朽ちる聖森 婚約者を喪い、役立たずと森に追い出された王妹は、前魔王の世話をやく

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「従兄上、お久しぶりでございます」

「数百年ぶりだな、イデオン」

城の屋上の東屋で、魔の力を宿す男が、そんなに懐かしくないだろうと言いたげに、従弟を見つめて答える。

「そうです、従兄上、数百年ぶりなのですよ! 従兄上が銀と鉄の矢を受けて、呪いの傷を負ってから!」

従弟が喜びに満ちた声で言うのを、従兄は呆れた顔で見ている。

「そんなに喜ぶ事でもないだろう。お前からしてみれば、死んだ方がいい先代の魔王である、と言えるはずだ、この俺は」

「いいえ、従兄上、私はあなたがこの城の封印を解き、こうして再び出会う事を待ち望んでいました! 大切な従兄上の身を案じる事の、何の問題がありましょうか」

「継承権の問題だ、そう言った物に釣られる馬鹿が多い事は、お前もよく知っているだろう」

「はい。存じてはおります」

従兄が呆れた顔のまま言うと、従弟はこの上なくうれしいと言いたげに答える。

「それにしても、意外と封印が解けるのは早かった、とおれは思っているのだが、お前はどう思う」

「数百年が短いなどとは思いません。ですが、従兄上の背中に刺さった矢は、我々にとって猛毒に等しい力を持つ、銀で出来ていたわけです。そして尚、質の悪い事に、我々を殺すための呪までかけられておりました。我々では、あの深々と刺さった矢を抜く事も、近付いて治療する事もかなわないほどの毒でありました」

「そうだな、そしておれは誰も殺さないために、こうして一人、人間の国との境界線にあった古城に身をひそめ、そして傷がこれ以上体の肉を腐らせる前に、己と城の時を止め、茨の結界で周囲を覆い、眠っていたわけだ」

「ほかに当時、まともな方法がなかった事が悔やまれます。当時魔の国にいた人間の医者に掛かろうにも、人間の医者は従兄上の魔力にあてられて近づけなかったのですから」

「そうだったな、銀と鉄の矢で魔のものは近付けず、人間はおれの魔力の強さから近づけず。打つ手はほとんどなかったのだったな」

イオが当時を思い出したのか、懐かし気に言う。過去の事だから、後悔もあるだろうが、そんな様子はかけらも見せなかった。

「しかし、時は満ちました。あなたの背中の矢は外れ、あなたはもっとも力を有していた頃と同じだけの力を、すでに持っている事でしょう」

「力を持っている事と、魔王として復活する事は、同じではないぞ」

「わかってはおります。しかし、私はあなたが統治していた頃の、楽しい毎日が忘れられない子供のような部分を持っております」

「お前は今に至るまで、国を滅ぼさず導いてきた、立派な王である、それを誇らずに何を誇る?」

「従兄上! すみません、感動のあまり涙が」

イオの従弟はそう言って、涙をぬぐった。真剣に感動してしまったらしい。

「幼き頃、執務に忙しいあなたにじゃれつき、仕事を邪魔して、鏡のような湖に、遊びに連れて行ってもらった当時を、忘れられるわけもありません、その頃からずっと、あなたは私にとってあこがれの魔王様でありました」

「だが今のおれは、魔王を退いたただの魔の者だ」

イオが穏やかな声で言う。

「おれが魔王に戻るのではないかという心配ならば、しなくて結構。ここでのんびりと、余生を楽しみ、時に旅に出る、そんな楽しみをしてみようと思っているからな」

「確かに従兄上は、私と違い、人間の中に紛れ込むのもお上手ですが……いくつか気がかりな事があります」

「なんだ? お前の視点からの気がかりが知りたいぞ」

イオが促すと、イデオンは口を開く。

「まず初めに、この古城は当時、魔の国と女王の国の境界線にひっそりと建つ、魔王の別荘だったはずです。しかしこの数百年の間に、森は女王の国を深く浸食しました。女王の国は、この森に侵されたくないがために、生贄を森に捧げていたそうです」

「最初から何が言いたいのかわからないぞ、イデオン」

「この病んだ聖なる森は、あなたの力ではないのですか」

「時を止めていたおれが、なんでそんな面倒な事をしなければならない」

「では、従兄上が積極的に関わっている事ではないのですね」

「そんな事をしているくらいだったら、意地でもこの傷の化膿を悪化させないようにするだろう」

「そうですね。という事は、この森は……従兄上が放出する魔力を少しずつ吸い取り、こうして範囲を広げているという事ですか……」

「おい、どういう解釈の結果だ」

「私はご存知の通り、今の魔王です。魔王になって継承した力の一つとして、その土地を支配する魔力が誰のものなのかわかる、という物があります」

「それは継承式をおこない引き継ぐものだな、おれも持っていた記憶がある」

「でしょう? その力が言うのですよ、この病んだ森は、従兄上の力を吸い込んで、病んだままでありながら、ここまで広がったと」

「ならば、おれが回復しつつある今、森は範囲を縮めるだろう」

「病んだ力を吸い込み、拡大していたなら、そうでしょうね」

イオは何が言いたいのだ、と視線だけで従弟に告げる。
魔王である従弟はこう言った。

「森があなたの力を失い退いて行った後、誰が残された土地を治めるかという問題です」

「それは女王の国だろう。もともと女王の国のものだったのだから」

イオの言葉に、イデオンが苦い顔をする。

「女王の国が、退いた分だけで足りると思う、従兄上は穏便派ですね」

「女王の国のものだったものを、女王の国に返すだけでは済まない、というのがお前の見立てか」

「はい、女王の国は、今、とても強欲で我儘な女王が、治めていると聞きますから。実際にあちらの宮廷にもぐりこませた者たちからの報告によると、実の妹から、婚約者の形見の品を奪い取り、得意げに身に着けている、性格の悪い女性だとも聞いております。そんな相手が、単純に奪われた者だけを取り戻し、満足するとはとても」

「……では、病んだ森が退いた後、女王の国に使者を送り、事の次第を説明し、平和的に物事を進めればいいだろう」

「使者を?」

「聞けばあの国は、燐寸も作れないほど、文化が後退したらしい。魔の国の有益な技術を聞けば、少しは軟化するだろう」

「……それは考えても折りませんでした」

イデオンが恥ずかしげに言う。
その顔はまだ、憂いを帯びていた。

「なるほど。他にも気がかりがあるのだろう。おれでいいなら話せ」

「あなたの城にいる、あの女性の事です」

「ああ、パルミラがどうした。礼儀正しく、穏やかな女性だが」

「解せないのです。ただの娘がどうして、茨の結界をはり、時を止めていたはずのこの城に入ってこられたのか。まさか従兄上が自ら、結界をほどき、中に招き入れたのではないでしょう」

「彼女は自害用の短剣で、茨を切り開き、この城の入り口まで、逃げてきたのだ。獣に追われていたらしいな。最初に会った時は、身なりもひどい物で、素足で、手はかぎ裂きだらけで、それは痛々しい状態だった」

「ただの女性に、そんな真似ができますか? ここに先代の魔王がいると誰かから聞き、あなたの命を狙っているのでは」

「パルミラはそんな事はしないだろう。彼女が、おれの背中の銀の矢を溶かしてくれたのだからな」

「魔にとって猛毒である銀を溶かした? そんな真似ができるのは、女王の国の王族の中でも、とくに力の強い女性だけのはず、そんな女性が、獣に追われて逃げるわけが」

「パルミラは隠していたいようだが、何かと姉に苦しめられて来ていたようだ。自分の力がとてつもなく特殊だとは思っていないだろう」

イオはそう言い、翼を広げた。

「魔王イデオン、前魔王は、お前が平和に民を導く事を願っている。それと同時に、ただの少女であるパルミラという、命の恩人を、幸せにしたいとも思っている。だから頼みたいのだがもしもの時は、魔の国に彼女を迎え入れてやってくれ」

「従兄上の命の恩人であるなら、もろ手を挙げて招きましょう」

イデオンが断言すると、イオは嬉しそうに笑った。
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