死にかけて全部思い出しました!!

家具付

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1巻

1-2

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 処分の仕方はいろいろあったけど、一番ましだったのは、とんでもない僻地へきちにある離宮に幽閉されるというものだった。
 他はもっとひどい。問答無用で処刑されるとか、重罪人用の牢獄で一生を過ごすとかいうのもあった。最下層の地下牢には灯りなんてほとんどなかったし、ろくな食べ物ももらえないし。衛生状態も最悪で、すぐに感染病にかかって三日で死んだわ。
 修道院に入れられるっていうのもあったっけ。これもましだと思うかもしれないけれど、この修道院がとんでもないところで、バーティミウスを生贄いけにえとして神に捧げるのだ。
 確か恨みがたまった女官たちの手で奴隷として売り飛ばされて、男たちのなぐさみ者になるというパターンもあった気がするわ。
 思い出せるのはこれくらいだけど、どれもひどいのは間違いない。
 プレイヤーもドン引きな罰を受けるのが、出来損ないで嫉妬深い妹姫……バーティミウスの最期。だからゲームの序盤で死ぬっていうルートは、ある意味バーティミウスの救済ルートでもある。
 だって悪い事をする前に死ねるから。ヒロインの邪魔などしない可哀想な被害者で終われるからだ。
 ここまで思い出したところで、あたしは今後の方向性を決める。
 よし、クリスティアーナ姫への嫌がらせはやめよう。そういうの嫌いだし。
 嫌がらせをしなければ……バッドエンドは回避できるわよね。
 別に悪役がいなくたって、クリスティアーナ姫は勝手にイケメンたちと恋愛するでしょう。
 ここがゲームの世界なら、物事をゲーム通りに進めようとする強制力が働いてもおかしくない。でも、死ぬはずだったあたしが生きているという事は、その強制力も大したものじゃないんだろう。
 うん、いけそうな気がしてきた。


 馬でゆっくり帰ったあたしは、改めて見たお城の大きさに衝撃を受けた。前世の世界にあった夢の国のお城なんかとは比べものにならない。
 巨大な壁に囲まれた白亜のお城は真珠城しんじゅじょうと呼ばれている。その名前がぴったりな姿だ。
 城壁の中には建物がいくつも立っていた。特に目立つのは見るからに新しそうな白い建物。あれ何だったかしら。
 お城の門をくぐる時、兵士の人たちがイリアスさんを見て怪訝けげんそうな顔をしていた。
 連れてきた本人が言うのも変だけど、場違いだものね。
 そんな兵士たちの視線をイリアスさんは気にしていない。だからあたしも気にしない事にして、背筋を伸ばして周りを観察する。
 よく見たら建物同士は渡り廊下や石畳の通路で繋がっていた。石畳の通路はそれなりに広くて、その周りの芝生もきれいに整っている。
 南の方には大きな庭園があったはずだ。かすかに花の香りがする。
 今あたしたちが通っているのは、城の表側だ。少し進むと厩舎きゅうしゃが見えて、馬のいななきが聞こえてくる。

「厩舎は全部でいくつあるのかしら?」
「二十ほどです」

 あたしの疑問に、近衛兵このえへいが答えてくれた。厩舎が二十もあるなんてさすがはお城ね。

「へえ、多いのね」
「騎士や兵士の乗る馬は隊ごとに分かれていますから。ちなみにここは王族専用の厩舎となっています」

 詳しい説明をありがとう、と心の中で感謝しておく。
 ここの厩舎に、あたしやクリスティアーナ姫が乗っている馬を戻すという。あたしはイリアスさんに抱えてもらって馬から降りた。
 馬は早くもイリアスさんになついたらしく、鼻をこすりつけて甘えている。
 彼も悪い気はしないようで、目を細めて撫でていた。

「イリアス。そうやっていつまでも馬を撫でていては、あなたをお父様に紹介できないわ」
「ああ、すいませんね」

 そう言いつつ、イリアスさんは馬を撫で続けている。

「腕を貸してちょうだい。私は人につかまらなくては歩けないの」

 もう一度声をかけると、イリアスさんがやっと馬から手を放した。

「どうぞ、お姫様」

 あたしに腕を貸す彼に、周りは微妙な眼差しを向けている。第二王女が連れてきたのは一体何者なのか。そう言いたげな眼差しだ。
 でもそれを気にしていたら歩けない。
 神経が太くてよかったわ。
 イリアスさんを杖代わりにして、正面の扉から城の中に入る。中は割と明るくて、壁には外側と同じような白い石が使われていた。生まれてからずっとここで暮らしてきたはずなのに、やけにきれいで立派に見える。
 隣ではイリアスさんがぽかんと口を開けて、あちこち見回していた。
 王女たちが帰ってきたという知らせを受けたのか、一人の女官が駆け寄ってくる。

「二の姫様、なんというお姿なのでしょう」

 彼女は眉をひそめてそう言った。
 まあ、今のあたしって草まみれだし土まみれだし、結構すごい姿だものね。

「ああ、ちょっと豚の化け物……いえ、多分オークに襲われたの」
「オーク!?」

 女官は卒倒しそうなほど青ざめていた。

「王家の森にそんな怪物が出るなんて、聞いた事がありません」
「でも、実際にいたのだから仕方ないでしょ。今日は夜会があるのよね? それまでに見られる格好になりたいわ」

 あたしはできるだけ偉そうな口調で言った。すっごく疲れる。
 でも、今までのあたしはそういう風にしゃべっていたんだし、いきなり性格が変わったら変だろう。
 今のあたしの性格は徐々に出していけばいい。

「わかりました。すぐに入浴とお着替えの準備をいたします」
「それと、この方はわたくしの命の恩人なの。彼にも湯殿ゆどのを使わせて、今よりまともな格好にさせてちょうだい」

 隣のイリアスさんを示しながら命じる。
 だってすごいのよ、汚れ方が。怪物の首を落とした時の返り血までついているし、おまけに不快極まりない悪臭もする。近くにいると鼻が麻痺まひしてくるほどだ。

「……へ?」

 女官の人は妙な顔をして固まる。

「早くして」

 あたしが機嫌の悪そうな声で言うと、彼女は慌ててイリアスさんをどこかへ連れていった。

「姫様、こちらです」

 別の女官が来て、あたしを城の奥に案内する。壁伝いに歩くあたしを見て、彼女は眉をひそめていた。でも絶対に手は貸してくれない。
 そしてどうにか、王室専用の湯殿に到着する。
 そこにいた女官たちに手伝ってもらいながら、あたしは汚れ切ったドレスを脱いだ。
 一人じゃ脱ぎ着できない服とか本当どうなってんの。特権階級の衣装ってこれだから嫌。

「誰も入ってこないで。一人になりたいの」

 そう言って、湯殿に入ってこようとした女官たちを制する。
 彼女たちは顔を見合わせたけど、こんな気まぐれは慣れっこだからか、すぐに頷いて鈴を渡してきた。

「ご用がありましたら、お呼びくださいませ」
「わかったわ。ありがとう」

 さらっと何気なくお礼を言う。まるで普段からそう言っているかのように。
 女官の人たちはほんの少しだけ固まったけれど、うやうやしくお辞儀じぎをして下がった。
 壁の手すりを使って湯殿ゆどのの中に入ると大きな浴槽があった。昔のヨーロッパじゃお風呂は悪徳だったという話もあるけど、この世界はそうじゃないみたいね。
 お風呂に伸び伸びとかって、自分の手足を確認する。見た感じ、ひどい怪我はない。ドレスの丈や袖が長かったから、そういうのが手足を守ってくれたのだろう。
 ただ、左足には妙なあざがあった。こんなの前からあったかしら? それは普通に生活してたらつかないだろう大きな痣で、足首から膝上までい回るようについている。
 気味が悪い痣だと思いつつ、湯船の中で左足をマッサージして、感覚があるか確かめた。
 ちゃんと感覚はある。ならばと思って足の指を動かしてみた。動かないだろうと思ったけれど、意外にも動いた。ただ、動かし慣れていないみたいにぎこちない。
 試しに膝を曲げてみたら、ゆっくりだけれど普通に曲げ伸ばしできた。
 足首も回せるし、長年歩かなかったから歩けなくなってるだけなんじゃないかしら。毎日少しずつ練習すれば、遅くとも歩けるようになりそうだ。
 よし、やってみよう。目指すは、杖をつかなくても自由に歩く事だ。
 そう思いつつ湯船から出て、いい香りのする石鹸せっけんで顔を洗う。そして鏡を見たら、ひたいのあたりにうっすらと切り傷があった。
 地面に顔を打ちつけた時の傷かしら。額の傷って、見た目の割に出血が多いのよね。でも今は血は止まってるし、これなら髪の毛で隠せる。
 あたしは髪と体を洗ってすっきりしてから、湯船にもう一回浸かった。
 湯殿の外に出たら、さっきの女官たちが待機していた。あたしは思わず悲鳴を上げそうになる。前世の記憶を取り戻したせいか、裸を見られるのは抵抗があった。でも、どうにか悲鳴を呑み込む。
 女官の人たちはあっという間にあたしを取り囲んで、手際よく服を着付けていく。

「……すごい」

 あたしは小さくつぶやいた。一人の女官が怪訝けげんそうにこちらを見たけれど、あたしは素知らぬ顔をする。
 そして着替え終わってから、本当に何気ない感じで言った。

「ありがと」

 これだけで、女官の人たちが驚愕きょうがくしていた。以前のあたしって、どれだけ横柄おうへいなやつだったのよ。
 我ながらショックだわ。

「イリアスの方も終わっているかしら?」

 いち早く我に返った女官が、イリアスさんは身支度を整えて湯殿の前の部屋にいるって教えてくれた。

「そう。……ねえ、杖ちょうだい。なんでもいいわ」
「二の姫様、車椅子がありますよ」
「いい。歩いていくわ」

 なかば人格が入れ替わってしまったような今のあたしに、車椅子がうまく使えるとは思えない。だから歩いていくと主張したら、女官の人たちが杖を持ってきてくれた。
 意外と素朴な杖だったので、ほっとする。金銀宝石でできた杖を渡されるんじゃないかと思っていたから。
 杖を支えにイリアスさんのいる部屋まで歩いていったら、彼は退屈をまぎらわすみたいに壁の絵を眺めていた。

「……ひたいの傷の手当はしてもらったのかい、お姫様」

 こちらを見たイリアスさんが問いかけてくる。

「ああ、これくらいの切り傷なんて、どうって事ないわ」

 後ろで息を呑む音がして、女官の一人が慌てた顔で聞いてきた。

「二の姫様、お怪我をなさったのですか!?」
「ほんの軽い怪我よ。……でも塗り薬とかあったらもらえるかしら」
「ただちに持ってまいります!」

 彼女はそう言って、お尻に火がついたみたいに猛然と走っていった。
 すぐさま女官が戻ってきた。その手には塗り薬と当て布がある。
 あたしは薬草の香りがする塗り薬を傷に塗られて、そこに薄い布を貼られた。

「こんな大げさにしなくていいのに」

 ほっとけば治るでしょ、これくらい。
 そう思ったけれど、記憶を探ってみたら、あたしはこれくらいの怪我もした事がなかった。気まぐれで残酷な二の姫様の機嫌を損ねないように、お城の皆は必死なのである。
 とりあえず傷の手当てが終わったところで、あたしは杖を片手に言った。

「お父様のところへ連れていってちょうだい」

 案内された部屋に入ると、広くて豪華な部屋の奥には立派な玉座があった。そこには歳の割にずいぶん若々しいお父様が座っている。
 その近くには見覚えのある兵士がいた。多分、今日森で起きた出来事をお父様に報告していたんだろう。

「大変だったね、娘や」

 お父様が言った。あたしは簡単に帰城の挨拶あいさつをした後、隣にいる大きな人を手で示す。

「お父様。こちらがわたくしの窮地きゅうちを救ってくださった方です」

 そうイリアスさんを紹介すると、彼は怖気おじけづく事もなく淡々と頭を下げた。

「この方を、わたくしの専属護衛にしてもよろしいでしょうか。とてもお強いんです」

 そう言いつつ、お願いを聞いてもらえるかしらと不安になる。こんな場面はゲームにはなかったから、お父様がどう出るかは未知数だ。

「……ああ、わかった」

 その秀麗しゅうれいな顔をあたしとイリアスさんに向けてから、お父様は言った。あまりにも呆気なく許可が出たから、あたしは拍子抜けしてしまう。

「ちょうどお前に新しい護衛をつけようと思っていたんだよ、かわいい娘や」

 命の恩人だというなら信用しても大丈夫だろうとお父様は頷いた。必要な事務手続きは、宰相様とお父様がやってくれるらしい。
 あたしは頭を下げてお礼を言い、お父様たちにすべてを任せて部屋を出た。
 イリアスさんを引き連れてお城の中を歩くと、誰もがあたしを見ていた。多分あまりにも王宮にふさわしくない、粗野なイリアスさんを連れているからだろう。これだから出来損ないの王女は、とでも思っているのかもしれない。
 人によってはおうぎで顔を隠したりして、ヒソヒソとささやき合っている。
 勝手に言ってれば? 別に気にならないわ。
 だって、あたしは自分の足で立つ努力をしているだけ。陰口を言われるほどやましい事はしてない。
 なんて思いつつ自室に戻った。自室の前では女官たちが待っていて、あたしに頭を下げる。
 入り口の扉を開けると、あたしはそれを勢いよく閉めた。理解不能な光景が目の前に広がっていたからだ。

「どうしました?」

 イリアスさんが聞いてくる。あたしはもう一回、恐る恐る扉を開けた。
 自分の部屋だし見慣れているはずなのに、前世を思い出した今は豪華絢爛ごうかけんらんという言葉を思い浮かべてしまう。
 あたしは足が悪くてベッドにばかりいたから、大きな寝台の周りにいろいろな物が置かれていた。例えば好きな古典の解説書とか、お気に入りのオルゴールとか。
 そして部屋のすみには、一度も使った事のない楽器が置かれている。たくさんのパイプが伸びているピアノみたいな楽器だ。
 名前は知らない。というか興味がなさすぎて覚えていない。どうしてその楽器があたしの部屋にあるのかすら覚えていないくらい前からあるのだ。
 あたしの後ろから部屋をのぞき込んだイリアスさんが、ぼそっとつぶやいた。

贅沢ぜいたくな部屋だ」
「そうね、確かに贅沢だと思うわ。でも王女だもの、これくらいの部屋は当然だわ」

 そう言いつつ、こんなに豪華な部屋だったっけ? とも思う。多分、前世の記憶や思考回路が、部屋に対する認識を変えてしまったからだろう。
 心が変われば目に映る世界だって違うものになるのだ。
 あたしがイリアスさんと一緒に部屋に入るとすぐ、女官たちが次々と入ってきた。

「二の姫様、今日の夜会のために、ご準備をしていただきます」

 あたしはごくりとつばを呑み込んだ。
 いよいよゲームの第一ステージの幕開けだ。
 ここでヒロインのクリスティアーナ姫と攻略対象のうちの誰かが接触する。悪役のあたしにも何が起こるかわからないし、気合を入れなくちゃ。平穏な未来のために。


 舞踏会用のドレスを着るのって、こんなに大変なんだ……
 あたしは内心げんなりしていた。本で読んでイメージしていたのと実際に着るのには、ものすごい落差がある。息が詰まるほどきつかった。
 何しろこの世界にはクリノリンなんてものはないから、ペチコートを十枚以上も重ねるのだ。布の重さって馬鹿にしちゃいけない。これじゃ絶対に機敏きびんになんて動けないだろう。
 鏡の中には流行のフリルがあしらわれ、小さな宝石を縫いつけてある豪華極まりないドレスを着たあたしがいた。いくら着飾って化粧をしても決してヒロインのようにはなれない、地味な顔立ちの女の子。
 ヒロインである姉姫は白金はっきんの髪と緑柱石りょくちゅうせきのような瞳を持っている。しかし妹であるあたしの髪は燃え盛る炎みたいな毒々しい赤色をしていて、目の色は猛毒のような水銀色だった。
 常に人をにらえているような目つきの悪さは、完璧に悪役の顔立ち。肌はろうみたいに白くて不健康そうだし、口紅の塗られていない唇は青ざめている。
 背丈は低く、いくら背筋を伸ばしたって「すらりとした」という形容詞は似合わない。
 どこをどう見ても魅力的じゃなかった。きっとゲームの制作者たちは、あたしの見た目を不気味にする事に情熱を注いでいたのだろう。
 あたしはその場で一回転してみた。バランスを崩してよろけた体を、いつの間にか近くにいたイリアスさんが支えてくれる。

「危ねえな」
「ありがとう」

 そこで扉が叩かれて、あたしを大広間まで連れていく役目を任されている女官長が姿を見せた。ふくよかな中年の女官長は、確かスミレさんという名前だ。

「二の姫様、ご用意は整いましたか?」

 いよいよだ。
 あたしがイリアスさんの腕につかまった途端、女官たちが渋い顔になる。

「……二の姫様。未婚の姫君が、どこの誰ともわからない男性に、軽々しくつかまったりするものではありません」

 スミレさんが注意してきた。
 さすが、長年仕えてきて王家に信頼されているだけあって、気難しい王女にだって注意できるのね。でも、あたしは譲らない。

「だって楽だわ。歩く時、彼が支えになってくれるの」

 本当に、杖よりずっと楽なのだ。体重をかけてもびくともしないし、歩幅もあたしに合わせてくれる。歩く速度だって気遣ってくれるから、つい助けてほしくなってしまうのだ。

「そのような事をおっしゃらないでくださいませ。車椅子をご用意してあるのですから」

 あたしの我儘わがままをたしなめるように、スミレさんは言った。

「乗らないわ、すごくわずらわしいもの」

 今のあたしが車椅子を使ったところで、横転して怪我をするのはわかり切っている。
 いくらのろくっても歩いた方がまし。それなのに、スミレさんは首を横に振った。

「だからと言って、未婚の女性が家族以外の殿方につかまって歩くのは、はしたないですよ」
「あら。という事は、舞踏会に出る未婚女性は皆はしたないのね」

 そう言い返せば、スミレさんが溜息を吐き出した。

「……仕方ありませんね。くれぐれも王妃様が卒倒なさらないようにお気をつけあそばせ」
「大丈夫よ、目立たないようにすみにいるから」

 隅にいれば、クリスティアーナ姫の恋路こいじの邪魔にもならないはずだ。
 さて、気合を入れて空気にならなくちゃ。


 会場の大広間に向かって歩いていると、前を歩く女官があたしたちをちらちらと何度も見てきた。

「あなたもわかっているんだろうに」

 そんな声が聞こえてきたから横を見たら、隣の大きな人があたしを見下ろしていた。なんだか悪童みたいな、いたずらっぽい目をしている。

「あら、何を?」
「俺なんぞを社交界に連れ出したら、あなたの立ち位置が危ういだろう。俺につかまって歩くのがそんなに楽なのかい」

 イリアスさんは呆れたように笑った。あたしもつい笑ってしまう。

「あはは、言われてみればそうかもしれないわ。あなたを連れていったらわたくしの評判が悪くなるでしょうし、いい事なんて何一つないわね。……でも困ったわ。あなたがいると思って、杖は部屋に置きっぱなしにしてきたの」

 評判が下がるのは困るけれど、杖がないのを言い訳にして押し通そうと思った。それに見知らぬ男につかまっていようが、「バーティミウスなら仕方ない」と思われて終わりだろう。王族の女性として非常識な行動なのは間違いないけど、数ある悪評を一つ増やすだけだ。
 それなのに、イリアスさんがさりげなく取り出したのは……部屋に置いてきたはずの杖だった。

「杖ってのはこれかい?」

 あたしは目を丸くした後、自然と笑みを浮かべる。
 頼んでもないのにあたしがしてほしい事をやってくれる人なんて、今まで一人もいなかった。

「あなた最高」

 思わず抱き着くと、イリアスさんはにやりと笑った。
 悪どい笑顔ね。でも好きだわ、そういう顔。人間くさくて。

「どうぞ行ってください、お姫様。俺は陰からのぞいてますよ」

 彼が茶目っ気のある顔であたしに言うから、妙な自信が湧いてくる。あたしは笑って、杖を片手に背筋を伸ばした。
 今から始まる舞踏会で、ゲームの恋愛模様が幕を開ける。あたしがまだ生きているという事は、トゥルーエンドにはならないかもしれない。
 けど二番目や三番目のルートでも、クリスティアーナ姫は舞踏会でどきどきなトキメキ体験をするはず。うまくいくといいなと思った。
 あたしは自分の意思でゲームをねじ曲げたわけだけど、ヒロインであるクリスティアーナ姫の幸せは祈りたい。
 実は前世でも、ヒロインが結構好きだったの。
 確かに他の人が言ってたように、完璧すぎてありえない女の子だと思うわ。それでも、意地悪な妹を頑張ってかばおうとしていた姿勢は尊敬できた。だって嫌われ者をフォローするのは大変だもの。

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