あいつの宝は身近にあった

くるみ

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逆襲

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 直人は階段を駆け降りていた。姿も見えない何者かに追われていた。殺される恐怖に怯え、体が震えていた。
 直人は足が動かず、躓いて転んだ。振り向いた瞬間、背中に鋭い刃物が刺さった。

 「はっ!」

 目を覚ますと、車の天井が見えた。顔中にべったりと脂汗をかいていた。
 直人は胸元を触り、刺されていない事に安堵した。

 「夢か」
 
 隣を見ると、千代がまだ寝ていた。
 直人は起き上がり、目張りから外を覗いた。外はまだ明けたばかりで、白んでいる。車の台数も夜とは変わりなく、混雑している。
 直人は寝たまま、今日のルート予定を立てた。福島県には入れたが、今日頑張れば青森辺りまで行けるだろうか。青森からは、フェリーか新幹線の移動しかない。どちらにするか千夜に聞いてみよう。
 色々考えているうちに千代が起きた。

 「おはようございます。痛っ!襲われずに、無事に朝を迎えられましたね」

 千代は頭を押さえた。酒を少量しか飲んでいないが二日酔いのようだ。

 「わぁ、綺麗な空。顔洗うついでに、外に出ていい?」
 「危ないから俺も行くよ。具合大丈夫?」
 「大丈夫です。少し頭痛いだけなので、頭痛薬飲んだら治りますかね?」
 「落ち着くと思うよ。行く途中、ドラッグストアに寄るか」

 千代は車から降りると、上に伸びをしながら深呼吸をした。

 「綺麗な空気。冷たくて、肺に染み渡る感じ。外に出られるって幸せ」
 「全く外に出なかったの?」
 「うん。あの家に来た時、庭先だけに出る事はOKだったの。でも、ご飯の事やお菓子の事、生活が退屈な事、色々訴えたんだけど全部拒否されて。頭に来て、一度バスでショッピングセンターに行ったの。それが、橘怒りを買ってしまって。それ以来、家から出る事も禁止になって、家の中に監視カメラをつけたの」
 「家の中に監視カメラ付いてたのか⁈俺、顔バレてたかも!」
 「あはは。大丈夫。その時は、私が何とかするから」

 二人はトイレに入り、洗顔や身支度をした。

 「お待たせ。今日はどこまで行けそう?」
 「昨日みたいに襲われなかったら、青森まで行きたいな」
 「じゃあ、さっさと行きましょ」

 自販機でコーヒーを買い、直人は運転をしながら、サンドイッチを頬張り、千代はその隣であんパンを頬張った。

 「直人さんは、何の仕事をしてたの?」
 「最近は、派遣で食品工場で働いてたよ。その前は運送業、その前は営業だったな。あんまり、長続きしなかったなぁ」
 「何で辞めちゃったの?」
 「どの仕事も人間関係で悩んでさ。昔から、人と関わるのが苦手だったんだ。上の人に評価されても、同僚や周りからは妬まれるし。周りのいじめから助けてくれた人が、本当はいじめの主犯格だったり。本当…人が信じられなくなってきてさ。無職になって2ヶ月、人と関わらない仕事を探してるんだけど、なかなか見つからなくて。いい歳して、定職についてないなんて、男としてダメだよな」
 「ううん。人って一番厄介だよね」
 「橘の家は、会社が小さい割に家がデカいから、隠し金があると踏んで盗みに入ったけど。今思うと、自暴自棄になってたな」
 「私は、それに助けられたけどね」
 「悪かったな。あん時、怖い思いさせて」
 「ううん。むしろ、チャンスだと思ったわ」

 千代は満面の笑みで笑い返した、

 「でも、人と関わらない仕事って何があるんだろう?うーん…農家とかは?」
 「何でピンポイントでそこに来るんだ?」
 
 直人は気まずそうな顔をした。

 「俺の実家、農家なんだ」
 「そうなの?農家継いだりしないの?」
 「俺、長男だからさ。昔から、身内や周りから跡継ぎの話が絶えなかったんだ。高校の就活の時点で、親父と揉めてたからさ。卒業してすぐに田舎を出たんだ。もう、ウンザリだった」
 「そうなんだ。実家はどこなの?」
 「…青森」
 「今日の目的地じゃん!もしかして、りんご農家とか⁈」
 「残念。ただの米農家だよ」
 「すごいじゃん!じゃあ、ついでに、実家に寄ってみたら?私行きたい!」
 
 千代は目を輝かせながら、直人を見つめた。
 
 「いやいや。何もない田舎だし。ババアとジジイしかいないから」
 「大丈夫!私、おばあちゃんっ子だったので。お願い!一生に一度のお願い!」
 
 千代は手を高々に合わせ、頭を下げてお願いした。

 「ぐぬぬ。はぁ、分かったよ。頑張って、運転してみるから」
 「やったー!ありがとう!」

 千代は万歳をしながら喜んだ。ふと、ラジオから懐かしい曲が流れた。
 男性グループのハイテンションなノリの曲だった。

 「懐かしい!これ、小学生の時聞いた!」
 「え?これ、俺が高校生の時に流行った曲だけど?」
 「え⁈あ、間違えた!違う曲と勘違いした。でも懐かしいね」

 道中、千代のおしゃべりは、昨日と同様、止まらなかった。学生時代の話や地元の話。目に入った看板や店が話題になったり。自然と直人も会話が弾んだ。
 途中、休憩を取る為道の駅に寄った。

 「腰が痛え。もう、ジジイだ」
 「私、トイレ行ってくるね」
 「俺も行くかな」

 二人はトイレに向かい、先に直人がトイレから出てきた。トイレから数メートル離れた所で待っていると、清掃員のおばさん二人が大きな掃除用具のカートを押しながら女性トイレに入っていった。
 そして、千代よりも清掃員のおばさん達の方が早く出てきた。千代は10分待っても出てこない。
 直人は嫌な胸騒ぎを感じた。恥を捨て、近くのおばさんを捕まえた。

 「すみません。若い女の子がトイレに入ってるんですが、見てもらっていいですか?い、妹なんです!なかなか、出てこなくて」

 60代位のおばさまが、直人の言動に疑問の目を向けた。おばさまは渋々入っていき、すぐに戻ってきた。

 「トイレには誰もいなかったよ」
 
 おばさまは、ムスッとした態度で答えた。直人の心臓がスピードを上げた。

 「嘘だろ」

 目の前が真っ暗になりそうになった。

 「嘘じゃないって」
 
 おばさんの声は直人の耳に入らず、直人は駆け出した。

 「千代!千代!」

 店内や駐車場、ぐるりと見て回ったが、千代の姿は見当たらない。

 「すみません!オレンジ色の作業服を着たトイレの清掃員の方分かりますか⁈」
 
 直人はレジのおばさんに尋ねた。レジのおばさんは、直人の慌てように鳩が豆鉄砲を喰らった顔をした。

 「ここのトイレの清掃は、私たちでやってるよ。何?トイレさ、何か落としたのか?」
 「え?!清掃員雇ってないの?」
 「んだよ。雇う金をケチってるから、うちらが掃除してるんだよ」

 やられた。直人は肩を落として、黙って店から出た。トボトボと愛車に向かって歩いた。
 車のドアに寄っかかり、空を見上げた。

 「クソ!」

 思い切り、ドアを一発殴った。殴った右手が、熱を帯びて、ジンジンと痛み出す。
 北海道連れてくって言ったのに。
 ラーメンを食べた時の涙、外に出た時の笑顔、また彼女の自由が橘に奪われてしまうのか。
 彼女は最悪、自殺願望も持っていた。もしかしたら、もう、この世からいなくなるかもしれない。
 しかし、1日過ごした人に、そんな思い入れしていいのか?しかも、人妻だ。忘れてもいいのではないか?こんな1日ちょっとの事、時間が経てば忘れるだろう。それに、迷惑だったらここまででいいって、あの時言ってた。俺は彼女の何にでもない。関係ないそう思えば…
 いいや。ダメだ。忘れようとしても、彼女が気になって、生きた心地がしない。
 探さなきゃ。彼女を助けに。
 直人は葛藤と決着をつけた。

 「きっと、橘の元に連れて行くはず。…戻ってみよう」

 直人は車を動かし、来た道を戻った。

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