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沼気の理知

151_櫂_

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「彼ね。わたくしがジーノに抱かれた日は必ずわたくしを抱いたわ」
拒否感からゾクリと背中を寒気が這う。
「わたくしの身体の隅々に彼の痕跡を探した。彼の精液を中に入れたまま抱かれた時は凄かったわ……」
……吐きそうだ。
侑梨に聞かせたくないが……今聞かなければ対策が後手となる。
「でも貴方はマウロと凛子さんを引き合わせた」
「あれは夫への罰よ。わたくしを抱いている時にジーノの名前を呼ぶ者だから」
いくらわたくしでも傷付いたわと微笑む。
「……そんなことで修司さんや凛子さんを巻き込んだのか?」
「わたくしには〈そんなこと〉ではないわ。わたくしの偽物の合わせ貝。偽物とバレているのに必死に取り繕う姿が愛おしい。ずっと蜜みあっていたいけれど、わたくしは東極家の娘。──経済という言葉の語源をご存知?」
否定も肯定もしない。
ただ言葉が出ない。
「経国済民〈世を經さめ、民を濟く〉の意。日本経済を守ることがわたくしの天命であり使命。ジーノはそれには邪魔でしかない。けれど夫には彼が必要だった。悩んだわ。だってジーノが夫を好きになる筈もない。あんな卑屈で臆病な男を。無理矢理愛妾にしてもあんな夫に勃つとは到底思えない。夫に抱かせるにしても彼は目も合わせられないほど臆病な愛し方。上手くいかないわ。わたくしはもう子どもを産まない決心をして子どもを産めない身体だった。わたくしはいつか日本を、世界を動かさなければならない。その為には子どもは不要だった……少し後悔したわ。ジーノを与えられないのならジーノの子どもをあの人に与えたい。それには完璧な子どもを与えてあげたい」
「それが侑梨だった」
「そうね」
「ジーノは知っているの?」
侑梨が口を出す。
「いいえ。先日、夫に会いに来たそうよ──可愛かったわ。無表情で報告してきたけれど……とても嬉しそうだった。ガラクタの自分が彼に名前を呼んで貰えたと、ジーノを名前で呼べたことを噛み締めていたわ」
「夫人はどうしたいのですか?」
「わたくしは全てを話したわ。選ぶのは貴方よ侑梨さん」
「私?」
「選択は三つ。一つはジーノを夫に渡すこと。わたくしがトップになり夫がその座から降りるのであればジーノを夫の愛人にするのは可能。けれど今まではジーノにイエスと言わせる動機がなかった。夫もまだ建前としての立場もあった。けれど建前は無くなりジーノにイエスと言わせる動機も出来た」
「彼はイエスなんて言わないわ」
「いいえ。言わざるを得ない。二つ目。夫に子どもを渡すこと。ジーノの子よ。あの人の糧となるわ」
「嫌よ」
「三つ目。これは貴方へのプレゼントね。子どもと離れたくないのであれば侑梨さんが夫の愛人になり一緒に子どもを育てればいいわ。ジーノの愛したその身体を夫はきっと貪り尽くすわ」
「冗談じゃない‼︎」
「そう。冗談じゃないわ。ジーノが二つ目と三つ目の条件を知れば一つ目を受けざるを得ない。侑梨さんがジーノを守りたいのであれば二つ目か三つ目を選ばなければならない」
──さぁどれを選ぶのかしら?
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