そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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そんなの知らない

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どう言えばいいのだろう。
櫂が菖蒲邸での会話の真意を知りたいと思っている。

『──でも本当のことを知れば貴方の愛人達は離れていくかも知れなくてよ?』

手が震える。
今まで沢山の我儘も情けなさも受け入れてくれた。
だから今回も許してくれる──なんて事は無い。
恋なんて一瞬で気持ちが変わる。
夫人の夫がジーノに一瞬で恋した様に。
一瞬で冷めることもある。
手持ち無沙汰なのか櫂がミモザに触れる。
貰ってから一週間。なんとか持たせている。
もう来年は貰えないかもしれない。
……ドライフラワーにすればよかった。
そうすればずっと置いておけたのに。
ジーノがくれた可愛く小さなお花、
今まで意識したことのない花だったのに、好きな花を尋ねられたらミモザと答えるように特別な花となった。

「……沙織さんはこれから夫人と一緒に戦っていくのね」
テーブルに伏したままこちらを見る。
「そうだな。沙織ならあの夫人と共闘して多方面に活躍しそうだ」
「心配ではないの?あの夫人に飲み込まれるかも知れない」
「沙織はそんなにヤワじゃない。寧ろ俺がいたからこそ澤城企画はダメだった。沙織は俺と同じ考えだと思っていた。けれど本当は恨みや復讐でもなくビジネスを沙織はしたかった……バカだった」
「……今からでも沙織さんは待っているかも知れないわ」
「──そうだな」
「ただいま」
少し慌てた様にジーノが帰ってきた。

──どれだけ愛されても二人の愛を疑ってしまう。
それは自分に自信がないから。
こんな最低な私を愛してくれる筈がない。
いつも心の底で自分が囁く。
夫人の夫も自分をガラクタだと言った。
その言葉に共感する。
……夫人はそれでも夫を愛していると微笑んだ。
歪んだ愛を受け入れ、誇った。
──明確には分からないけれど、夫人が娘の様に可愛がってくれた理由が分かった気がした。
思えば夫人に振りまわされた一年だ。
……夫人の側で必要とされる沙織さんが羨ましい。
きっと夫人がいなければ私は何も得ようとは思っていなかった。欲しいものを欲しいと求めることを辞めてしまえば幕は下ろされる。
──私はやっぱり二人を諦められない。
二人が愛してくれるのであればどこにでも行ける。
何にでもなれる。
世間一般の常識なんて、そんなの知らない。
私は二人を愛してる。

今からする話しを受け入れてくれたら、もうきっと二人の愛を疑う様な最低な自分と別れられる。
……せめて少し甘めのカフェオレを入れよう。
櫂はいつもブラックだけど、お願いだからカフェオレの甘さに惑わされて欲しい。
今でもこんな小細工をする自分が情けないけれど、それでプラスに傾くのなら僥倖だ。

テーブルにカップを置き座る。
心配そうに見つめるジーノに夫人に会いに行った事を伝えた。
ジーノが櫂をジロリと見る。
櫂はジーノに〈仕方がないだろ!〉もいう表情を返す。
その遣り取りに少し勇気を貰う。

「ごめんなさい。私は二人に嘘をついたの」

「「嘘?」」」

二人の声が重なる。

「妊娠……していなかったの」
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