そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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沼気の理知

150_櫂_

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だけどメーヘレンは夫人の愛する人だ。
そうなれば男じゃないのか?
その男がマウロを愛していると言うことか?
〈愛〉の概念が分からない。
そうなれば男女なんて括りでもなく、
人間でもない気もしてくる。
掴めそうだったナニカが途端に霧に包まれた様に分からなくなる。
夫人が言葉遊びを始めた。
そしてヒントを散りばめる。
ここまで多くのヒントを出すのは〈知って欲しい〉からだ。
押せばまだ出るはずだ。
誰でもいい。アタリをつけたい。
そこを切り口に持っていきたい。
「メーヘレンはとんだ臆病者だな。自分は出てこず貴方を動かす卑怯者だ」
「そう。それが彼。そして罪悪感に苛まれる」
嬉しそうに微笑む。彼という言葉から男だと推定する。
「ヤツはマウロを愛しているのか?」
「そう。とても」
「ではなぜ夫人の愛人に?自分の愛人にすれば良い」
侑梨が心配そうにこちらを見るが、今は夫人を質問責めにしたい。
「貴方は『誰』だと思っているの?」
その聞き方に確信が持てた。
全くの知らない人物ならそんな聞き方はしない。
夫人の近くにいる人物で臆病者で卑怯者の男。
「──貴方の夫はマウロを愛しているのか?」
「──そう。とても」

「ジーノをどうしたいの?」
侑梨が噛みつく。
「何もしないわ」
「夫は──だろ?」
夫人は微笑む。そう。夫は何もしない。
手を染めるのはいつも夫人だ。
「思った以上に臆病で卑怯者だな」
「──本当の彼は違うのよ。けれどの。わたくしは人の相性が分かる。この世は不思議で溢れている。この世にそんな人が他にもいてもおかしくない。当時の夫の家は火の車。財政的にも厳しく歴史の浅い成金と謗られた家柄。そこから脱却するため高崎家はわたくしの家との縁談を考えた。けれどどうあっても家格が合わない──合わないのならその姫様ひぃさまに選ばせればいい。その為にわたくしに合った合わせ貝として矯正させられたのが彼。全てを歪められた可哀想な人」
「その偽物を貴方は愛しているのか?」
「とても」
「だけど夫はマウロを愛している。それでも?」
「──あの人。わたくしと結婚して良い旦那になろうと努めていたわ。けれどパーティで見かけたジーノに一目惚れした。男か男を愛する。その心が暴かれ、ゴシップにでもなれば会社にも影響する。そして一番はわたくしから離縁されることを恐れた。彼の存在意義はわたくしに好かれることだけ。彼はわたくしへの供物。けれど、わたくしは彼の恋心に気がついた。彼は絶対にジーノを見ない。存在をないものとする。だけど溢れる様に慕情が募っているのが分かる──だからジーノをわたくしの愛人にしたの」

……これ以上聞いたらいけない気がした。
けれど、もう止める術はなかった。
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