異世界で婚活したら、とんでもないのが釣れちゃった?!

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スナゴと嘆願

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全てはナリエ様が生の巫子長を無責任に投げ出したのが始まりです。
リージアという老婆は、アシュレイに向ってそう告げた。

「ナリエ様が、自分が一番でいないのがお嫌だとのことで、生の巫子長という大切な役割を、投げ出して、この国境付近まで来てしまったのが、全ての問題の始まりなのです」

リージアはよどみなく語る。

「生の巫子長のお仕事を、ナリエめはぞんざいに扱い、そんな仕事などなくてもかまわないと言い出し、ついには仕事が面白くない、期待外れだとまで言って、こちらの地方まで来てしまったのです。困ったのは都の巫子たちです。生の巫子長にしか扱ってはならぬといわれているものも、大変に多いというのに、ナリエめはそれを全部投げ捨てたのです。仕事は積み上がり、新たなる巫子長は決まらない。それが本当は……当たり前なのです」

ナリエに対しての礼説が抜け出している。よほど腹に据えかねているらしい。

「何で決まらないのが当たり前なんだ?」

トリトンが解せぬ、といった声で言う。

「そりゃあ、死の巫子長がいないからですよ。生の巫子長は死の巫子長に、死の巫子長は生の巫子長に、前の巫子長から預かった旗を返すのがしきたりなのですから。そしてこのしきたりは、ただの行事ではありませぬ。文字通り、旗に宿る力を、新たなる巫子長に譲渡する役割を持っているのであります」

不意にトリトンが指を折って数えだす。何を数えだしたのか。

「でもナリエは新しい巫子長になったんだろう。その時死の巫子長はいなかったはずだぜ。おれはその亡霊とやらに出会っているんだからな。計算が合わねえ」

ほれ、とトリトンが指を追って数え、アシュレイも目を丸くした。

「たしかに。トリトン先輩が出会ったという幽霊が、死の巫子長だったなら、ナリエもおれも、生の巫子長になれるわけがない」

「本当はそうだったんですがね」

リージアは重たい溜息を吐いた。本当に困ったと言いたげな声だった。

「アシュレイ坊ちゃまは、本当に幼く稚い頃に、死の巫子長に、旗を渡されていたのですよ」

「えっ」

「え?」

「えええ……」

聞いている誰もが呆気にとられた声をあげる。トリトンが出会ったのは死の巫子長であるはずで、その死の巫子長は間違いなく、大口真神族の血筋のはずなのだ。
そして死んだトリトンの父親のはずなのだ。山崩れによって、トリトンが生まれ落ちる前に死んだという雄の狗族。
だというのに出会っていたとは、そして旗を渡していたとは、一体どういう事なのだ。

「リージアもその場にいましたので、耄碌してこんな事を言っているわけではありませぬ。……そこは、死者と生者が語り合う事も可能な、死の巫子長の領域、死の宮だったのですから。そこでアシュレイ坊ちゃまは、大変な異例となりましたが、亡霊となっていた死の巫子長から、旗と、代々生の巫子長に伝わる癒しの力を、受け取ったのです」

「……アシュレイ身に覚えはあるのか」

「小さい頃に、とても静かで誰もいないぼろぼろの宮にもぐりこんで、リージアに迎えに来てもらった事は……ある。そこで笛を吹き鳴らす、体が後ろに少し透けている狗族に会った事も覚えている。確かに、彼は閃く旗をくれたが……それが? そうだったのか? しかし俺には、誰もそのことを教えてくれなかったぞ」

「その当時、死の巫子長に関する話題は、禁忌に等しかったのです。ちょうど、前の御后様が死の巫子長に殺されたくらいから一年、といった頃でしたから。死の巫子長に関する話題は、どんなものでもはばかられていたのです。そして……アシュレイ坊ちゃまは、渡された旗の意味を知る前に、生の巫子長として間違いようのない癒しの力を、病に倒れたこの婆様に発揮したのです」

「それは覚えている」

アシュレイが額に指をあてて言う。

「リージアが止まらない咳の伴う肺の病を患っていたんだ。苦しそうで、痛そうで、早く治ってほしいと思って、俺は都の山に映えていた咳止めの花粉を持った花を摘んで、リージアの寝ている部屋に入ったんだ」

「ええそうですとも」

「それでお前どうしたんだよ」

アシュレイの言葉の続きを聞きたがるトリトン。スナゴも言葉を待っていて、彼は一生懸命に思い出して喋っている。

「そうしたら、自分の体が光り輝いて、それから、花粉もきらきらした光を放って……リージアがそれを吸い込んだら、黒い曲々しい、ねっとりした変な物が浮き上がってきたから、それを引きはがしたんだ」

「そのねっとりしたものは何だったんだ?」

「病の大本だと聞いている。……そうだ、それから俺は、生の巫子長としての振る舞いなどを、知らない大人から叩き込まれるようになったんだ」

「都の王族たちは震撼しましたとも。継承なく、生の巫子長に足る力を持つようになった、虐げられた妾の子供。……そして悪い前例を作ってしまったのです。それが、継承の儀式なくとも、生の巫子長を交代できる、という前例を。ナリエめは生の巫子長が、きらきらした儀式用の衣装を着られるから、そして自分の方が由緒正しい血筋を持っているから、よりふさわしいのだと、情報操作をして、アシュレイ坊ちゃまを追い出したのです」

リージアは唇をかみしめて悔しそうだった。

「お婆さんは、アシュレイを助けなかったの?」

「スナゴ、そういう風に言わないでくれ。宮殿でナリエからおれを庇ったリージアは耄碌婆さんと呼ばれて、都のはずれまで追い出されたんだ。おれはその後すぐに、都から石を投げられて、追放されたんだ」

「都の狗族どもは、この婆さんの主張の方が正しかったと、いまさら手のひらを返し、アシュレイ坊ちゃまを連れ戻すように命じました。ですが、迎えに来たなどと言いますが、坊ちゃまがお嫌だというのは明白。それゆえ……」

リージアが覚悟の決まった笑顔で言う。

「この婆さんは、ナリエめを連れて戻ります。真の生の巫子長を連れて戻れ、というのが正式な命令です。アシュレイ坊ちゃまを連れて戻れ、ではありません。そしてナリエは、まだきちんと生の巫子長の椅子を降りておりませぬ。故にまだあの無責任娘は生の巫子長。ナリエを引きずって戻って行っても、おかしな事ではありませぬ」

「だがリージアが痛い目にあうだろう」

「坊ちゃまが不便な思いをしているなら、坊ちゃまを連れて戻ろうと心に決めておりました。ですが坊ちゃまは幸せそうです。リージアは毛の一本ほども、坊ちゃまの幸せを奪うつもりはありませぬ。皆さま、大変な迷惑をおかけしました。明日山を下り、ナリエを縄で縛ってでも連れて都に戻ります」

「リージア」

小さい頃から大事にしてくれた老婆が、罰を受ける事を知りながら、アシュレイを守ろうとしている。それがアシュレイには堪えるものだった。
そのため、スナゴの眼から見ても、彼は焦っていた。

「こんな大きくなったのに、リージアに甘えるわけにはいかない」

「そんなに大きくなっていても、アシュレイ坊ちゃまは、小さなかわいいリージアの坊ちゃまですよ」

「ああ、めんどうくせえな! 村長、聞いててまどろっこしくってしょうがねえ!!」

トリトンがじれったそうに怒鳴る。何を言いだすのかと思えば、驚く事を彼は言い出した。

「うちのかーちゃんが領域にしてるところで、一番都に近いのはどこだ?」

「こっちの西の方だね。子供の足で半日ってくらいだ」

「そこで何年前まで村を構えてた?」

「ざっと数十年は昔だね。……なあるほど」

トリトンの母が肝っ玉母さんらしく笑った。

「村長、トリトンは西の方に引っ越さないかと提案しているよ」

「西に」

「全部貰っちまおうぜ、村長。生の巫子長も死の巫子長も、自由に駆け回れる険しい山も、豊かな水も!」

何を言いたいのか、スナゴにはさっぱりわからなかった。
だがトリトンは不敵に笑い、村の大人たちもにやりと笑っていた。

「そんなに死の巫子長も生の巫子長も欲しいんだったら、考えがある」
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