朽ちる聖森 婚約者を喪い、役立たずと森に追い出された王妹は、前魔王の世話をやく

家具付

文字の大きさ
3 / 21

(2)

しおりを挟む
「今度の生贄様は女王様の妹君だとか」

「へえ、それなら今度こそ百年は生贄が要らなくなるんじゃないか?」

「いつも王族の誰か、というわけにはいかないのが難しいよな」

「年々正当な血筋の王族ってのが減ってんだろ、なんでも魔王の呪いだとか」

「まったく、四代前の女王様にやっつけられたからって、魔王も嫌な呪いを残したものだよ」

「死んだ魔王は四代前の女王様に、懸想してたって話じゃないか」

「おお、おぞましい魔族のくせして、伝説に残るような麗しい女王様に恋焦がれるなんて、けがらわしいものだね!」

森への生贄が乗る馬車は、生贄が逃げ出さないように頑丈な造りをしており、その中では、自害が出来ないようにと、生贄は拘束される事になって長い。
何回か、森へ行くくらいなら、と自害をしたり、脱走の手引きをしてもらい、逃げ出したりした生贄の女性たちがいるのだ。
生贄は何も、女性だけと決まっているわけではない。
時によっては男性も生贄になるが、総じて厄介者扱いされている若い男性である。
その男性も、女性関係のない状態でなければ生贄としては認められず、それゆえ貴族男児はかなり早い年齢で、娼婦や口の堅い家庭教師などと事を済ませてしまう。
女性が性に奔放である事を良しとしない事もあって、女性の方が貞淑だ。
簡単な話、産んだ子供の父親が誰なのかわからない結果、泥沼の争いになる事が多いせいだろう。
そのような事情が重なった結果、女王の妹は猿轡に手足を封じられた、なんとも言えない姿をして、馬車の中に座っていた。
この状態の彼女を襲って、純潔を散らそうと考える馬鹿は普通居ない。
森への生贄の純潔がなくなれば、新しい生贄を探さねばならず、一時の欲求でそんな事をして、とばっちりが来るのは誰もが望まないのだ。
仮に森への生贄が何かしらの不備があった場合、森はその範囲を広げ、人間の住める土地を侵していく、とされている。
古い時代は何度か、何かしらの不備がある生贄を差し出し、この国はその当時よりもずっと狭い領地になってしまっていると、本に記載されていた事を、女王の妹は思い出す。
何故不備があったのかはわからない。
もしかしたら、様々な思惑の結果、そう言った贄が差し出される事になったのかもしれないし、誰かが悪意を持ってそれを行ったのかもしれない。
真実は歴史の闇の中にしか存在しなかった。
彼女は自分の胸にもう、敬愛する亡き婚約者の贈り物が輝いていない事に、目を伏せる。
もっとほかの飾りをつければよかった、と思ってしまってももう遅いのだ。
そして女王きっと、彼女があの素晴らしい贈り物を胸に飾っていなくとも、生贄という選択肢を選んだだろう。
わたくしの大切な方からの贈り物は、どちらにしろ、姉上の手の中に入るものだった。
彼女はそう諦める以外に、選択肢はなかった。
がらがらと馬車の車輪が回っていく音がする。
道行く人々の噂話が聞こえて、それのどれもが、面倒くさそうな音に聞こえて……彼女は心の中の、微笑む婚約者を思い出し、涙をこらえた。
あの方は幸せになってくれ、と願ったのに、わたくしはもう、人生が残されていない。あの方は早々とやってくるわたくしを、どう思うでしょうか。
彼女はそんな思いを胸に抱きながらも、決して涙は浮かべまいと、歯を食いしばるように、猿轡を噛みしめた。

「今度の生贄は、女王様の妹君だろ、どの妹君だ? 女王様には母親の違う妹君や弟君が数人いたと思ったが」

「前の王様の、お気に入りの公式愛人の娘だよ。前の王様は女性の好みがいまいちだったから、あんまり美人とは言えない妹君だって話だ」

「お気に入りの公式愛人、トゥエロ伯爵夫人の娘か」

「トゥエロ伯爵家も災難だったよな、火災で当主夫妻はなくなって、哀れんだ前の王様がその娘を引き取ったんだろ」

そうだよな、と誰かが同意した。

「トゥエロ伯爵も、夫人を前の王様が愛人にしたいから、結婚させたんだろ、だから白い結婚だったって話だ」

「誰だって、最初から王様のものだってわかっている女性に、手を出したいわけないしな」

二人は白い結婚だった、だから自分は王女として認識されたのだ、と彼女はわかっていた。
両親の記憶はあまりないのだが、薄らぼんやりと、覚えているものとして、両親が二人で小さく女性趣味なテーブルに向いあい、楽し気に団らんしていたと言う物がある。
白い結婚でも、お互いを敬愛する気持ちはあったに違いなかった。
それでも、燃え盛る炎には勝てず、二人はひどい火傷で死んでしまったと、彼女は聞いていた。


馬車は着々と宮殿のある街から遠ざかっていき、河川をさかのぼるように進み、四日ほどかけて、見るからに不吉な空気を漂わせる、森まで到着した。
森の木々は病んだ姿をさらし、葉もあまり元気のよい姿ではない。
足元の草もやつれ果てたような様で、明らかにその森が、何かしらの負の要素を持っていると示していた。



ここが聖なる森。魔王の国との国境線であり、魔物の侵入を防ぐ清らかな力を持つ土地であった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

処理中です...