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休日、しかし依里は早めに起きる必要があった。何しろ明日が引っ越し当日であり、今日冷蔵庫を空っぽにして、電源を落とさなければならないのだ。
冷蔵庫内の在庫を一掃しなければ、と使命感に駆られていた依里が、目覚ましのかからない早い時間に起きると、台所で鼻歌を歌う、実に気楽そうな幼馴染を発見した。
「何してんの」
この寒いのにTシャツ一枚の上半身、下半身はだるだるのスウェット。
明らかに季節感を無視した格好だ。
寒いと言っていた昨日のお前はどうしたんだ、と聞きたくなる見た目である。
それにエプロンをつけた幼馴染は、にこやかに笑った。
たっぷり睡眠時間がとれているんじゃないか、と勘違いしそうな笑顔だが、そんなわけないだろう。
だが明るさ満点の声で、幼馴染はこう言った。
「おはよう、ヨリちゃん。隣人は明け方の三時くらいまで騒いでたね! 前に遊びに行った、アメリカの友達の家の、隣人と同じくらい無法地帯だったよ!」
お前アメリカにも行った事あるのかよ。世界一周する予定かよ。そんな突っ込みが頭をよぎったものの、それを口に出さなかった。
依里はそれ以上に聞きたい事があったため、再度問いかけた。
「何してんのって聞いたんだけど」
幼馴染は段ボールに入れられていなかった小鍋をかき回している。
そこからはふわふわと、暖かかな湯気が立ち上り、なんとなく食欲を誘う匂いが、鼻をくすぐった。
彼女の視線が鍋にあると気付いた幼馴染が、華やかな顔立ちを明るくさせて胸を張った。
「朝ごはんを作ってるんだよ、ヨリちゃん食べる? もうちょっとでいい具合に煮えるんだ。それにしても冷蔵庫の中身何にもないね! 引っ越しは明日かな?」
ちなみにこの男にはまだ、いつ引っ越すか伝えていない。それなのに察したこの男は何者なのだ? 察する能力有り余ってんじゃねえの、と依里は思って口に出した。
「その察する能力をどうして、人間関係に向けないんだか」
「そうかな? 察しが悪いってよく言われるんだけどなー」
鼻歌を歌いながら、幼馴染は小鍋をかき混ぜている。
「何作ったの。あのすっからかんな冷蔵庫の中身から」
「冷凍ご飯があったから、それで雑炊。卵も一個だけだったから、奮発して入れちゃった! 乾物も、口が開いてたものしか使ってないから安心して」
確かに鍋の中では、ふわふわと出汁の香りの豊かな、ぐうっとお腹の音が鳴りそうな雑炊が煮られている。
「生姜も冷凍庫に放置されてたから、擦って入れちゃった。これで寒くても体があったまっていいね!」
「確かに、寒いし」
あとどれくらいで出来上がるのだろう。現金な事だが依里が少しだけ機嫌をよくして、昨日も使用された二つの、大きさが少し違うどんぶりを出すと、柔らかな笑顔で幼馴染が、それに雑炊をよそい、上から納豆の薬味、という瓶を傾けた。海苔と鰹節と胡麻に乾燥葱まで入ったお手軽な薬味も、この男は冷蔵庫の中から見つけ出したらしい。
「あったかいうちに食べよう、依里ちゃん」
「……ありがとう、晴美」
彼女が幼馴染の名前を呼ぶと、彼、晴美が笑顔になってうなずいた。
冷蔵庫内の在庫を一掃しなければ、と使命感に駆られていた依里が、目覚ましのかからない早い時間に起きると、台所で鼻歌を歌う、実に気楽そうな幼馴染を発見した。
「何してんの」
この寒いのにTシャツ一枚の上半身、下半身はだるだるのスウェット。
明らかに季節感を無視した格好だ。
寒いと言っていた昨日のお前はどうしたんだ、と聞きたくなる見た目である。
それにエプロンをつけた幼馴染は、にこやかに笑った。
たっぷり睡眠時間がとれているんじゃないか、と勘違いしそうな笑顔だが、そんなわけないだろう。
だが明るさ満点の声で、幼馴染はこう言った。
「おはよう、ヨリちゃん。隣人は明け方の三時くらいまで騒いでたね! 前に遊びに行った、アメリカの友達の家の、隣人と同じくらい無法地帯だったよ!」
お前アメリカにも行った事あるのかよ。世界一周する予定かよ。そんな突っ込みが頭をよぎったものの、それを口に出さなかった。
依里はそれ以上に聞きたい事があったため、再度問いかけた。
「何してんのって聞いたんだけど」
幼馴染は段ボールに入れられていなかった小鍋をかき回している。
そこからはふわふわと、暖かかな湯気が立ち上り、なんとなく食欲を誘う匂いが、鼻をくすぐった。
彼女の視線が鍋にあると気付いた幼馴染が、華やかな顔立ちを明るくさせて胸を張った。
「朝ごはんを作ってるんだよ、ヨリちゃん食べる? もうちょっとでいい具合に煮えるんだ。それにしても冷蔵庫の中身何にもないね! 引っ越しは明日かな?」
ちなみにこの男にはまだ、いつ引っ越すか伝えていない。それなのに察したこの男は何者なのだ? 察する能力有り余ってんじゃねえの、と依里は思って口に出した。
「その察する能力をどうして、人間関係に向けないんだか」
「そうかな? 察しが悪いってよく言われるんだけどなー」
鼻歌を歌いながら、幼馴染は小鍋をかき混ぜている。
「何作ったの。あのすっからかんな冷蔵庫の中身から」
「冷凍ご飯があったから、それで雑炊。卵も一個だけだったから、奮発して入れちゃった! 乾物も、口が開いてたものしか使ってないから安心して」
確かに鍋の中では、ふわふわと出汁の香りの豊かな、ぐうっとお腹の音が鳴りそうな雑炊が煮られている。
「生姜も冷凍庫に放置されてたから、擦って入れちゃった。これで寒くても体があったまっていいね!」
「確かに、寒いし」
あとどれくらいで出来上がるのだろう。現金な事だが依里が少しだけ機嫌をよくして、昨日も使用された二つの、大きさが少し違うどんぶりを出すと、柔らかな笑顔で幼馴染が、それに雑炊をよそい、上から納豆の薬味、という瓶を傾けた。海苔と鰹節と胡麻に乾燥葱まで入ったお手軽な薬味も、この男は冷蔵庫の中から見つけ出したらしい。
「あったかいうちに食べよう、依里ちゃん」
「……ありがとう、晴美」
彼女が幼馴染の名前を呼ぶと、彼、晴美が笑顔になってうなずいた。
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