魔法使いたちへ

柏木みのり

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 その夜、雅代から電話があった。雅代はほとんどといっていいほどテキストメッセージを使わない。スマホにも電話をかけてこない。大抵は家の電話にかけてくる。
 居間の電話で当たり障りのない返答をしながら短い会話を終えた結花が、
「お母さん、雅代伯母さんと話す?」
「話す話す!」
 お母さんがキッチンから飛んできて、結花と由はさりげなく二階へ上がった。階段を上がってすぐのところで足を止める。
「なんだって?」
「うん…」
 結花がうんと声をひそめる。
「ジャンの伯父さんのダニエル・フエンテス…エレイン達はダンって呼んでたけど、その人と連絡取れたんだって。明日ウェリスで待ち合わせて、フランスまで一緒に行くことになったって」
「へえー…」
 由は眉根を寄せた。
「研究者だって言ってたよね、その人」
「そうね」
「研究者ってお金に困ってるってイメージない?」
「…まあね」
「もし今回石のことを聞いて、『ああそういえばそういうものがあったな』って石のことを思い出して、欲しいと思うようになったらさ、ジャンが石を受け取るのを邪魔しようとするんじゃない?横取りして逃げたりするかも。一緒に行ったりしないほうがいいんじゃないの」
 結花が苦笑する。
「だって、今回石を持ってくわけじゃないでしょ。ただその住所に行ってみるだけなんだから、大丈夫だよ」
「えっ。…ああ、そうか……いや、」
 由は目を見開いた。
「ちょっと待って。それ困るよ。もし石とジャンの命と引き換えだって悪い奴らに言われたらどうするの?石は持ってかなきゃ」
 結花が宥めるような目で由を見る。
「落ち着いて。大丈夫よ、ロバート達がちゃんと考えてくれてるよ」
「だって、大人達はみんなジャンが死んじゃったと思ってるじゃないか」
「シーッ。声大きいよ」
 自分の部屋に戻って荷造りをしながら、由は真剣に考えた。
 石を一緒に持っていくように、なんとかロバートを説得しなくちゃ。どうしても本物を持っていかれないっていうなら、せめて偽物を持っていくとか…。エレインに聞かれたくないから、どうにかしてロバートが一人でいるところを捕まえて話さなくちゃならない。大人達の中でも特にエレインは、一際頑なにジャンは死んでしまったのだと言い張っているから…。

 「ねえ、由。ジャンが死んでしまったことを認めたくない気持ちはよくわかるわ。でもね、これだけはしっかりと理解してほしいのよ。あなたは何も悪いことはしていない。あなたとの出会いがなくてもジャンは隠れて実験をしていたでしょうし、あなたがやめろって言ったって、ジャンは聞かなかったでしょうよ。あの子はいつも自分のやりたいことをやりたいようにやる子だったから。あなたはジャンの死に対してなんの責任もな…」
「あるよ!一緒に実験をやってたんだもの。あのレシピだって一緒に作った。責任大ありじゃないか!」
「それは違うわ」
「違わないよ!しかも僕だけ薬を飲まなかった。一緒に飲むはずだったのに、いつも一緒に飲んでたのに、なんで今回に限ってあんな…なんで…」
 膝を抱え、両腕に顔を埋めた由の肩にエレインがそっと手を置いた。
「由。もう一度言うわ。何度でも言う。あなたにはなんの責任もないの。そこをわかってほしいのよ。お願いだからわかって。でないといつまでたっても先に進めない」

 由は乱暴に涙を拭った。畳み終わったTシャツをリュックに詰める。
 あれは曇りの日だった。しっとりと湿度のある日で、肌が少しぴとぴとした。エレインの仕事部屋の薬草の匂い。エレインの低い声。座り込んだ床の硬さ。開いた窓からは鳥が同じリズムで繰り返し歌うのが聞こえてきた。ピックロー、ピックロー、ピックロー。一、二。ピックロー、ピックロー、ピックロー。一、二。繰り返し、繰り返し。
 事故の後の数週間、エレインは何度も言った。由がジャンの死を受け入れられないのは、ジャンの死に責任を感じているから、そしてジャンと一緒に薬を飲まなかったことに罪悪感を感じているからだと。自分のせいでジャンが死んでしまったと思いたくないから、死んでいないと思いたいだけなのだと。ジャンの死を受け入れて、「自分のせいだ」と思うことの方をやめるべきなのに…と。
 …そうなんだろうか。
 僕がジャンは生きてると思うのは、ジャンに生きていてほしいと思うのは、望みを捨てたくないのは、自分が罪悪感を感じなくて済むようになりたいから?自分のためなのか?本当にジャンの生存を信じているからではなく?
「…ジャン」
 口の中で呟く。静かな部屋に、ジャンの名が頼りなく小さく響く。久しぶりの感覚だ。
 事故の後、記憶を封じ込めるまでの約一ヶ月の間、由は色々な方法でなんとかジャンとコンタクトを取ろうと試みた。ウィジャボードのようなものまで作ってみた。
 「だって、薬のせいで肉体がなくなっちゃってるのかもしれないじゃないか。だから僕たちからは見えないし、声帯とかもないからジャンは声も出せない。僕たちに触ったりとか、ペンを持ったりとかもできなくて、だから本当はこの辺にいるのにコミュニケーションが取れないだけかもしれないじゃない」
「…肉体がない?それじゃ目もないし耳もないし脳も神経もないんだから、由が何をしようと、ジャンには見えないし聞こえないし理解もできないんだから無駄でしょう。それとも、声帯や手や足だけなくなって、目や耳や脳や神経は残るような薬だったっていうこと?」
 エレインが皮肉っぽく言ってため息をつき、由は怒りに震えた。
「じゃあ…、じゃあ…、霊だけの存在になってるとかさ」
「霊ですって?いい加減にしてちょうだい」
 エレインになんと言われようと、あの頃の由は、ジャンがもしかしてその辺にいるのじゃないかという思いを捨て去ることが、どうしてもできなかった。こちらからは見えない、声も出せない存在になってしまったジャンが、なんとかコミュニケーションを取りたい、助けてほしい、と思っているような気がして仕方がなかった。向こうの世界にいる時だけでなく、こっちにいる時も。だからよく小声でジャンに話しかけていた。
「明日さ、会いに行くよ」
 呟いてから、もしジャンが本当にフランスにいるなら、これが聞こえるわけはないんだなと思って小さく苦笑する。けれど同時に、もうすぐ会える期待でいっぱいであるはずの心はなぜか変に虚ろな感じがして、由はそんな自分を蹴飛ばしたくなった。
 僕が信じなくてどうするんだ。
 信じろ。明日必ずジャンに会える。
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