そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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無知の致良知

147_ジーノ_

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ユーリの妊娠が確定した今、夫人と話し合うにはどうしても〈メーヘレン〉と〈フェルメール〉を探さないといけない。
手がかりが無い今、どんな手がかりがでも欲しい。
汐留のホテル28階のラウンジを顔を出す。
ここのアフターヌーンティーが好きでよく出没するという彼を見つけることが出来た。
夕方前のこの時間に彩り豊かなスイーツを楽しんでいる。
「失礼」
そう声を掛けたが返事がない。
目が合っているのに時間が止まったように動かない。
「隣に座ってもいいかな?高崎圭悟さん」
目線を僕から外し頷く。
妻の元愛人が訪ねてくるとは思ってもいなかったのだろう。いい気はしてないようだ。
「美味しそうだね」
アフターヌーンティーは春仕様の桜がテーマになっていた。
彼の手がスイーツを前に止まっている。
「お楽しみの所失礼しました。どうか食べながらで良いので少しお話がしたい」
少し落ち着いたのかお茶を勧めてくれる。
オリジナルティーは紅茶と緑茶のブレンドに梅とベルガモットの香りがしてお気に入りなんだそうだ。
勧めてくれたがカプチーノにする。
「貴方は僕と夫人の関係を知っていますよね?」
小さく頷く。相変わらずこちらを見ようともせず目が合わない。まるで怒られている子どものような表情だ。
「その関係が終わったことも?」
また小さく頷く。
──この人は確か夫人の二つ下だ。
それなりの年齢で社会的にも重要なポジションにいるのが不思議なくらいだ。
「僕に何か言いたいことはないのですか?」
チラッとこちらを見たが、ラウンジから見える東京湾と
浜離宮恩賜公園を見ている。
「……妻と貴方の関係に私は関係ないので……」
「関係ない?」
「僕と妻はいわゆる愛のある結婚ではない。政略結婚といえばまだカッコイイが、実際は妻の東極財閥に身売りをした没落成金家が高崎家です。そんな私が妻に愛人がいたからと口を出せると思いますか?」
「……それでも夫人を愛しているのでは?」
「──私は妻の年齢の二つ下なんです。なぜだと思います?」
夫人が年下好みと言うことだろうか?
「私が生まれる前の高崎家は順風満帆でした。そこで更に東極家と姻戚関係になれれば安泰だと菖子さんの夫として育てる為に私は生まれた。けれどその間にも高崎家はどんどんと没落していき、東極家との姻戚関係なんて夢のまた夢。その間にも菖子さんに相応しい相手としての教育が続く。悪夢の日々でしたよ。大人たちは没落を受け止めきれず一縷の望みである私に全てを賭ける。ギャンブラーでもしないような賭けです」
紅茶を飲もうとしたが、彼のカップはもう空だ。
お気に入りの紅茶をスタッフに頼む。
その間も彼は外を眺めている。
「……けれど、その賭けは勝った。貴方は夫人と婚姻関係を結び、更に婿養子ではなく夫人が高崎家に嫁いだ。
裏に東極家がいるのは確かだが、高崎家も今やトップクラス企業だ」
そのカラクリが知りたい。
「夫人が貴方と結婚した理由は?」
「──私にも分からないよ」
「……何か夫人の弱味を握っているのでは?」
新しい紅茶を飲み苦笑する。
「そうだね……まさかあんなガラクタを大事にするとは思いもよらなかったよ」
「──ガラクタとは?」
「ジーノと呼んでも?」
「ええ構いません」
「では私のこともケイゴと呼んでください。高崎姓は嫌いなので」
「ケイゴ、ガラクタとは?」
「──ガラクタはガラクタです。ただ、この世には神がいるのだと感じました。高崎家が雇った当時の占師が私から見たらガラクタだと思う物を菖子さんの宝だと言い当てた。彼女はそのガラクタを大切にしている──到底理解出来ない。その妻が愛人を作ろうが例え人を殺めようが私に口を出せる権限はないんです」
「僕の子どもを奪おうとしているとしても?」
「関係ありません」
夕焼けと夜の間で景色は幻想的で綺麗だ。
彼はその景色を眺め苺を齧った。
「最後に聞きたい。夫人が愛しているのは誰ですか?」
「……知らない方がいい」
「貴方は知っているのですね?」
「ジーノ。貴方の為だ」
初めて目が合った気がした。
「……お願いです。これ以上は関わらないでくれ」
「関わりたくはない。けれど僕の子どもが奪われそうなんだ」
「菖子さんが本気を出せば以上を手に入れることが出来る。けれど菖子さんには制約が多い。ここまで来れば菖子さんが制約に打ち勝てるか、そうでないかだけです。菖子さんが運命に負ければ子どもは奪われない。けれど運命をねじ曲げることが出来れば……貴方の負けです。貴方に出来ることはありません」
「……貴方と夫人は完璧な仮面夫婦だと思っていたけれどケイゴは存外、夫人のことを把握しているね」
「……もう帰った方がいい。奥様が身重なのでしょう?」
その傷ついた様な表情に彼にも夫人との子どもがいれば違ったのではないかと思った──
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