えない。もうこれ以上、私たちに関わらないでください」
言い切った達成感はあるが、微かに手が震える。
「そんな薄着で出てくるから、寒いのでしょう?」
手を握り暖める仕草をする。
さっきの侑梨の発言をなかったことの様に。
「夫人‼︎」
「聞いているわ」
嬉しそうに微笑む。
「けれどあまりにも貴方がわたくし好みになって困っているの」
手離したくないわ。そう呟き侑梨の瞳を見入る。
「けれど今、ジーノを苦しめているのは貴方ね」
わたくし達、お揃いねと微笑む。
夫人の言葉を聞いてはダメだと、危険信号が鳴り響く。
「彼だけでは満足出来なかった?言ったはずよ。彼と貴方は合わせ貝。セックス気持ちいいでしょう?それでも足りないなんて、貴方の歪みはわたくしの思ってた以上だわ」
とても嬉しそうに微笑む。
「貴方が雛人形を必要としなくても、その子には必要だわ。行きましょう?」
夫人の言葉の意味が分からず固まる。
微笑みながらゆっくりと侑梨の下腹部に手を当てる。
「おめでとう侑梨さん」
きっと女の子よ。
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