そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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無知の致良知

143_ジーノ_

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夫人は夫の話をしない。
興味がないように、空気のように夫を扱う。
政略結婚で愛のない夫婦だ。
あれだけ大胆に夫人が僕を囲っても夫は文句一つ言わない。
パーティで見かけることはあるが僕に興味もなさそうに目も合わなかった。
夫人の夫はどんな人物かと観察してみたが、
痩せ型でぎこちない笑顔と控えめな態度が日本人のステレオタイプのようで、これで会社の重役が出来るのかと疑問に思った。どちらかといえば平社員タイプだ。
家格的に無条件での重役立場なのだろうが、
器ではないのは明らかだった。
あの夫人がこの夫に従順に付き従う夫婦を演じている。
実際の夫人は不倫を繰り返し僕を寵愛していたけれど。
夫の家格も上等だが、夫人が強すぎる。
夫人に嫌われれば夫側に勝機はない。
恐らく企業家としても夫人の手腕が上だ。
そんな夫人に夫は頭が上がらない。
夫人が避妊のためにした医療行為も
夫と話し合ったとは思えない。
そんな重大な決断も夫人の独断だろう。
ユーリの子どものを欲しがっているのも、
恐らく夫は知らないのではないだろうか。
……知っていても夫人を止められる術はないだろう。
──これでは夫人を止められる人物がいない。
夫人側の親族は夫人を愛している。
夫人に子どもが出来ず後継問題にも頭を悩ます中、姫様ひぃさまと愛した夫人の願いを断るとは思えない。夫人親族を巻き込めば、本当に勝てる見込みはない。
──そうなれば夫人の合わせ貝の〈メーヘレン〉を探すしかない。彼が夫人を止める最後の砦となる可能性にかけたい。


メーヘレンを検索するが、内容に意表を突かれた。

〈天才贋作者〉

──夫人は比喩が好きだ。
夫人の合わせ貝は偽物ということだろうか?
それともあの夫人が騙された?
自分の合わせ貝だと愛した?
または別のことで夫人を騙した人物だ。
『彼はフェルメールしか愛さない』
夫人の言葉だ。
メーヘレンはフェルメールの贋作を作った男。
ではフェルメールは誰だ?
夫人は自分をトレピュルガーかヘルマンゲーリングのどちらかだと言った。
トレピュルガーは〈メーヘレンの贋作をフェルメールの作品だと信じて拡散させた人物〉
ヘルマンゲーリングは〈その贋作を買った人物〉
……その二人が夫人だとすれば、夫人はメーヘレンを本物だと信じたけれど結局は騙される形となった。
夫人の合わせ貝だと信じ愛させ、そして裏切りフェルメールを愛する男。
そんな男がいるのかと思う。
あの夫人を手玉に取る恐ろしい男。
そして夫人は自分が愛されていない事も、騙され利用されている事も知っている。
それでも手放せない相手。
──メーヘレンは夫人に何をさせたい?
メーヘレンはフェルメールしか愛さないのなら、その男は夫人を使ってフェルメールを手に入れるつもりなのか?
夫人はユーリと僕の子を欲しがっている。
では子どもをフェルメールと比喩しているのか?
……子どもより母親のユーリを手に入れたいと思う方が自然だ。
それなら子どもではなくユーリ共々、直接手に入れればいい。
──そう出来ない理由がある?
『強き神々が許さない』
夫人の言葉が浮かぶ。
『強き神も弱き神も反する事を囁かれる』
自分は神々の奴隷だと夫人は言った。
強き神ばかりに従うわけではないとも。
夫人はミステリアスだ。
多くの神々を敬い平伏す。
だが、これも比喩の可能性もある。
──分からないことばかりだ。
溜め息が漏れる。

夫人は僕を愛しくて憎いと言った。
いつか知って欲しかったと。
その想いはいつからだ?
夫人に逆らった時からだろうか?
──それとも──始めから──?

〈メーヘレン〉と〈フェルメール〉に鍵がある。
けれどまだ情報が足りない。

腕時計を見る。
そろそろ帰ろう。
三人のマンションへ。





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