朽ちる聖森 婚約者を喪い、役立たずと森に追い出された王妹は、前魔王の世話をやく

家具付

文字の大きさ
2 / 21

(1)

しおりを挟む
「役立たず。どうして早々に結婚式をあげなかったのかしら」

冷え切った城の中、暖かい暖炉は女王の玉座のすぐそばで、この国のもっとも高貴な身分の女性を暖めていた。
対して向かい合う漆黒の喪服を身にまとった娘は、何か答えようと口を開いたものの、何と答えればこの女王が納得するか考え、何も見つけられなかった。

「まったくもってお前は使えないですわね」

女王がまた彼女の事を否定する。彼女が慣れない異国で、どれだけ献身的に辺境伯を看病し続けてきたのかなど、些細な問題なのだ。

「お前ときたら。五度も六度も婚約者が変わって、ようやく嫁ぎ先がきちんと決まったと思ったら、ぐずぐずとのろまに結婚を長引かせて!」

「陛下、わたくしがあの方と婚約したのは夏でございます、秋に結婚など早すぎます」

普通婚約期間は一年はあるものだ。
お互いのこともあるし、ほかにもいくつか時間をかけなければならない物も多い。
ここでは結婚式と結婚が同列であり、結婚式の準備、それも莫大な財産を持つ辺境伯の結婚式ともなったら、一年は準備期間を要するといっていいだろう。
それを知りながら、辺境伯は、早く結婚したいと焦る彼女の意思をくんで、春すぐに式を挙げようと準備していたのだ。
彼女の身分、つまり異国の女王の妹、という身分と、辺境伯の身分を考えながらも、十分に早く式を挙げようとしていたのである。
それをのろまだのぐずだのと言われるのは、あまりにも辺境伯に対して失礼であった。
辺境伯は、こちらが見下されないように十分に配慮したのだから。

「ええい、言い訳などお前ができるものではないのですよ!」

真実を言われて、女王が激昂する。女王は妹の嫁ぎ先の、大量の資産に欲があったのだ。
おそらく辺境伯が死ぬ前に式を挙げさせ、妹の権利だと難癖をつけ、そこの資産分配に介入する心づもりでもあったに違いない。
だがそれも露と消えたものだ。辺境伯と妹は、結婚する前に終わってしまったのだから。
女王がじいっと出来の悪い、不細工でぐずでのろまな妹を眺める。
漆黒の喪服は否応なく悲しみに包まれていることを示し、妹の生来の気品のような物を浮かべる。
それも女王にとって気に食わなかった。女王にとって妹が何かしら、自分より秀でているのは許しがたい出しゃばりなのだ。
女王は華やかな美人とよく形容されるが、妹はたおやかな女性、と形容されることが多い。
それも女王は気に食わないのだ。女王にとって妹はいつまでも不細工でなければならないのだから。

「お前のその衣装も気に入りませんわ。なんですの、そのいかにも高額な喪服は」

「……婚約者様が、あちらに嫁いだ後にもしもの事があった時に、と仕立ててくださいました」

それが夫の死とは限定されなかった。近しい者の死の際に、辺境伯の妻が貧相な喪服でいれば、何かとつまらない事を言われるだろう、と気にかけてくれて贈ってくれたものだった。
他にも辺境伯は、様々な物を、婚約者に贈っていた。
それは異国まで来たというのに、彼女の花嫁道具があまりにも時代遅れだったり貧相であったからともいえる。
それらの花嫁道具もいま、この国に持ち帰られていた。

「お前は、わたくしが手配した喪服を気に食わないと、新しい物を仕立てさせたのですね! ああ卑しい」

女王が声を張る。女王の言った事は絶対として広まるため、妹はこの後、物乞いのように新しい服をねだった、と噂されて、また遠巻きにされるに違いなかった。
妹はうつむき、耐えている。耐える様も可憐な花が耐えるような風合いがあり、それさえ女王の機嫌を損ねるものだった。
女王は妹に魅力が何かあるのが許せないのだ。

「もうお前には失望しましたわ。お前の嫁ぎ先はもうこのあたりの諸国にはないし、国の主だった者たちには妻や婚約者がいる。お前が出来そうな役割は……」

女王がぶつぶつと呟いた後、彼女を見て、不意に妹が大事に胸に飾っている、深い青色のサファイアのブローチに目を止めた。

「お前、そのブローチはどこで手に入れたのかしら、お前にそのような物を花嫁道具として与えた覚えはありませんわ」

「こ、これはお許しください、あの方が、あの方の眼の色と合せて贈ってくださったものたちにございます!!」

妹が必死に懇願する。これを奪われてはならない、大切な思い出の品なのだと守ろうと、胸のブローチを隠した。
亡き婚約者を忍び、喪服につけ続けていたのがあだになったのだ。
だが彼女の立場上、喪服であっても必ず、宝飾品を一つ二つは身につけなければならない。
つけなければ、つけないでまた難癖をつけられるのだ。
彼女はそれもあって、そのブローチをつけていた。
いくらなんでも、女王はもっと素晴らしいものが手に入るのだから、故人の贈り物を奪ったりはしないだろうとも思ったのだ。

「その言い方だと、それはパリュールのようですわね。……お前のこれからの人生に、そのようなものは必要ありませんわ。わたくしに差し出しなさい」

「陛下!」

妹の顔が苦し気に歪んだ。貴婦人としての仮面がはがれたような苦しみに満ちた顔に、女王は少しばかり溜飲が下がる。

「なにかしら、お前はわたくしに反逆の意思でもあるというのかしら。命令が聞けないのだから」

ぐ、と妹が、女王として命じれば黙るとわかっている。
そして、息絶えそうな苦しげな息遣いの後、いう。

「かしこまりました……」

「では部屋に後で使いのものを送りますから、きちんと一そろい渡すように」

そうそう、と女王は続ける。

「お前の新しい役割は簡単ですわよ。……お前、聖なる森の生贄になってきなさい。どうせお前など、どこの誰も欲しがりませんし、契りを交わす前だったのだから、生贄としてちょうどいい。他の候補よりもずっと、適任だと思わないかしら」

妹は今度こそ、完全に血の気が引いた真っ青な顔になった。
聖なる森は、魔王の国との間にある国境の森だ。その森からこちらへ魔物が侵入しないようにするためには、森に生贄を捧げなければならない。
それは数百年前から決まっている事で、庶民よりも高貴な血筋の方がいいとも言われている。
だがどこの家も娘を生贄にするなど嫌がるため、この決定は間違いなく、彼女が嫌といおうが何と言おうが、決定事項に違いなかった。
妹はぐっと声をこらえ、頭を垂れた。
それしかなかったのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

処理中です...