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スナゴと前夜
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トリトンの言いたい事をまとめて、そしてあくる日、アシュレイの大事なお婆さんであるリージアは、王への伝言をしっかりと携えて都に帰って行った。
「それでよかったの」
「これから飛び切り忙しくなるんだ、リージアのお婆さんには、この村の大急ぎの引っ越しのやり方は目が回るだろうしな」
言いながら、トリトンはいつも通りの子供の背丈で、村の家の解体を手伝っている。
スナゴは解体している大人たちの手伝いをしながら、子供たちの面倒を見ていた。
村の家の解体は比較的簡単であるため、こんなにも段取りよく進むのだが……
「まさか、家の材料も持って行っての引っ越しになるなんて」
「スナゴが知っている引っ越しってのは、どんななんだい」
「家から家に移り住む形かな」
スナゴの言葉に、トリトンの母が笑う。
「都の引っ越しとよく似た引っ越しの仕方なんだねえ」
「私の暮らしていたところで、家の材料まで持っていく引っ越しなんて、普通あり得ない事だったんだよ」
「土地が狭いのか、それとも次に新しく誰かが暮らすって分かっていたからなのか。そこの所はよくわからないけれどね、あんたが村の引っ越しの仕方を見て、目玉が飛び出そうなくらいびっくりしているのは、伝わって来るよ」
それにね、と山の主が言う。
「これもそれも、私たちが大きな姿に着替えられるから、出来る事なんだよ」
特にうちの長男坊は特別だ、と山の主が言う。
「あの子の大きさは、ここら辺の森狼族の中でも群を抜いて大きい」
「それはお父さんの血筋の方なのかな」
「私はあの男の、綺麗な翠の眼が好きだったからね、着替えた時の大きさなんてどうだってよかったから、何とも思い出せないね」
「トリトン先輩はそうしたら、同じような翠の瞳だったりするの」
「そっくりさ。顔立ちは完全にうちの家系だね、うちの家系の血は結構強いんだ」
トリトンを女性的にして、さらに美人にしたらこうなるだろう。トリトンの母はそんな顔をしていた。
体つきも肉感的であり、ぎゅっと抱きしめてもらうと温かくて柔らかくて安心する。
この世界に来たばかり頃、元の世界が恋しかったスナゴは、よく泣いていて、トリトンの母にお世話になったのだ。
そしてちびちゃん達にも、お世話になっていた。ちびちゃん達は、皆揃って、スナゴの方つお伽ばなしが好きで、話している間は気がまぎれたのだから。
スナゴは子供たちの面倒を見ているが、トリトンの母は家を解体して、柱を荷車に乗せている。
他の雌たちは、食料など細かい物を、荷車に分けて入れていた。
「腐るものはやっぱりさっさと食べちまうに限るね」
「干し肉とかは最後までとっておこうね」
「スナゴが子供たちを見ていてくれるから、安心してこういった作業が出来ていいわ」
などと話している。
彼女たちも手際が良く、アシュレイが、あちこちで雑事を頼まれて走り回っている。
村は今までになく、にぎやかになっていた。
そしてその夜、とうとう、引っ越すための家の解体や、食料の荷造りが終わった。
ここの土地に寝るのも今日が最後、という事から、今日は大きなかがり火を焚く事になっていた。
大きく燃え上がる炎に照らされた、色々な見慣れないものたち。
スナゴは興奮してなかなか寝付けない子供たちを寝かせるために、一緒に莚に横たわって、星にまつわるお伽話を聞かせていた。
「こうして、織姫と彦星は、年に一回だけ、お互いに会う事を楽しみに生きていくのでした……それから私のいた世界にある、あの空のたくさんの細かい星たちが散っている所が、天の川と呼ばれるのでした……」
だんだんスナゴも眠くなってきているものの、根性で最後まで語っていると、子供たちは体を寄せ合って、くうくうと眠っていた。
今日ばかりは大人たちは酒を飲み祝い事だと騒いでいたのだが、スナゴの近くは子供たちがいるから、比較的静かだ。
そんな場所に、一人、アシュレイがやってきた。
「まだ眠っていないのか」
「私は子供たちを寝かす係だからね」
「そうか……」
「何か言いたい事がありそうな顔だけれど、どうかしたの?」
「……トリトン先輩の計画が成功したら、俺は生の巫子長になるだろう」
「うん」
「そうすると、たくさんの雌たちが、我先に、俺の花嫁になろうと寄って来るだろう。……前もそうだったんだから」
「それがうっとうしいの?」
「うっとうしいし、状況が変わっても慕ってくれる相手なんてほとんどいないから、嫌になってしまう物がある」
「ふうん……」
「トリトン先輩もそうなるだろう」
「ならないだろうね」
スナゴはそこだけは確信を持って言えた。トリトン先輩は、群がってきた雌たちを吹っ飛ばして、いらないと大声で言い出しそうな狗族なのだ。
あまりにも好き嫌いがはっきりしているから、トリトンはとてもさっぱりした性格である。
「先輩は、嫌だったら最初からいやだって言って、遠ざけるよ」
「そうか……」
アシュレイは何か言いたげに口を開いた後、意を決した顔でこう言った。
「スナゴ、都の近くに村移りして、そうしてごたごたが収まったら……一緒になってくれないか」
アシュレイの顔は大真面目なもので、スナゴはどうしてかわからないのに、頭の中にトリトンがよぎり、直ぐに頷けなかった。
それを見て、アシュレイが言う。
「即断できないのは知っている。というかわかってしまっている。……スナゴにとってトリトン先輩は、特別中の特別だからな」
「……アシュレイ、それは」
「答えを急かしたりはしないから、ちゃんと、心に聞いて、答えてほしいんだ。皆幸せになりたいから」
それ以上アシュレイは何も言わず、子供たちを守るような位置に寝転がり、眠ってしまった。
「それでよかったの」
「これから飛び切り忙しくなるんだ、リージアのお婆さんには、この村の大急ぎの引っ越しのやり方は目が回るだろうしな」
言いながら、トリトンはいつも通りの子供の背丈で、村の家の解体を手伝っている。
スナゴは解体している大人たちの手伝いをしながら、子供たちの面倒を見ていた。
村の家の解体は比較的簡単であるため、こんなにも段取りよく進むのだが……
「まさか、家の材料も持って行っての引っ越しになるなんて」
「スナゴが知っている引っ越しってのは、どんななんだい」
「家から家に移り住む形かな」
スナゴの言葉に、トリトンの母が笑う。
「都の引っ越しとよく似た引っ越しの仕方なんだねえ」
「私の暮らしていたところで、家の材料まで持っていく引っ越しなんて、普通あり得ない事だったんだよ」
「土地が狭いのか、それとも次に新しく誰かが暮らすって分かっていたからなのか。そこの所はよくわからないけれどね、あんたが村の引っ越しの仕方を見て、目玉が飛び出そうなくらいびっくりしているのは、伝わって来るよ」
それにね、と山の主が言う。
「これもそれも、私たちが大きな姿に着替えられるから、出来る事なんだよ」
特にうちの長男坊は特別だ、と山の主が言う。
「あの子の大きさは、ここら辺の森狼族の中でも群を抜いて大きい」
「それはお父さんの血筋の方なのかな」
「私はあの男の、綺麗な翠の眼が好きだったからね、着替えた時の大きさなんてどうだってよかったから、何とも思い出せないね」
「トリトン先輩はそうしたら、同じような翠の瞳だったりするの」
「そっくりさ。顔立ちは完全にうちの家系だね、うちの家系の血は結構強いんだ」
トリトンを女性的にして、さらに美人にしたらこうなるだろう。トリトンの母はそんな顔をしていた。
体つきも肉感的であり、ぎゅっと抱きしめてもらうと温かくて柔らかくて安心する。
この世界に来たばかり頃、元の世界が恋しかったスナゴは、よく泣いていて、トリトンの母にお世話になったのだ。
そしてちびちゃん達にも、お世話になっていた。ちびちゃん達は、皆揃って、スナゴの方つお伽ばなしが好きで、話している間は気がまぎれたのだから。
スナゴは子供たちの面倒を見ているが、トリトンの母は家を解体して、柱を荷車に乗せている。
他の雌たちは、食料など細かい物を、荷車に分けて入れていた。
「腐るものはやっぱりさっさと食べちまうに限るね」
「干し肉とかは最後までとっておこうね」
「スナゴが子供たちを見ていてくれるから、安心してこういった作業が出来ていいわ」
などと話している。
彼女たちも手際が良く、アシュレイが、あちこちで雑事を頼まれて走り回っている。
村は今までになく、にぎやかになっていた。
そしてその夜、とうとう、引っ越すための家の解体や、食料の荷造りが終わった。
ここの土地に寝るのも今日が最後、という事から、今日は大きなかがり火を焚く事になっていた。
大きく燃え上がる炎に照らされた、色々な見慣れないものたち。
スナゴは興奮してなかなか寝付けない子供たちを寝かせるために、一緒に莚に横たわって、星にまつわるお伽話を聞かせていた。
「こうして、織姫と彦星は、年に一回だけ、お互いに会う事を楽しみに生きていくのでした……それから私のいた世界にある、あの空のたくさんの細かい星たちが散っている所が、天の川と呼ばれるのでした……」
だんだんスナゴも眠くなってきているものの、根性で最後まで語っていると、子供たちは体を寄せ合って、くうくうと眠っていた。
今日ばかりは大人たちは酒を飲み祝い事だと騒いでいたのだが、スナゴの近くは子供たちがいるから、比較的静かだ。
そんな場所に、一人、アシュレイがやってきた。
「まだ眠っていないのか」
「私は子供たちを寝かす係だからね」
「そうか……」
「何か言いたい事がありそうな顔だけれど、どうかしたの?」
「……トリトン先輩の計画が成功したら、俺は生の巫子長になるだろう」
「うん」
「そうすると、たくさんの雌たちが、我先に、俺の花嫁になろうと寄って来るだろう。……前もそうだったんだから」
「それがうっとうしいの?」
「うっとうしいし、状況が変わっても慕ってくれる相手なんてほとんどいないから、嫌になってしまう物がある」
「ふうん……」
「トリトン先輩もそうなるだろう」
「ならないだろうね」
スナゴはそこだけは確信を持って言えた。トリトン先輩は、群がってきた雌たちを吹っ飛ばして、いらないと大声で言い出しそうな狗族なのだ。
あまりにも好き嫌いがはっきりしているから、トリトンはとてもさっぱりした性格である。
「先輩は、嫌だったら最初からいやだって言って、遠ざけるよ」
「そうか……」
アシュレイは何か言いたげに口を開いた後、意を決した顔でこう言った。
「スナゴ、都の近くに村移りして、そうしてごたごたが収まったら……一緒になってくれないか」
アシュレイの顔は大真面目なもので、スナゴはどうしてかわからないのに、頭の中にトリトンがよぎり、直ぐに頷けなかった。
それを見て、アシュレイが言う。
「即断できないのは知っている。というかわかってしまっている。……スナゴにとってトリトン先輩は、特別中の特別だからな」
「……アシュレイ、それは」
「答えを急かしたりはしないから、ちゃんと、心に聞いて、答えてほしいんだ。皆幸せになりたいから」
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