そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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無知の致良知

145_ジーノ_

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マンションに戻るがリビングに彼女の姿がない。
彼女の寝室を覗くがいない。
──まさか三島の部屋だろうか?
彼は仕事だと自分の疑問を否定する。
バスルームやトイレかもしれない。
取り敢えず自室に戻り着替えよう。

──ベットに腰をかける。
今まで数多くの女性と付き合ってきた。
凛子の愛を重く感じたが彼女を好きだった。
だから僕との関係が彼女の為にならないと思った。
好きだから不幸にしたくなかった。
その為には凛子に嫌われることが僕の役割だと思えたし
夫へ返すことに抵抗はなかった。
……それなのに、どうして今こんなに苦しいのだろうか。
ユーリをここまで好きになったのがいつなのか
自分でも分からない。
初めは夫人の遊びに付き合った。
凛子の娘だと知ってからは手を離した。
それでも夫人の糸に絡められ、最後は自分の欲望のまま
彼女を抱いた。

──僕のベットで寝ている彼女を見ると愛しさが溢れる。

僕の枕を抱いて眠っている。
触れたいけれど、触れれば起きてしまう。
今回は本当に寝ている。
僕の枕に顔を埋めて。
出来ればずっとこうしていたい。
カーテンの開いた部屋は明るい日差しが入る。
彼女がずっとここで寝ていられるように日差しを遮りたいが動けば起きそうで動けない。
今の僕はうずめた枕から覗く彼女の寝顔を眺めることだけだ。
彼女は三島が好きだ。
けれどこうして僕のベットで寝ている。
彼女はいつから僕を愛してくれたのだろうか? 
瞼が動く。彼女の目覚めを感じ小さく溜め息をつく。
「おはよう」
一瞬にして覚醒したように飛び跳ねる。
「ご、ごめんなさい。貴方が帰ってくる前に起きようと思っていたのに……勝手に部屋に入ってごめんなさい」
何故だか上手に言葉が出ない。
肯定も否定も出来ず彼女を眺める。
その沈黙に彼女が口火を切る。
「明日、妊娠検査薬を買ってこようと思うの。貴方の本当の思いを聞かせて欲しい。私のワガママでの共同生活も日本に留まっているのも貴方にはデメリットしかない。もう──私に愛想がついた?」
ベットの上で正座をしている。
日本人だねと笑みが溢れる。
「ジーノ?」
笑われたことに疑問に思う彼女に小さなブーケを渡す。
「可愛い」
丸く小さな黄色い花が無数に付いている。けれど彼女は
意味が分からないようだ。
「今日はイタリアでは大切な女性にミモザを渡す日なんだ。イタリアのミモザとは少し品種が違うけれど、受け取って欲しい」
「……恋人として受け取って良いの?」
「そうだね──奥さんとして受け取って欲しいかな」
少し手折り彼女の耳元に飾る。
瞳から溢れそうな涙を指で拭う。
「ジーノ……キスしてもいい?」
「なぜ聞くんだ?──君のキスが欲しい。それだけで僕は君のどんな願いでも叶えてあげる」
何度も啄むようにキスをする。
「ジーノ……貴方を気持ちよくしてあげたい」
「気持ちは嬉しいけれど妊娠初期は労った方がいい」
「──最後までは出来ないけれど、貴方を感じたいの。
上手に出来ないかもしれないけれど……させて?」
僕のシャツのボタンを外す彼女の片手を奪い指を舐める。指の股の奥まで丁寧に。
「だめ。ボタンがまだ途中……んっ……ジーノ!」
「パパとしては子どもに嫌われたくないからね。優しく
触れるよ」
「貴方はいつも優しいわ」

冬が終わり春が訪れる。
日が高い時間が長くなった。
まだ当分三島は帰らないだろう。
彼女の横で眠る時間も取れそうだ。
「ユーリ……愛してるよ」
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