恋のおまじない

くるみ

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恋しい色

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 「瞳、ここは一体どこなんだ?それに、あの化け物は何なんだ?消えちまったけど」

 翔太は、360度ぐるりと見回し、気味悪そうな顔をしていた。

 「ごめん。ごめんなさい!」
 
 瞳は両手で顔を覆い、泣き出してしまった。

 「いや、責めてるんじゃないよ。説明してほしいんだよ」
 「ごめんなさい!私のせいで!あぁー!」
 「瞳、泣くなって」
 「仕方ない事ですよ」

 翔太が困っていると、上の方から女性の柔らかな声が聞こえた。とっさに振り向くと、山吹色の着物を着た女性がふわりと翔太の前に止まった。

 「仕方ないって、あんた一体」

 女は瞳の肩に手を回し、自分の元へ引き寄せた。

 「私も分かりますよ。あなたと同じ気持ちでした」

 瞳は、女の顔を見ると女は微笑んだ。

 「ここは、死んだ者が来る黄泉の国です。そして、先程の鬼は、ここを支配する鬼です。この方は、鬼の術に騙され、あなたと共に死んだのです」
 「俺死んだの?何で⁈俺、体育館にいて死んじゃったの?!」 

 女は瞳を見つめた。

 「なんか、生き返る方法はないの⁈」

 女は首を横に振ると、艶のある長い髪が揺れた。すると、女の後ろに男が現れた。時代劇で見るような烏帽子を着けていた。2人は顔を見合わせた。

 「私達も試行錯誤しましたが、この通り何百年もここにいます。輪廻転生することも出来ず、死後も霊体のままです」
 
 「あなたは?」
 
 瞳は涙を拭いながら、女の方を見た。

 「私は、最初に鬼に殺された者です。しかし、不可解ですね。こんな事は、何百年たった一度もなかったのに。黄泉の世界の支配者が入れ替わる事なんてできるのでしょうか?」
 
 男女は、再び顔を見合わせた。

 「一番最初に殺されたなら、2人は鬼について何か知らないの?」
 「すまない。ほとんど何も知らないんだ。
元は、人間だったという事位しか」
 
 男が初めて口を開いた。
 「鬼が人間だったの?」
 「ええ」
 「どうして鬼になったんだろう?」
 
 翔太は腕を組み、思案を巡らせたが、鬼は鬼だとしか思っていなかったので、鬼の素が何なのか余計分からなくなった。

 「ここにいる全員が恋愛事で死にました。もしかしたら、鬼も恋をしていたのかもしれません」
 「恋愛?そういえば、最初に殺されたみたいだけど、2人はどうして死んだの?」
 
 女ははにかみ、初めて平然としていた顔を崩した。
 
 「私はこの方が好きだったのですが。この方は既婚者で。諦めていた所に、祈祷師に乗り移っていたあの鬼に騙され、この方を道連れに死んでしまいました」
 「へー?じゃあ、瞳は何で鬼に騙されたの?」
 
 瞳は、いきなり降りかかった問いに恥ずかしくなり、黙り込んだ。

 「あなたは、鈍いと言われた事はありませんか?」
 
 男は、翔太の鈍さにほとほと参った様子だ。

 「え⁈あ、あるけど」
 
 ここまで来ても、翔太はなぜ自分が死んだのかも分からないようだ。

 「瞳さん。こんなに鈍いと、はっきり伝えなければ分からないようです。頑張って伝えましょう」
 「えっ⁈ちょっ!待って!」
 
 2人は、虹のように静かに消えた。2人きりにされた上、逃げ隠れ出来ない状況に、瞳は意を決した。

 「翔太、ごめんね。私、翔太の事が好きだったの。翔太と両想いになりたくて、鬼のおまじないに騙されたの。私のせいで、翔太を巻き込んでごめんね。こんな事になるなら、翔太の事…」

 瞳は想いを伝えると、自責の念で再び涙をこぼした。

 「瞳は悪くない!」
 「え?」
 「俺、あの時沙織に言われてようやく気付いたんだ」
 「あの時?」
 
 翔太は、お泊まり学習の前日、瞳が振られた後の事を話した。

~お泊まり学習前日~

 「あ!翔太!」
 沙織が呼吸を乱しながら、教室に入ってきた。

 「何だよ、沙織」
 「あんた瞳になんか言ったの⁉︎瞳、泣いて帰っちゃったよ!」
 「何で⁈」
 「何でって、こっちが聞きたいよ!教室に忘れ物取りに行ったと思ったら、泣きながら帰っちゃったのよ!あんたなんか言ったんでしょ!」
 「私と翔太が付き合ってる事盗み聞きしたんじゃない?」
 
 沙織は、全く視界に入っていなかった美穂の存在に驚いた。

 「美穂。いたの⁈」
 「ずっといたんだけど」
 
 美穂は、自分の存在に気づかない沙織にイラついた。
 
 「それより。美穂、翔太と付き合ってるの?」
 「なーんだ。沙織も知らなかったんだ」
 
 沙織は、ギロっと翔太を睨みつけた。途端に、バチンと皮膚と皮膚が弾ける音が飛んだ。沙織の平手打ちが翔太に炸裂した。

 「あんた最低!美穂と付き合って、瞳と一緒にいるなんて。瞳はね、あんたの事が好きなのよ!」
 「ええ⁈」
 
 翔太は、鳩が豆鉄砲を喰らったように目を丸くした。

 「だって、瞳、そんな素ぶりなかったよ」
 
 翔太は、目を伏せ、キョロキョロした。

 「あんた、どんだけ鈍いのよ。はぁー。呆れた。金輪際、私と瞳に近づかないで」
 
 沙織は、呆れて教室から出で行った。


 「そんな事があったんだ」
 「瞳、ごめん。俺の鈍さで瞳を傷つけて。もう、死んでるけど、美穂と別れるよ」
 「え?」
 「美穂とは、告られたから付き合っただけで、別に好きでもない。それと、瞳の気持ちは嬉しいけど、俺、瞳とは付き合えない」
 
 瞳の胸なズキンと痛みが走った。

 「俺、バカだから。瞳の事をそんな風に見れないというか、瞳は気を遣わない友達みたいで、これからも友達でいたい。だから、ごめん」
 「うん。うん…ずっと、友達でいよう」

 瞳は泣き出したかったが、涙を堪えた。振られて泣いても、これ以上何も変わらないと思ったから。泣くなら、1人で泣きたかった。

 「あれ?」
 
 翔太は上を見上げた。瞳も、翔太の視線の先を追いかけた。黒く、禍々しい黄泉の世界の一部が、ぐねりと歪んでいた。

 「あれ、どうなってんだ?」
 「空間が歪んだだけです。これまでも、何度かありました」
 
 女は、スッと2人の元に現れた。

 「童共!何をしたぁぁぁ!」

 何もない所から急に鬼が現れた。

 「うわぁぁぁ!お、鬼だ!」

 翔太と瞳は、お互いの腕を掴みあった。

 「女。急にお前の体から抜け出してしまった。お前、何をしたぁ」
 
 鬼は2人に近づいてきた。
 「し、知らない!何もしてない!」
 「してないだと…クソ。どうしたら…」
 
 鬼の目が翔太を捉えた。

 「そうか。小僧の体もあったな」
 
 鬼は、ニヤリと笑った。瞳の勘は的中した。瞳が、声を上げたと同時に鬼が消えてしまった。
 
 「鬼が、翔太の体に…」
 
 瞳が絶望感に襲われかけた瞬間、鬼は再び現れた。

 「どうなっている⁈小僧の体にも入れないとは!」
 
 瞳は、安堵の息を吐いた。そして、思い切って鬼に問いかけた。

 「あなたは、人間になって何がしたいの?」
 「教える訳がなかろう。今、忙しいんだ。話しかけないでおく…そうか!」
 
 鬼は何かひらめいたようで、溢れそうな大きな目を、さらに大きく開いた。

 「魂と体が繋がっているからだ。お前達を、この黄泉の世界から消してしまえば、わしが体に乗り移れるんだ!」
 
 鬼は、瞳達より一回りも大きい手を向けた。瞳は、両手を広げ翔太の前に立ちはたかった。
 
 「瞳⁈」
 「私は消えてもいい!その代わり、翔太はきちんと生き返らせて」
 「ダメだ!それじゃ!瞳が!」
 「私が翔太を殺しちゃったんだよ。翔太が生き返るなら、私はこれ位の事しか出来ない」
 
 瞳は涙を流した。鬼は、瞳の前で手を止めた。

 「お前は優しい子だね。わしは、お前が優しそうだと思ってお前の願いを叶えてやったんだ。わしと入れ替わる事も受け入れてくれると思っていた。さぁ、願いも叶えたし、有り難く体を頂戴するよ」
 「ふざけんな!瞳の願いは叶ってないぞ!俺らは友達のままだ!」
 「何?…そうか。だから、契約が破られたのか。まぁいい。こいつを殺せばいい話だ」

 鬼は、瞳を掴んだ。

 「おい!離せ!この野郎!」

 翔太は殴ったり、蹴ったりしたが、鬼はびくともしなかった。

 「さぁて、少し痛むが我慢しておくれ」
 
 鬼が手に力を入れた瞬間、瞳の頭に不思議な映像が流れた。
 6歳位の女の子が、男に蹴られながら床を拭いていた。映像が飛び、女の子が少し大きくなっていた。顔に血飛沫を浴び、手には血 
だらけのナタのような刃物を持っていた。

 「うっ!苦し!」
 
鬼の握力が強くなる。あまりの痛みに意識が、不思議な映像から引き戻された。鬼がさらに力を込めると、再び映像が頭の中に流れた。
 映像の女の子は、また少し成長し、高校生くらいの綺麗な女性になっていた。男の人と仲良く、笑い合っていた。しかし、次の映像では女が泣いていた。

 「これは何?」
 「はぁ?何を言っている?死に際に、走馬灯でも見えたかい?」
 
 鬼がまた力を入れると、瞳の脳裏に映像がよぎる。
 映像と同じ女が、自分の腹部に刃物をさした。女が倒れると、倒れた体から半透明の女が、脱皮するように現れた。
 すると女の様子が変わっていった。髪はみるみると伸び、真っ黒だった髪色が真っ赤に変色した。スラリとしていた体も、ぶくぶく大きくなり、顔色は紫色をしていた。長い爪、鋭い牙も生え、美しい顔は無惨にも鬼と化してしまった。

 「これは、あなたの…記憶なの?どうして鬼に?」

 息ができない中、瞳は必死に鬼に問いかけた。

 「わ…わしの記憶を見るなーー!!」
 
 鬼は手を離した。
 
 「瞳!」
 
 翔太がすかさず、瞳に駆け寄った。

 「あ、あなたは人間に戻って、何がしたいの?」

 「お前には、関係ないだろう」
 「教えてくれないなら、自分で探す」
 
 瞳は立ち上がり、鬼に近づき、手を伸ばした。

 「止めろ!来るなぁ!!」
 
 鬼は大きな手を振り回し、大声を上げた。瞳は、鬼の手に優しく触れると、鬼の手は震えていた。

 「うっ、うっ。何百年も前の話だよ。わしは、悪徳坊主に騙されたんだよ。坊主ってのは、悟りの心を持つ、仏様の化身のようなものだろう?それなのに、か弱い女を騙して、有り金全部取っていったんだ。恨んでも当然さ。わしはまた、人間に生まれ変わって、人生を謳歌したいのさ。さ、理由は話したよ。わしに、体を譲っておくれ」
 
 鬼が急に瞳を鷲掴みした。瞳は俯いたまま、動かなかった。

 「嘘つき。嘘つきな上に、人殺しじゃない!」
 「ちっ、バレちまったかい。そうさ、わしは幼少期、両親が亡くなり、親戚の家に引き取られた。叔父に、重労働を課せられたが、両親の悪口を言われ、我慢してた思いがプツンとキレて叔父を殺したのさ」
 「それから、時が経って商人と結婚した。子供を儲けたが、子供が可愛く感じなくてね。2人を捨てて、家を出た。そうしてるうちに、気になる人が現れた。しかし、捨てられて面白くない前の旦那が男を殺した。前の旦那は、女好きと承知で結婚した。子供が可愛く見えなかったのも、好きな男の、子ではなかったからだ。わしは、死んだ男の後を追う為に、前旦那を殺してから自分も殺した」
 
 鬼はため息をついた。

 「昔話をしたら、色々思い出してきた。わしは、当たり前に家族と過ごし、変わらぬ毎日を過ごす人々が羨ましかった。生まれ変わったら、普通の家庭で育ち、好きな人の子を持ち、命が尽きるまで家族と寄り添いたかった。普通に生きる、ただそれだけ。さぁ、理由も教えた。優しいお前なら肉体を譲ってくれるだろう?」
 
 鬼は、また瞳を握りしめた。
 
 「あなたが人間になったら、ここにいる人達はどうなるの?」
 「知らぬ。わしには関係ない」
 「じゃあ、何の為にここにいる人達は殺されて、この世界にずっといるの?」
 「わしは、優しさという感情がないんだよ。黄泉の国の支配者は、優しさを捨てなければならない。其奴らの解放は、お前が支配者になってからでもよいだろう」
 「その通りです」
 
 女が鬼の前に現れた。

 「あなたは、私達を殺した後大笑いして、散々私達を欺きました。鬼に、優しさなんて一欠片もありません。ですが、私は優しさはあります」
 「はぁ?」
 「あなたは、地獄の閻魔様をご存じでしょうか?あなたが人間になりましたら、私達はあなたを恨み、殺します。そして、一緒に閻魔様の元で裁判を受けましょう。あなたは、この数の人間を殺しました。どれ程きつい罰を受けても仕方がないでしょう」
 「閻魔様ね。私は、閻魔様配下の鬼だよ」
 「それは、嘘ですね」
 
 鬼は、もう片方の手で女を掴んだ。

 「そろそろ、邪魔するのはよしとくれ!」
 
 女は、原型がなくなるのではないかと思う位握りしめられた。

 「くっぅぅぅ!」
 
 女は痛みに耐えた。しかし、あまりの鬼のバカ力に痛みに耐えきれず、足をバタつかせ、世紀末の叫びを上げた。

 「止めてー!!」
 
 瞳は無我夢中で、声を張り上げた。一瞬の出来事が長く感じた。瞳が目を開くと、辺りはミルク色の優しい世界になっていた。雪のような小さな発光体が降り注いでいる。時が止まったように、辺りは無音で、発光体以外は何もないが、全てが止まっている感覚だった。鬼の姿はなく、体が解放されていた。

 「ここは一体?みんなは?」
 「娘さん」

 瞳が後ろを振り向くと、女も鬼から解放され、微笑んでいた。

 「お姉さん!良かった。生きてた」
 
 瞳は、肩を撫で下ろした。

 「ふふ。元々死んでますよ」
 「それより鬼は⁈」
 
 女は遠くの方を見ていた。

 「鬼は消えました」
 「えっ⁉︎どうして?」
 「分からないけど。あの時、あなたが叫んだ途端、あなたから光が放たれ、黄泉の世界が光に包まれました。眩しくて、でも優しく、暖かな光。あなたのお気持ちが鬼を倒したのです」
 「私が、鬼を倒した?」
 
 女の足元からシャボン玉の様な光が出てくると、女の足元が消えかけていた。

 「鬼を倒して頂き、また助けて頂き、ありがとうございます。このお礼は、生まれ変わった時に必ずお返しします」
 
 女は、深々と頭を下げた。

 「お、お礼なんていらないですよ!でも、あなたの名前を教えてください」

 「名前は南部赤葉です。」
 
 赤葉は、瞳の頬を両手で包んだ。

 「また、会いましょう。約束です」 
 「うん」

 目をあけると、白い天井が目に入った。目だけで、辺りを見ると沙織と目が合った。
 
 「ひ、瞳?今度は本物だよね?」
 「え?」
 
 久しぶりに目が覚めた気分だ。沙織が握っている手の感覚や体の重みが生きている事を実感した。

 「ここは?」
 「保健室だよ。瞳、授業中に倒れて、保健室に運ばれたんだよ」
 「今日は何日?」
 「5月1日だよ」
 
 お泊まり学習から、1週間ぶりにこの世に帰ってきたのだ。この世…

 「翔太は⁉︎」
 「翔太は、まだ目が覚めてなくて。まだ入院中だよ」
 「あら、久住さん。起きてたの?」

 保健室の先生が、瞳の母親と保健室に入ってきた。
 
 「瞳!大丈夫⁈また倒れたの?」
 
瞳の母親が駆け寄ると、瞳は母親の腕を掴んだ。

 「お母さん、病院!翔太がいる病院に連れてって!」
 
 瞳の、慌てふためく様子を見ていた3人は困惑した。瞳の母親は、娘の切なる思いを訴える姿に圧倒され、病院へ直行した。
 病院に到着すると、すぐ受付に向かった。部屋番号を聞き、一目散に翔太の病室に向かった。
 お願い…翔太、戻ってきて。
 病院のドアを開けると、翔太は起きて、こちらを見ていた。瞳は、翔太の元へ駆け寄り、翔太を抱きしめた。

 「翔太ー!戻ってこれたんだね!」
 「ありがとう。瞳」
 
 瞳と翔太は、しばらく大泣きし、戻ってこられた事を喜んでいた。

時が経ち数ヶ月。翔太とは、男女の友情関係のまま、恋心は再び芽生える事はなかった。
 季節は秋となり、周りの木々は赤や黄色に染まっていた。瞳は、目に映える鮮やかな山吹色の木々をみるとあの人の事を思い出した。
 瞳は、墓石に手を合わせた。
 ニヤリと笑うと、キバのような鋭い歯が覗いた。

 


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