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無知の致良知
140_櫂_
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指輪を買うことに悩む。
以前より受け入れている自分がいるのは確かだが、
それでも拒否感は強い。
理から外れているような嫌悪感もある。
侑梨が子どもを産めば戸籍上父親はマウロになる。
血も繋がり、戸籍上もマウロの名前が記される。
それとも父親欄は空白で出すのだろうか?
……それは子供の為にも良くない。
そうなれば俺の繋がりは精神的なものでしかない。
侑梨の愛を信じて乞うことでしか居場所はない。
情けなさと、それでも侑梨を離したくない気持ちが綯交ぜになり苦しい。
「沙織」
呼んだはいいが、思い直す。
「ごめん。なんでもない」
いい加減、沙織に判断を煽るのは良くない。
沙織は立ってコーヒーを入れ出した。
「良知というのを知っている?」
「いいや」
「儒教の一つの陽明学の言葉よ。性善説を根本とした陽明学は行動の哲学。人は生まれつき正しい判断能力を持っている。それが良知。けれど、思っていても行動に移せない。そしてそれをしないと罪悪感を感じる。それは正しい行動をしていないと自身が分かっているから。欲望の赴くままにはではなく人の純粋な心が良知。そしてその心に決めたことを行動に移すことを知行合一という。決めたと思っていても行動しなければ何も決めていないことと同じ。行動とは自分の判断を外に問うことなのよ」
「自分の中にどちらも正しく感じる真逆の意見がある。
どちらが良知なのか分からない」
「良知は世間や風潮に流された心ではなく、自分の私欲や執着でもない、本当に納得できる自分の心の判断を求めること。それを徹底的に追求することを致良知というの」
「それは……難しいな」
「難しいわ。だから陽明学を帝王学と考える人もいる。
一般的に間違えなのだけど吉田松陰や高杉晋作、西郷隆盛と革命家に信奉者は多いし、岩崎弥太郎や渋沢栄一など昨今の日本を作り上げた人たちも陽明学を礎にしている。簡単に言えば本当にこれで良いのかと完全に納得するまで徹底的に追求した者だけが成功者として名を残せる。〈なんとなく〉や〈世間一般では〉なんて思いでこれでいいだろうと判断するものに思い描く明日は来ない」
「……沙織はどうなんだ?知行合一ができている?」
「私はまだまだね。けれどこの業界成功している人は陽明学を知らなくても根底にそれがある人ばかりだわ。
昔は陽明学を王学と呼んだ。帝王学とは違うと言うのが一般認識だけど、私は王学の精神を持たない者は得られるものは少ないと感じているわ──そしてきっと夫人は王学を心得ている」
沙織は夫人にトップの資質を感じている。
「〈知を致すは物を格すに在り〉──心こそが理。だから純粋な心で思うがままに行動すればそれだけで理に合った行動となるということ」
「沙織の話は難し過ぎる」
──侑梨の『私より常識が大事』と言う言葉に罪悪感を感じた。
そこが俺の限界だと思った。
もしかしたら沙織の真意と真逆に進んでいるのかもしれない。
理解できてないのかもしれない。
それでも、心そのものが理というのなら指輪を買いに行こうと思った。
以前より受け入れている自分がいるのは確かだが、
それでも拒否感は強い。
理から外れているような嫌悪感もある。
侑梨が子どもを産めば戸籍上父親はマウロになる。
血も繋がり、戸籍上もマウロの名前が記される。
それとも父親欄は空白で出すのだろうか?
……それは子供の為にも良くない。
そうなれば俺の繋がりは精神的なものでしかない。
侑梨の愛を信じて乞うことでしか居場所はない。
情けなさと、それでも侑梨を離したくない気持ちが綯交ぜになり苦しい。
「沙織」
呼んだはいいが、思い直す。
「ごめん。なんでもない」
いい加減、沙織に判断を煽るのは良くない。
沙織は立ってコーヒーを入れ出した。
「良知というのを知っている?」
「いいや」
「儒教の一つの陽明学の言葉よ。性善説を根本とした陽明学は行動の哲学。人は生まれつき正しい判断能力を持っている。それが良知。けれど、思っていても行動に移せない。そしてそれをしないと罪悪感を感じる。それは正しい行動をしていないと自身が分かっているから。欲望の赴くままにはではなく人の純粋な心が良知。そしてその心に決めたことを行動に移すことを知行合一という。決めたと思っていても行動しなければ何も決めていないことと同じ。行動とは自分の判断を外に問うことなのよ」
「自分の中にどちらも正しく感じる真逆の意見がある。
どちらが良知なのか分からない」
「良知は世間や風潮に流された心ではなく、自分の私欲や執着でもない、本当に納得できる自分の心の判断を求めること。それを徹底的に追求することを致良知というの」
「それは……難しいな」
「難しいわ。だから陽明学を帝王学と考える人もいる。
一般的に間違えなのだけど吉田松陰や高杉晋作、西郷隆盛と革命家に信奉者は多いし、岩崎弥太郎や渋沢栄一など昨今の日本を作り上げた人たちも陽明学を礎にしている。簡単に言えば本当にこれで良いのかと完全に納得するまで徹底的に追求した者だけが成功者として名を残せる。〈なんとなく〉や〈世間一般では〉なんて思いでこれでいいだろうと判断するものに思い描く明日は来ない」
「……沙織はどうなんだ?知行合一ができている?」
「私はまだまだね。けれどこの業界成功している人は陽明学を知らなくても根底にそれがある人ばかりだわ。
昔は陽明学を王学と呼んだ。帝王学とは違うと言うのが一般認識だけど、私は王学の精神を持たない者は得られるものは少ないと感じているわ──そしてきっと夫人は王学を心得ている」
沙織は夫人にトップの資質を感じている。
「〈知を致すは物を格すに在り〉──心こそが理。だから純粋な心で思うがままに行動すればそれだけで理に合った行動となるということ」
「沙織の話は難し過ぎる」
──侑梨の『私より常識が大事』と言う言葉に罪悪感を感じた。
そこが俺の限界だと思った。
もしかしたら沙織の真意と真逆に進んでいるのかもしれない。
理解できてないのかもしれない。
それでも、心そのものが理というのなら指輪を買いに行こうと思った。
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