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火の章

第39話 ルイルイな事、地獄の如し

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「出来たのか! 火薬!」

 ここのところかおるは火薬の研究に没頭していた。
 ネット通販『風林火山』で農薬やら薬品やらを買い込み、化学系の本を読み実験していたが、その成果が出たらしい。

 香はニンマリと笑う。
 素敵な笑顔だよ。香!
 やってくれたな!

「二種類作ったのよ。一つは黒色火薬」

「黒色火薬……火縄銃で使う火薬だよね?」

「そう。レシピも用意したから、何年かすればこの時代の材料だけで黒色火薬が生産出来ると思う」

「それは凄い!」

 鉄砲伝来は天文十二年、西暦だと1543年だ。
 今は天文四年、西暦1535年だから歴史より八年早く火薬が日本に登場する事になる。

 実戦配備で言うと……。
 鉄砲三段打ちで有名な長篠の合戦は、天正三年、西暦1575年だから……。
 長篠の合戦の四十年前になるのか。

 歴史への影響が気になるが……。
 だが、火薬を実戦投入出来れば、対今川戦はかなり優位に立てるぞ!

「もう一つはプラスチック爆薬ね」

「えっ……」

 プ……プラスチック爆薬?
 なんつーモノを戦国時代に持ち込むんだ!

 俺は恐る恐る香に聞き返した。

「香さん……プラスチック爆薬って……C4シーフォーとか……アクション映画に出て来るような火薬?」

「ううん。もっと初歩的なプラスチック爆薬」

 香は淡々と答えた。
 研究成果を報告する化学者に見える。
 歴史への影響とか、プラスチック爆薬を実戦投入する影響は、あまり考えていないのかもしれない。

「しょ、初歩的な? じゃあ、威力は大したことないのかな?」

 俺は引きつった笑顔で香に質問を続けた。
 香は俺の顔を覗き込み表情一つ変えずに答えた。

「そんなわけないでしょう。爆発力、破壊力、殺傷力は高いわよ。実際に戦争で使われた爆薬だから、威力は黒色火薬の比じゃないわ。使い方によっては、死屍累々ししるいるい……戦場は地獄絵図になると思う」

「……」

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
 血の気が引いて行くのが自分でもわかる。
 この爆薬はヤバイ。

 だが香は何事も無かった様に話しを進める。

「なに青い顔してるのよ。そもそも金山きんざんで岩を砕くのに使おうと思って開発した爆薬だから、高威力なのは当たり前でしょ? それに爆薬が出来たからって、爆弾やミサイルが出来たわけじゃないの」

「それは……わかるよ……」

「爆薬を実戦でどう使うかを考えないと……黒色火薬もね……」

 香は、なぜそんなに淡々と話を出来るのだろう。
 俺は香の話しを聞いていて恐ろしくてたまらない。

 歴史への影響もそうだし、そんな強力な爆薬で人間を吹き飛ばすなんて……。
 想像しただけで恐ろしい。

「なあ、香は怖くないの?」

「怖い? 何が?」

「自分の作った爆薬で……いくさで沢山人が死ぬかもしれないだろ?」

「ああ……」

「……怖くない?」

 俺は正直怖い。
 戦国大名だから戦になって人が死ぬのは仕方がないとは思うのだけれど……。
 爆薬で人が吹き飛ぶところを想像すると……ちょっとな……。

 香は爆薬の開発者だけれど、そういうのはないのだろうか?

「私はね。その辺は割り切ってる。割り切って考えるようにしてる」

「うん」

「そりゃね。人を殺すのが悪いって事はわかっているし、人を殺す為の爆薬を作るのは罪深いかもしれないわよ。だけど……」

「だけど?」

「ヤらなきゃヤられるのが戦国時代じゃないの?」

「う……。確かにそうだね……」

「もしも戦に負けたらハル君は打ち首とかでしょ? 私だって処刑されるかもしれない。私はまだ死になくないの。だから自分が殺されるくらいなら、爆薬を作って敵を殺す方がマシよ」

「それは……その通りだね……」

「それが罪だと言うなら、いくらでも罪を背負うわよ」

 香の思い切りの良い考え方が羨ましい。
 俺は色々考え込んでしまう方だ。

 だから香と話していると気が楽になる。
 香の考えに影響される。

「なあ、歴史への影響はどう思う?」

「また、それ? 前も話したわよね?」

「えっ!? そうだっけ!?」

 そう言えば……そんな気もする。

「はあ……まったく……ハル君は歴史に詳しいから色々考えちゃうんじゃない? ここは別の世界! 私たちのいた日本とは別の歴史がある世界なの!」

「あ……はい……そうだね」

「まったくもう。そんな事よりこれからの事を良く考えてよね」

 香に叱られてしまった。
 だけど、そのお陰で頭の中はスッキリした。

「ハル君! ネット通販『風林火山』見せて!」

「はいはい」

 香にネット通販『風林火山』の画面を見せるとあれやこれやと検索を始めた。
 何を探しているのだろ?

「ねえ。ハル君。火縄銃って売ってないかな?」

「火縄銃……それは……さすがに売ってないでしょ」

「うーん、せっかく黒色火薬が出来たのに火縄銃がないと使い道がないのよね。火縄銃は作れないよね?」

「無理だね~。鉄砲伝来はまだ数年先で、日本の職人が火縄銃を生産するようになるのは、もっと先だね」

「うーん……売ってないかな……あ! あった!」

「えっ!? ウソッ!?」

 香が画面を見せる。
 そこには確かに火縄銃が表示されている。
 けれどもこれは……。

「香! これはレプリカ! 本物の火縄銃じゃないよ」

 香が見つけた火縄銃はレプリカ。
 鑑賞目的で本物を真似て作った火縄銃で、部屋に飾っておく美術品だ。
 何種類かあって価格は二万円前後。

「これで良いから買って!」

「えっ!? いや、これは本物じゃなくて……」

「わかってるわよ。それでも良いから買って!」

「ええ!? まあ良いけど……」

 結局香の希望通り火縄銃のレプリカを購入した。
 他にも色々と一体何に使うか分からない物も買わされる。

 新作の化粧品が混じっていたが、そこは何も言わず気持ち良くお買い物をしてあげるのが男の甲斐性ってものだ。

 火薬と爆薬の方は頼みますよ。香さん!
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