朽ちる聖森 婚約者を喪い、役立たずと森に追い出された王妹は、前魔王の世話をやく

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パルミラは簡単だ、遠い昔の女性の名前である。史実に残るほど有名な女性で、その女性のもっとも有名な事は、兄殺しといわれている。
当時男性の方が王位継承権が高かったというのに、数多いた同腹から異母兄弟からを殺しもしくは遠くに縁組させて、自分の地位を確立させた強い女性だ。
彼女が兄殺しをしたのも事実だといわれている。大体四百年以上昔の女性だが、彼女がいなければ国はもっと発達しなかっただろうとも、疫病に抗えなかっただろうとも言われている。
こうなってはなりません。あなたは妹君なのですから。
教師が再三繰り返した言葉だ。パルミラのような上のものを押しのける女性になってはなりません。
あなたは王女の妹なのですから。
そんな記憶が頭に蘇りそして、どうせ呼ばれる回数のなかった自分の名前よりも、ずっと聞かされていたその名前を、己の呼び名としたのだ。

「パルミラ。……聞いた事がある名前のような気がする」

「異国の怪我人の方にも、パルミラ女王の悪名は知れ渡っているのですね」

彼が口の中で名前を転がした後にそんな感想を言う物だから、彼女は異国にもかなり伝わったのだな、とだけ思った。
他の国の女王の名前は、自国の歴史よりも知られない事が多いのだから。
パルミラは有名な女王なのだろう。悪女でありながらも、名君だったのは間違いなかったのだから。

「パルミラ、パルミラ、パルミラ……赤々とした焼けそうな髪の毛に、毒々しいほどの銀の眼の、肌に藍色の入れ墨を入れた……」

だから。イオが彼女の特徴を、ゆっくりと話し出した事に、パルミラはひどく驚いたのだ。
パルミラ女王の肖像画の中に、入れ墨は描かれない。彼女の入れ墨は、兄殺しと深くかかわるものという説であり、彼女自身が嫌っていたからといわれているのだ。
そのため、自分の国でも、パルミラ女王が入れ墨を入れていたなどと知っている人間は少ない。
それを、イオが知っているのは、信じられない事だった。
彼は歴史学者の一人なのだろうか。
異国の、聖なる森を抜けた先の国の、歴史に詳しいお金持ちだというのだろうか。
色々な疑問がパルミラの中をめぐり、口から出る前に、イオがこちらを見た。

「……どうした、顔色が一層悪い。まだ寒いのか。毛皮を持ってきた方がいいのか。待っていろ、そんなに青白い顔の人間にこの城を延々と歩かせるのは気がひける。風邪なんぞをひかれたら厄介だ」

それだけを言ったイオが、一瞬顔に痛みの色を走らせて立ち上がり、どこかに歩いて行こうとする。
勇ましい装飾の藍色に染めた長靴を鳴り響かせて、どこかに行こうとする彼の右腕を、パルミラはとっさに掴んだ。
掴んだだけだ。女の筋力で一瞬握った、ただそれだけだというのに、彼は声にならない悲鳴のような息を吐きだし、深紅の目を見開き、次に歯を食いしばった。

「痛むのですか、傷は右の腕に?」

彼女はとっさにそんな事を言った。謝るよりも先に、傷の位置を聞いてしまったのは、自分に何かできるのではないかと思ってしまったためだ。
イオは彼女を見た後、大きく息を吐きだしてから答えた。

「パルミラに出来る事はない。……右の首筋から肩にかけて、酷く化膿させてしまってな。膿を出すにもうまくいかないものだ」

「お医者様は」

「医者に見せてどうにかなる程度の傷ならば、こんな場所に隠居しない」

イオはそう言って右の首筋のあたりに少し手を当てる。何かの力が働いたのだろう。瞬間、紫の混じる光が彼の手の中からこぼれて、消えた。

「今のは」

「痛みを麻痺させる術だ。子供でも使えるが、使える子供は才能があるといわれる術だな」

「痛みがなくても傷がなくなった事にはなりませんよ、傷は清潔に保たなければならないのです」

「……この傷は呪いだ。パルミラが言うのはもっともかもしれないが、役に立たない」

強く介入を許さない声に、パルミラは何も言えなかった。

「……言い過ぎた。少し待っていろ。お前を寝かせていた毛皮を持って来る」

彼はそう言ってから、彼女に次の言葉を言わせる事なく去って行った。

「……血が垂れている……傷が塞がっていらっしゃらない……?」

呆然と彼を見送りながら、パルミラは彼の進む場所に、点々と血が落ちている事実に気が付いた。

「怪我人なのにどうして一人で……」

色々な事が分からず、パルミラは座り込んでいる事しかできなかった。
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