そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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沼気の理知

149_櫂_

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『ユーリを頼むよ』
あの言葉を俺はマウロに言えるだろうか?
苦笑した様な微笑みを浮かべて言うヤツに侑梨への
愛情を感じる。
「櫂は今日は休みなの?」
嬉しそうに微笑む侑梨が可愛い。
「どこか行きたい?」
少し考えて答えた侑梨の言葉に正気かと思う。
「夫人の所に行きたい」
「正気か?」
言葉として出てしまう。
それほど正気を疑う。
「このままだとずっと不安なの」
「俺たちに任せてくれ」
「櫂もジーノも信じてる。だけど守られているばかりじゃダメなの。私もこの子を守れる様にならなきゃ」
お腹に手を当てる。
「だけど一人は不安だわ。櫂も一緒に来て欲しい」
正直なところ、適任で言えばマウロだろう。
ヤツにも侑梨を頼まれた。
この願いは断る方がいい。
侑梨を制御し易いのはマウロより俺だ。
マウロは侑梨に甘い。
俺がダメだと言えば侑梨もこの件に関しては諦めると思う。
……けれど……少しでも情報が欲しいのも事実だ。
夫人は侑梨を可愛がっている。
ゲームのようにヒントを撒くかもしれない。
「わかった。アポを入れてみる」
夫人が断る訳ないと思うが断って欲しいと願った。


「体調はどう?」
微笑み侑梨の体調を気遣う。
「問題ありません」
緊張しているのか侑梨も言葉が硬い。
「それにしても……三島さんと来るなんて。ジーノは知っているの?」
マウロを気遣う夫人の言葉を侑梨は無視をする。
「夫人はジーノを愛しているからジーノの子どもが欲しいのですか?」
「そうね」
すぐさま肯定した夫人に驚く。
「今まで幾らでもしたければそう出来たはずです。なぜそうしなかったのですか?」
侑梨が意外とズバズバと聞く。
自分の方がヒヤヒヤしている状態だ。
そして夫人もやはり侑梨には甘いのかいつもより柔らかい雰囲気だ。
「今まではジーノさえいればよかったわ。けれどジーノを手放さなければならなかった今、残された選択肢は限られる」
「……ジーノを再び取り戻すことは?」
「そうね……彼は悪縁であったマウロ家と切れた。そういう意味では寄りを戻すことは可能よ。今までの様に愛人関係を続けてもいいわ……だけど時期が悪い」
「時期?」
「わたくしがこれから遠くない未来にある使命を果たすには彼は邪魔にしかならない。残念だけれと」
困った顔をするがどこか嘘っぽい。
「貴方の使命とは?」
つい口を出してしまった。
が、夫人は答えない。
「夫人の運命の人メーヘレンは誰です?」
「あら……彼と仲良くしているのね」
俺とマウロの関係を嫌味の様に言う。
「わたくしは譲歩しているのよ、侑梨さん。わたくしは貴方も可愛いの。だから赤ちゃんも可愛がるわ。安心して?」
譲歩?夫人が譲歩なんてするだろうか?
「──いいえ。貴方はジーノを愛していない。そうでしょう?」
侑梨が確信的に言う。
「ただ利用しているだけ」
「……わたくしなりに愛しているわ」
「ジーノが言っていた。貴方の本質は企業家だと。貴方は企業家としてジーノを切らなければならなかった。けれど切りたくない理由があった。そんな時私を見つけた。彼が……私を愛してくれることを貴方なら予想できた。なぜ……愛していないジーノをそんなに繋ぎ止めようとするの?そんなにもジーノの代わりに子どもを欲しがるの?」
夫人は侑梨とマウロの子どもが欲しいのだと思っていたが、それはマウロが愛している女だからなのか?
「侑梨さん──これ以上踏み込めば貴方は大切な物を手離さなければいけなくなるわ。それはきっと赤ちゃんを奪われることより辛いことよ」
──夫人の雰囲気が変わった。
普段は仮面の様に微笑んでいるのに微笑まずただただ忠告する。
侑梨が子ども同等に大切にしているものは
俺とマウロだけだと思う。
ここで夫人の指しているモノが自分だとは思えない。
この流れならマウロだ。
マウロを手離さなければならない状態になる?
夫人の本質が企業家?
……夫人は企業家としてマウロを手離した。
豪遊し散財したマウロ家と繋がったままだと確かにイメージダウンは免れなかった。
金の流れを怪しまれるかもしれないし、マウロがマウロ家と切れたと言っても世間はそう見ない。鼻の効く投資家たちはリスクとして組み込むだろう。
だが──所詮は夫人の愛人だ。
そこまでのリスクを感じるとは思えない。
いくら夫人が企業家精神が強いと言っても夫人は表面上高崎ホールディングスの仕事には関与していない。
〈遠くない未来使命を果たす〉
使命とはなんだ?
〈夫人は王学を心得て入る〉
沙織の言葉を思い出す。
マウロの話でも夫の高崎社長にトップの資質を感じなかった様だ。
「──貴方が社長に就任するつもりなのか?」
もし仮に夫人に企業家としての資質があるのだとしても、あれだけの規模の企業の社長になるのは尋常ではない。株式保有上では可能だろう。だが今まで経営に関与していないと思われている夫人を社長にすげ替えるのは反発は否めない。今まで通り、影で夫を操り支配していけばいいはずだ。
「なぜそんな無謀なことを?」
自分の予想を否定も肯定もしない夫人の態度を肯定とみる。
「近い未来に未曾有の恐慌が来るわ。リーマンショック以上の規模の。一企業としては凌げる。けれどこの国は疲弊し、人々は貧しくなる。あの人では救える人を取り溢す」
「それとジーノは関係ないはずだわ」
侑梨が口を出すが、関係なくはない。
あれだけの規模の社長が愛人を囲えば……少なくない反発が起こる。更に女性だと舐めてくる輩もいるだろう。マウロとの愛人関係を切りたいのは理解できる。
──それなのに中途半端に切らない。
侑梨は夫人はマウロを愛していないと言い切った。
それなのになぜ切らない?
マウロも切れたい。
両者納得のはずだ。
……それを許さないヤツがいる?
夫人を動かせる人間は誰だ?
旦那か?
親か?
祖父母か?
それとも別の男か?
……神か?
──恐らく〈メーヘレン〉だ。
ヤツが夫人とマウロの縁を繋げたがっている。
何故だ?
〈メーヘレンはフェルメールしか愛さない〉
フェルメールはマウロ……?
「言葉遊びは終わりの様ね」
自分の心を読む様に夫人が視線をこちらに向けた。



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