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第十章 レッドアラート!

第311話 スターリン捕縛作戦

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 俺、ルーナ先生、黒丸師匠、赤獅子族のヴィスは、ミスリル鉱山でスターリンを待ち伏せていた。

 スターリンの捕縛には、希望者が殺到した。
 だが、ソ連――旧ミスル王国内には、赤軍の残党が各地におり、武装解除しなければならない。占領した首都モスクワの治安維持もある。

 そこで俺たち! 少数精鋭の『王国の牙』が出張ることになった。
 赤獅子族のヴィスは、スターリンの顔を知っているので面通し役だ。

 真っ赤な砂漠の夕日が西に沈もうかという頃、ラクダに乗った若い男が現れた。

「来た!」

 俺たちは、岩の陰に隠れてそっと若い男の様子をのぞき見る。
 若い男はラクダから降りると、こちらに向かって歩いてきた。

 顔が判別出来る距離になったので、小声でヴィスに確かめる。

「ヴィス! アイツか?」

「ああ、間違いない。アイツがスターリンだ!」

 スターリンは、俺の想像よりも若い男だった。

「スターリンと名乗るから、ヒゲでオールバックのおじさんだと思ってたよ……」

「俺たちと年は変わらねえぞ」

 そりゃそうだ。
 転生者なのだから、俺やヴィスと同世代だろう。

「シィー! 静かに!」

 俺とヴィスがヒソヒソ話していると、ルーナ先生から叱責されてしまった。
 ルーナ先生は、スターリン捕縛に並々ならぬ情熱を傾けている。

 その全ては、この瞬間の為に――。

 ズボッゥゥゥゥ!

「ウワア~!」

 スターリンが悲鳴を上げて、地面から消えた。
 ルーナ先生たちが用意した落とし穴に落ちたのだ。

「ひっかかったのである!」

「ブハハ! ヒデエな!」

「面白い! うわあ~! うわあ~!」

 黒丸師匠とヴィスが、手を叩いて大はしゃぎをしている。
 ルーナ先生は、落とし穴に落ちるスターリンのものまねをしてノリノリだ。
 確かにちょっと面白かった。
 俺も一緒になって腹を抱えて笑う。

 しばらくすると、落とし穴からスターリンが這い出てきた。

「うう……、何をする!」

 どうやら落とし穴に落ちた時に、足を折ってしまったらしい。
 右足があさっての方を向いている。

 スターリンは、這いながら上体を起こしてこちらを見た。
 スターリンと目が合った。

「スターリン! 俺はグンマー連合王国総長のアンジェロ・フリージアだ。おまえを捕縛しにきた。大人しく投降しろ!」

「なに……!? 追っ手はいなかったはずだ! どうやってここに……!?」

「ヴィスに心当たりがないか聞いた」

 スターリンとヴィスの目が合う。

「ヴィス! この裏切り者!」

「ああ……。まあ、なんつーか……お疲れッ!」

 ヴィスもいい性格をしているな。
 お疲れじゃねーだろ!

「それに追っ手もいた。このルーナ先生が、空からおまえを監視していた」

「そう。太陽を背にして見つからないように監視していた。逃げる時に協力者を殺していたのも見ていた。殺しすぎ」

「それは必要な犠牲だったのだ」

 必要な犠牲だって!?
 スターリンの答えに、俺とルーナ先生は顔を見合わせる。

 俺とルーナ先生が黙ったことで、スターリンは自分のターンだと思ったのだろう。
 得意げに話し始めた。

「人類には進歩が必要だ! 我々の祖先が道具や火を扱うようになったことで、猿のような生活から、人間らしい生活へと進歩したのだ!」

「それがしの祖先は、ドラゴンなのであるが……」

 黒丸師匠がボソリと突っ込みを入れたが、スターリンの耳には届かないようだ。
 スターリンは、砂漠の上に座り折れた足を投げだし、両手を大きく動かしながら演説を打つ。

「この世界を見てみたまえ! 文明は停滞し、人々は王侯貴族の圧政にあえいでいる! 進歩! 進歩が必要なのだ!」

 スターリンの話は意外とまともだった。
 革命を成功させただけあって話が上手い。

 スターリンは、俺たちが話に聞き入っているのに気を良くして調子づく。

「その進歩の先にあるのが共産主義だ! 平等な社会! 国民全てが幸せな社会! そして、未来に前進する社会!」

「「「「……」」」」

「さあ、手を取り合い前進! 共産主義こそが――」

 スターリンは、絶好調で独演会を続けた。
 俺は小声でヴィスに話しかける。

「なあ、ヴィス……。スターリンって、いつもあんな感じなのか?」

「俺はいつも途中で寝ちまうから、よく覚えてねえ」

「そっか。あいつ足が折れているのに元気だな」

「ナルシストなんじゃね? 自己陶酔ってヤツ」

 確かに!

 スターリンの話しぶりは、身振り手振りを交えて堂に入ったものだ。
 だが、話の内容は具体性がない。

 こうするべきだ、ああするべきだ。
 そんな理想論ばかり並べ立てている。
 俺は話を聞いていて、何ら共感出来なかった。

「俺は賛同出来ないけれど……、この世界の人たちには斬新に聞こえるかもしれないな……」

「まさにその通り! はまるヤツは、はまるみたいだぜ」

「たちが悪いな……」

 スターリンは、捕縛して公開処刑にする予定だった。
 だが、大勢の民衆の前で、この演説をやられてはたまらない。

「革命騒ぎが再燃する事態は避けたいな……」

 俺のつぶやきに、ルーナ先生と黒丸師匠がうなずく。

「何を語ろうが、あの男は許さない」

「であるな。さて、そろそろヤツの話も聞き飽きたのである」

 黒丸師匠がスターリンに向き直った。

「質問をよいであるか?」

「おお! 同志よ! 何でも聞いてくれたまえ!」

 同志と呼ばれた黒丸師匠は、口いっぱいに梅干しを詰め込まれたような顔をした。

「ぐぬ……。同志ではないのである……」

「いや、私の話を聞いてくれたら、君は同志だ! 共に理想の道を歩もう!」

「歩まないのである!」

 妙にフレンドリーだな。
 俺たちを共産主義に感化させて、生き残る作戦か?

 ペースを乱された黒丸師匠に代わって、ルーナ先生が口を開く。

「なぜ殺した?」

「えっ……?」

「なぜ殺した? 理由を説明せよ」

「それは……、誰のことだ……?」

 ルーナ先生は、普段から余計なことを言わない。
 逆にスターリンがペースを乱されたようだ。

「あなたは幸せな社会を作るという。だが、戦いで沢山の人が死んだ」

「それは、必要な犠牲だ! 王侯貴族ら支配階級を打倒する為に戦いは避けられないのだ!」

「あなたは平等な社会を作ると言う。だが、兵士たちは家族を人質に取られ無理矢理戦地へ引きずり出された」

「平等な社会だからこそ、全ての国民が階級闘争に身を捧げるべきなのだ! 国民全てが兵士! それこそが真に平等な社会だ! 家族をたてにするのも止むを得ない!」

「あなたは未来に前進する社会が実現すると言う。だが、政治将校が権力を持ち、人々から食料を取り上げ、飢えさせた。王政よりも後退している」

「それは関わった人間が悪かっただけなのだ! 共産主義自体は素晴らしい! 運用を見直せば、次は上手く行く!」

「次はない。あなたは、ここで死ぬ。私が殺す」

 ルーナ先生の目がギラリと光り、殺気が漏れ出す。
 だが、スターリンは動じない。

「それは早計だぞ! 共に理想を目指そう! インターナショナル万歳!」

 ルーナ先生は、今回の争乱で起ったことを淡々と告げた。
 だが、スターリンには、響かない。
 こんなヤツの為に、争乱を引き起こされたのかと思うとやりきれない。

「ああああ、もう! どんな理屈をつけようが! 少なくとも家族ごと自爆攻撃を強制したことは、許されることじゃないだろう!」

 気が付けば、俺は怒鳴っていた。

「震える手で……、松明を……、火薬を満載した馬車に放り込もうとする父親を見た。恐怖のあまり表情がなくなってしまった母親と子供を見た。あんな非人道的な行いが許されるものかよ!」

「悲しいことだが、それは現場がやったことであって、私に責任はない。逆に聞きたいのだが、君たちの政治体制である王政は絶対に間違いがないのか? 多くの王や貴族たちが、民を虐げて勝手気ままに――」

「王政がベストとは言わない。だが、ベターな選択だ。この世界は文明が未発達で、国民にロクな教育も与えられていない。自由選挙や民主主義は無理だ。少なくとも王族や貴族は、教育を受け統治ノウハウを持っている。社会に混乱を起こさないだけ、共産主義よりもマシだ」

「自己正当化だな」

「おまえだって自己正当化ばかりしていたじゃないか! 俺は現実に対応しているだけだ! やれることをやっているだけだ!」

 エキサイトした俺の目の前にルーナ先生の手がスッと伸びてきて、俺を止めた。

「アンジェロ。もう、いい。議論しても無駄だ。何を言いつのろうが、ヤツの罪は消えない。処刑する」

 ルーナ先生が右手おまえに伸ばし、魔力が動いた。
 スターリンは、一瞬ひるんだが、傲然と胸を反らした。

「終わりだ! 諸君!」

「なに……?」

 ザワリと嫌な感じがした。
 俺とルーナ先生は自分の周りに魔法障壁を展開し、黒丸師匠はオリハルコンの大剣を構えた。

 それは、いつもと同じコンマ一秒の危機対応だった。

 しかし、ヴィスは経験が足りなかった。
 ポカンと突っ立っていたのだ。

「グ……!」

 俺の隣でヴィスが血を吐きながら倒れた。
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