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七章 おやすみミコ様

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 それが金印だというのは、もちろん先に目録をもらってたから言えたことだ。
 喝采の波が引くのを見計らって、続いてタバナが目録を読み上げた。布地や陶器、馬、食べ物。
 議事進行が滞りなく終わった頃を見越して、私が松明に火を灯した。ツウリキで。
 おお……と漏れる感嘆。使者たちも改めて平伏している。どんな思惑を持ってヤマタイに来たか分からないが、こんな些細なツウリキでも、ちょっとした牽制にはなるだろう。
 大きな取り引きだったのが一転、戦争になったら敵わない。

「隋からの使者よ。今宵はゆるりと楽しまれるが良い」

 私からの、そんな言葉を封切りに始まる、宴。
 むしろが敷かれ、食材が並んだ。ヤマタイ自慢の、山海の幸を集めた。ここヤマタイは、海にも近い。いつもいつもは口に出来ないが、獣の肉も、刺し身もあるのだ。ミコ様が食べられないってだけで。
 酒が酌み交わされる。
 皆が破顔はがんし、踊りも始まった。さすがにデンを降りれはしないので見てるだけだったが、代わりにフサたちが、私を囲んで踊りを披露してくれた。その輪の中には、今はもういない人の影まで見えるような気になれて……ぶっちゃけ泣きそうになった。
 ヒタオ。
 私ここまで来たよ。
 もう……もう、いいかな?
 皆、心ゆくまで、日が落ちてもなお飲み食いし、踊り狂ったのだった。

 人生で一番、最高の、1日だった。

 温泉に行けたのは、それから一年後。発見から出発まで一年かかったものだった。隋の使者を送って、すぐ稲刈りの季節になり、冬が来たからでもあった。
 もっとお手軽に気軽に行けるモンだと思ってた、あの頃の自分を叱りつけたい。
 とはいえ、ここまで来たからには後に引けない。

 移動は牛車。
 それはそれは貴重なもので、普段は畑を開墾したり、重いものを運ぶ時にだけ使われている。そんな牛を使った乗り物に、人を乗せるなんてのはミコ様だけだ。
 人ではない、神様だからこそ。
 他にも色々、道の整備やら宿の確保やら大変なことがあったけど、こうして私は、念願の温泉に浸かることができたのだった。
 人生2番目に最高な出来事である。

 今回のお付きは男衆だけだ。女性に旅は過酷だし、侍女たちには、社を守ってもらわなきゃならない。
 温泉に浸かれたら速攻で帰るつもりだけど、1日2日で帰れるモンじゃないしね。
 じゃあ誰が私の面倒をみてくれるのか。
 タバナしかいない。
 オサの代行は、チサたちで賄えている。前オサが亡くなった後しばらく、ぶっちゃけ政治は混乱した。前オサがすべての牛耳っていたからだ。だから、ナコクに付け入られた。
 主要な人材を幅広く登用し、皆で情報共有する。というやり方に、タバナが変えた。
 タバナ自身その方が動きやすくなるし、複数人で政治を回す方が、色んな案が出て良いから、ということだ。
 という訳でタバナが、私のお守りをしてくれている。

 山の麓で一泊した私たちは、半数をムラに置き有事に備えさせ、もう半数で山に上がった。
 3人の男衆が、籠で私を持ち上げる。何しろ引き籠もりだからね。外に出たくて、こっそり筋トレとかやってたけど、実際、自分が思うよりも体力がない。申し訳ない。
 天気を占ったからか、私の機嫌が良いからか? この日の天気も良かった。
 温泉地までの草が刈られ、危ない石も取り除かれ、登りにくい岩には階段がかけられている。歩きやすそうだ。少しでも私が重くないといいな。
 温泉に到着した時には、ずいぶん日が高くなっていた。もうお昼かな。お昼ごはんは食べないから、いいんだけど。

 温泉も、私が入れるように周囲に杭をして、低いながらも板を立ててあったりと整備されていた。その周りに警備の男たちが立った。全員が背を向けていて、絶対に私を見ない。見たら目が潰れる、ぐらいには思ってそうだ。
 動物避けだから、外側を見ているのが正解なんだけど。
 川の側。岩だらけの中に、温泉が沸いている。岩陰に隠れられないこともないぐらいには、ゴツゴツしているけれど、完全に隠れられるほどではない。木が生い茂ったりしてないのは有り難いし虫もいなさそうだけど、どこから何が飛んできて襲われないとも限らない。
 山の中だし、冬だがもうすぐ春である。冬眠明けの熊なども、いるかも知れない。
 ここいらの地方は暖かく、雪があまり積もらない。米作りの始まる春から秋を避けると、この時期にしか来れなかった。

 フサたちのアイデアで、私は薄い衣をまとって温泉に入ることになっている。温泉を出てから着替えるのも、上から別の着物を羽織り、絶対に肌を出さないように着替えるのだ。
 とはいえ衣が薄けりゃ、少しは透けて見える。
 そんな姿をさらすのも、タバナにだけである。
 薄衣一枚になるのを手伝ってくれるタバナは、なるだけ私を見ないようにしている。

「タバナ」
「はい」
 返事が硬い。

 そりゃ2人きりではない、周りに皆さん立ってる状態だけどさ。やっぱり2人の間にある壁は、何年たっても氷解しないのか。ちょっとは関係が変わったように感じてたんだけど。
「お前が先にお入り。問題なくば、私も入ります」
「……はっ」
 小さく返答すると、すぐに裸になり。
 タバナは躊躇なく、お湯の中に降り立った。
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