そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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空漠の知悉

126_櫂_

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──侑梨が俺もマウロも愛していて悩んでいるのは知っている。その答えを出すことに苦しんでいることも。
だが、いつかどちらかを選ぶと思っていた。
「……月水金は俺で火木土はマウロ?」
なんだかゴミ出し日みたいだ。
自分で言って冗談としか思えない。
こんな笑い話をマウロとする日が来るなんて
昔の自分は想像すらしてないだろう。
「その分け方もあるね」
マウロが苦笑する。
「……正気か?」
「ユーリを僕だけのものにしたいけれど、彼女の本当の望みは僕ら二人を手に入れることだ。僕だけでも、君だけでも彼女の心は満たせない」
「──無理だ──受け入れられない……」
乾燥した空気が更に口腔内の水分を奪う。
そんなことを口にすれば侑梨から引き下がったと
マウロに思われる。ヤツは内心喜ぶだろう。
けれど──無理だ。
正気の沙汰じゃない。
「──この公園にも家族連れや恋人同士が沢山いる。
老夫婦も。多くの人の恋愛観からは外れるけれど、そんなの知らない。僕は彼女を倖せにしたい」
「俺は──侑梨を倖せに出来る!」
「彼女は昨日、僕に殺して欲しいと懇願したよ」
君だけではダメなんだ。
僕だけでも。
マウロの辛そうな顔が徐々に現実だと告げてくる。
「彼女が苦しむなら、僕が苦しむ方がいい。
──君にその覚悟は?」
「──侑梨と話した……」
「彼女と話すなら覚悟を決めてからにしてくれ。余計に彼女が傷つく。この決断をすれば少なからず非難するものもいる。君まで彼女を傷つけないでくれ」
「本当……なのか?」
同じ様な内容を何度も聞いているのに馬鹿みたいに何度も聞いしまう。
「実際今も、僕も君も彼女を抱いている。大差はないだろう?」
マウロの言葉は自分に言い聞かせている様でもあった。
「早急に決めて欲しい。もし君が可能なら彼女のパスポートができ次第、日本から経ちたい」
マウロが出した提案だ。ヤツに主導権があるのは分かるがそれも気に入らない。
「君に悪い様にはしない」
俺の不服を感じ取ったのか言葉を足してくる。
「僕は今、ユーリの倖せを一番に考えている」
君は?と問われ、思い直すが、ソレが本当に侑梨の
倖せなのか?と疑う心が広がる。
「夫人は怖いが──もっと怖いのは──」
その言葉に疑問を感じたが視線が急に合う。
、早めに答えを聞かせて欲しい」
再度、バケットとコーヒーのお礼を言われマウロは去った。


来た道を帰りながら先程ヤツが見ていた俳碑に目が行く。

〈外に出よ  
   触るるばかりに
        春の月〉

中村汀女の句だ。
母親が子供達に春の月の眺めようと庭に出る日本の幸せな家庭風景を描いている。
二人の男が一人の女を愛する家庭とは真逆だ。  
……ヤツにも想像していた未来があったのかもしれない。侑梨と子どもとの3人での生活。
『妊娠しているかもしれない』
あの時は侑梨の子供の父親になれると思っていた。
それはマウロがいないという前提だ。
そこにマウロと子共がいるのに、俺がいる意味は
本当にあるのか?
そんな屈辱と劣等感に海外で耐えられるか?
せめて国内ではダメなのか。
そう思い、夫人の存在を恐れていたマウロの言葉を
思い出す。
──夫人と話したい気持ちもあるが、夫人との関わりは最小限にしたい。あの関われば関わるほど、沼に落ちていく感覚。正直、マウロの考えに賛同する。
だが──
今は溜息しか出ない。
コーヒーを飲み口内の渇きを潤すが、
泥水の様に感じた。
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