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4巻

4-2

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 楽しそうな声で言う王魚。
 王魚にとっては全てが些事さじなんだろうってわかる声だった。
 イリアスさんがこの世をどうにかしちゃったとしても、王魚はどうでもいいんだろう。
 それでもあたしの欲望に付き合ってくれているのだ。我儘わがままに手を貸してくれている。

「手に持ち、抜き放て」

 たったそれだけの言葉を聞いて、あたしは覚悟を決めた。
 イリアスさんを止めるのに、手段を選んでいてどうするの。
 彼がこれ以上とんでもないことをしないために、あたしはこれを抜き放つ。
 あたしは剣を手に取った。
 途端、剣は目もくらむほど光り始める。
 あたしは目を閉じた。
 目を閉じて剣を握る手だけに集中する。抜かなくちゃ、あたしはこれを抜いて。
 イリアスさんを止める。
 剣は確かに引き抜けたのだけれど、そう思った途端に剣が消えうせた。

「ああ、あるじを選びに行ったのか。真の剣は王魚の孫を受け入れられなかったか」

 面白そうな声で言う王魚。ニィジー・ジンは剣が消え去ったらしい方向を眺めている。

「それはどういうことかしら」

 その言葉を無視して王魚はあたしを見下ろしてくる。

「そんなものはどうでもいい。代替わりだ」

 あたしの額に手をあてがい、王魚はどこかあきらめたような声で言った。

「……残念だ、お前を失うのだから」

 王魚の言葉の意味はすぐにわかった。あたしの中にいろんなものが流れ込み始めたからだ。
 膨大な記憶。体が焼けるように痛むのは体が王魚になるからだろう。
 痛む体と心に、意思が伝わってくる。
 われを受け入れよ、という意思が伝わってくるのだ。
 われを受け入れよ、われと一つになれ。
 われとなりそなたとなれ。
 そしてその次に来たのは圧倒的な意識だった。


 ――――全ての未練を断ち切れ。


 その言葉を聞いて、あたしは知ってしまった。
 王魚になったら、あたしはイリアスさんへの思いを捨ててしまうことになる。
 イリアスさんを止めるというこの意思を失ってしまう。
 流れ込んでくる膨大な力は、確かにこれでなかったら聴禍ちょうかの風を止められるわけもないと思うほどの圧倒される力で。王魚になればこれを手に入れられるんだろう。
 でもそれを手に入れたら、あたしはあたしじゃなくなるんだ。
 王魚にとって世界のほとんどのことは些事さじ
 イリアスさんが暴走したってどうでもいい。
 あたしはどうして王魚が今まで、何も気にしなかったのかを理解した。
 王魚はそういう風になってしまうんだ。
 イリアスさんを止めるという思いも、あたしがずっと抱え込んでいる王弟アナクレート様への恋心も、皆なくしてしまうんだ。
 彼の獅子のような髪が脳裏にひらめく。その笑顔も、あたしに伸ばされるその大きな手のひらも。
 それらが全部全部、王魚を継いだら消えうせる。
 あたしはあたしじゃなくなっちゃう。
 ……いやよ。
 あたしは閉じていた目をこじ開けた。
 思い出すのはイリアスさんの声。
 仕草。笑い声。笑顔。
 それら全部がどうでもよくなってしまうんだ。それがわかったから。
 あたしは王魚をにらみつける。

「いやよ」

 声に出す。

「あたしはあたしよ! あたしの思いを馬鹿にするな!!」

 叫んだ。怒鳴った。
 あたしは王魚じゃない。王魚を継がなくちゃ彼を止められないと言うから、その選択を受け入れようと思っただけ。
 でも受け入れた結末が、世界をどうでもいいと思う心だというのならば、あたしはそれを拒絶する。

「あたしはイリアスさんを止めるのよ!」

 あたしの中で力のようなものが生まれた。イリアスさんへの思いが、強大無比な力を燃え上がらせる。
 そしてそれが、王魚を受け入れようとするあきらめの意思と同等の思いとして爆発する。

「王魚に邪魔はさせないわよ!」

 あたしはえた。えた声は世界を揺らす。
 王魚が目を見開いた。そこにあったのは驚きの感情。

「馬鹿な、この状況でわれを拒絶できるのか」
「うっさいわね! そりゃあ、あたしだってちゃんと聞かなかったからいけないけど! あんたにとってあたしの思いなんてどうでもいいのかもしれないけど! この思いばっかりは邪魔させないわ!」

 怒鳴っている口よりも、片手がすごく熱くなる。手の中でばちばちと、雷鳴のような音が響き始めていた。
 叫んでいるその間も、あたしの中に王魚の意思が流れ込んできていて、うっかりすると流されそうになる。
 無我夢中だった。無我夢中で。

「ああああああ――――!!」

 あたしは手の中の力を王魚めがけて叩き込んでいた。
 叩き込んだ力は剣の形をしていて、それは雷鳴のようなものをほとばしらせていた。……そんなもので切られたら、さすがの神でもただでは済まない、とあたしの何かが冷静に分析している。
 王魚がよろめいた。死ぬんだ、となぜかわかってしまう。
 言われなくてもわかった、これは神殺しだ。

「さすが」

 王魚が死ぬ間際に笑った。

「かがみの力は真の力。愛の力は実に強大だ」

 それだけ言って、王魚は跡形もなく消えていた。残ったのは小さな青い欠片かけら
 見やればそれは、ニィジー・ジンに吸い込まれていった。

「王魚の滅び、か」

 自分の手を見ながらニィジー・ジンが言う。

「さて、上に上がろうぜ、騒ぎになる前にさ」

 そしてちらっとあたしを見て、笑う。

「本当に、オレの妹は物騒なものを呼び出すもんだ。かがみの剣だぜ」

 そう言われて、もう一回手の中の剣を見やる。これは一体何なのか。
 夢に出てきた剣とほとんど同じ剣。王魚を封じた真なる剣と全く同じに見えるんだけど、何かが決定的に違う剣を片手に、あたしはニィジー・ジンと上に上がった。
 上がって水面に出て、一息つく。ざぶざぶと水をかき分けて陸に上がれば、先に上がっていたニィジー・ジンは首をぶるぶると振っていた。

「なんか変な感じがするな、バーティはどうだ?」
「別に……」
「あー、やっぱりな」
「……?」
「人魚姫……人でありながら王魚の血を宿すやつのことなんだけどな、それじゃねえと王魚は継げないんだよ、うつわ的に。バーティはそれだけのうつわがあっただろうけど、オレにはないんだ。たぶんこの違和感はそのせいだな」

 一人納得して頷くニィジー・ジン。

「あなたはこれからどうするの?」
「どっかの漁村にでも落ち着くさ」
「それでいいの」
「まあな、そういう終わり方もあるって知っていたしさ。オレはバーティみたいに何か止めたいものがあるとかいとしい相手がいるとかそんなのこれっぱかりもないんだぜ。そいつのために平穏を犠牲にしたい相手なんて一人もいない。うまくやれるだろうよ」

 そう言ってニィジー・ジンが立ち上がる。

「あばよ、妹」
「……ねえ一つ聞いてもいい?」
「あ?」
「あたしは本当にあなたの妹なの?」
「そうだぜ、母親違いの兄妹。異母兄妹ってやつさ」
「それは事実?」

 それなら、お母様はどういった経緯であたしとクリスティアーナ姫をはらんだのかしら。
 ちょっと気になった。でもニィジー・ジンに肩をすくめて言われる。

「事実じゃなくてどうするんだよ、そうじゃなかったら王魚はお前を跡継ぎに指名しなかっただろうぜ」
「どうしてあたしは生まれたの?」
「……大した話じゃねえけどな。わだつみの巫女みこって女がいた。巫女みこは美しく清らかだったから、時の王子に見初みそめられた。だが王子のもとに向かう途中で、海賊の襲撃にあった」

 ニィジー・ジンはからからとした口調のまま話す。

「んで、その海賊の親玉がオレらの親父だった。……親父の真の名前は海賊神カナロァ。カナロァの神性としょうもない陽気な性格に、巫女みこはたちまち恋に落ちた。もともと王子の見た目ばかり気にする性格が嫌なのに、無理やり嫁ぎに行かされたんだから、まあ親父みたいな男に惚れ込んだのも無理なかっただろうけどな。そんで、体を重ねたんだろうよ。それでお前ができた」

 さらに続く、彼の話。まるでどこかの恋物語のそれ。

巫女みこの腹がふくれる前に、親父は海軍の襲撃にあった。王子が欲しくてたまらない女を取り戻すために差し向けた軍勢さ。さすがの親父も、何百もの戦艦に取り囲まれて、暴れまわるわけにはいかなかった。……仲間や部下が大事だったんだよ。カナロァは生き延びることができるけれども、他のやつらは無理だからな。親父は自分の命一つを差し出す代わりに、仲間全員の命を守った。……最後の力だった」
「最後の力?」
「カナロァは子供に、ほとんどの力を注いでいた。そうしなけりゃ、子供が神の血に負けて死産になるからだ。オレもそうだし、お前もな。力の大部分を子供に移したカナロァの力は、とても弱かった。でも、やり遂げた。……船にいた部下やしたたちを皆、ブゥに飛ばしたんだ。そのせいで全ての力を失って、親父は人間と同じ死ぬ運命の存在になった」

 ブゥ……ブゥゲンイェは海賊の街だったわね。
 その言葉から悟った。もうすぐ話は終わるのだろう。

「それでカナロァは捕まった。処刑台の上、断頭台の上で散った。……最期まで陽気に笑って、悪いことなんて何もしてない様子で、楽しそうに笑いながら、ふざけたステップでも踏みそうな調子で」
「……見たの?」
「親父の部下たちに連れられてな。ほんとは部下たちも親父を助けたかったんだが、親父が手出し無用と知らせたんだ」
しゃべったの?」
「ステップさ。親父の部下たちは、ステップの踏み方で意思疎通したんだ」

 ニィジー・ジンは呼吸を一つ置く。

「それで親父は死んだ。お前の母親は、お前を腹の中に宿したまま嫁いだ」
「お腹に子供がいるのに、結婚できたの?」
「お前が人間の一般的な出産期に生まれてこなかったから、海賊は巫女みこに手を出さなかったんだと思われたんだよ。……神の子供は、三年母親のはらに宿るのにな。知らないからそう思ったんだろうが」
「……あなたのお母さんと、あたしのお母様は違うのよね?」
「うちのおふくろは、ブゥの無敵の占い師さ。ま、海賊があちこちの陸に複数の恋人を抱えているなんて珍しい話じゃねえ。おふくろもその一人だったわけさ。やっぱり三年妊娠してたからな、普通のガキじゃねえって察したらしい。オレが歩けるようになったら、親父に子育てを全部押し付けた。親父は子連れで、海という海を渡って暴れまわる海賊やってたんだよ」
「じゃあ、あなたはあたしのお母様のことも知っているの?」
「知ってるぜ。きらきらの銀の髪、きらきらの青い目。死ぬほどきれいな、顔にわだつみの紋章を彫り込んだ巫女みこさんな。のほほんとしてたのに、妙にけがの手当てに詳しくて、裁縫も料理もうまくて、甲板掃除も周りと一緒になって歌いながらやる、変な巫女みこさん」
「……」

 あたしは色々なことが引っかかった。だって、あたしが知ってるお母様は金髪なのよ。瞳だって、ハシバミ色なのよ。
 大体……顔に入れ墨なんてない。入れ墨は日本の技術でも簡単には消せないのだから、この世界ではなおさらだというのに。

「それは本当に、あたしのお母様?」
「ん。だってよ、お前、目の形があの人と瓜二うりふたつだぜ。ついでに声も。娘は母親と声が似るんだ。お前の声は、あの人と同じ海鳥の声さ」

 ……あたしは何かを知らないらしい。何をだろう。
 わけがわからなくなってきた、あたしを置いて、どこかへ歩き出そうとする彼は言う。

「そうだ、イリアスとかいうやつに会いたいんだろう」
「ええ」
「きっと、その剣が行く先を教えてくれるぜ」

 ふっと笑いながらニィジー・ジンが告げる。

「なんで?」
「知らねえよ。でも王魚の残った力がそう言ってるからそうなんだろう」

 残った力。ああ、さっきの青い欠片かけらのことね。

「わかったわ、教えてくれてありがとう」

 あたしは立ち上がって、人に見つからないように気を付けて歩き始めた。


 そしてさっそく、警備をしていたらしき衛兵に捕まった。
 あたし一人だとこんな残念な感じになっちゃうのね……
 微妙な気分になったあたしを引っ張って、衛兵は鬼の首でも取ったように威勢よく宮殿内を歩き始めた。

「痛いわ」
「神域を侵す罪人相手に遠慮などするわけがない」
「女の子の扱い方もわかってないのね」
「好きな女の扱い方はわかる」
「それはその人にとって僥幸ぎょうこうね」

 そう言いつつあたしは、たぶんこの人と再会するだろうと思っていた人に会って、ちょっと笑いたくなった。
 彼は目をこぼれ落ちそうなほど大きく開いてあたしを見つめている。
 その脇には、あたしと彼を交互に見て状況を察知しようとしている人もいる。
 あたしは彼に笑いかけた。

「お久しぶりです。反乱軍が収まってよかったわ、エンデール様」

 黒髪に黄金の瞳をした、女嫌いの皇太子様が、あたしを見て仰天ぎょうてんしている。

「占い師すら場所を特定できなかったお前がどうしてここにいる、アリア」

 彼はあたしのことを、ミドルネームのアリアノーラを縮めた愛称で呼ぶのだ。

「ちょっと王魚にお呼ばれされたのよ」
「……今さらながら、お前は一体なんなんだ」
「あたしも自分でよくわかってないわ」

 あたしが拘束されているのを見て、衛兵に告げるエンデール様。

「その女を放せ」
「は、はいっ」

 あたしとエンデール様が親しい間柄だと勝手に判断したらしい衛兵が、自分のした乱暴な振る舞いに青くなりながら拘束を解いてくれた。

「お前は一体今まで何をしていた?」
「それを話すと長くなるわ。話してもいいけれど、代わりに情報が欲しいの」
「北の大陸の情報か?」
「ええ。主にバスチア方面の情報よ」

 災厄の炎を手に入れたイリアスさんが、次に何をするのか予想がつかない。
 でもあたしの予知夢っぽい夢の中で、イリアスさんはクリスティアーナ姫を襲っていた。
 そこに答えがある。
 だからあたしは、クリスティアーナ姫のもとに行かなくちゃいけない。

「いいだろう。サディ、茶の用意を」

 彼は脇に控えていた、かた眼鏡めがねをかけた侍従のサディさんに命令する。

「あたし急いでるの」
「急いでいる時こそ休息が必要だと教えたのはお前だ」
「あたしそんなの教えたかしら」
こごった闇をどうにかするための調べ物をしていた時だ。お前はなんだかんだ言いつつも休息はきちんととっていたからな」

 記憶を探ってみる。ラジャラウトスの大鉱山に現れた、こごった闇という化け物への対抗手段を探していた時、あたしちゃんと休んでたっけ? 
 覚えがない。首をひねりつつも、エンデール様がゆずらないのはよく知っているからあたしは頷いた。

「手早く済ませるわ。ああでも、軽食を用意してね。あたし、お腹減ってしょうがないの」

 宮殿の廊下を歩きながら、エンデール様が言う。

「ところでその剣はなんだ。旧時代の産物のように見えるのだが」
「なんだかよくわからないものよ。なんか急に出てきた」
「急に出てきた? まじない物の一種か……? 後でドワーフあたりに鑑定をさせよう」
「あたし時間がないってさっきから言ってるじゃない」
「それはそれ、これはこれだ。それの正体がつかめれば、もっと有効に使えるかもしれないぞ」
「すぐにできる鑑定じゃなかったらいやよ」
「わかった」

 あたしは剣を腰の帯に差し込んで、エンデール様が用意した客間に入った。

「あまり使われた形跡のない部屋ね」
「ここは俺の私的な客間で、存在自体忘れられかけている場所だ。こうして役割通りのことができることを部屋も喜んでいるだろう」

 そう言いつつ長椅子に座れと示すエンデール様。あたしは大人しく座った。
 長椅子の座り心地がすごくいい。びっくりするほどいい。
 さすが大国ラジャラウトス。使われていない空間にもお金をかけているわね……
 ちょっと感心した。バスチアだって負けていないと思うけどね。
 そのまま座っていれば侍女の人たちがお茶と軽食を持ってきてくれた。そして優雅な物腰で下がる。
 彼女たちが退出したのを確認してから、あたしは肩の力を抜いた。
 知らない人がいる空間で肩の力を抜くほど、あたしは間抜けじゃない。
 肩の力を抜いて少しだけほっとしたところで、あたしは軽食として用意されたサンドイッチに手を伸ばした。
 一口かじって泣きそうになった。
 だってこれ。
 兎肉の冷製をはさんだサンドイッチって、あたしがラジャラウトスでそのおいしさにびっくりしたものの一つで、こごった闇の対策を立てていた時、よく侍女のアリに用意してもらったものだったから。
 あたしがラジャラウトスで大好物になったものが用意されていたんだから、これが泣かずにどうすればいいというの。
 もう半年以上も食べていなかったので、懐かしさとおいしさで涙がにじむ。
 西の食べ物もおいしかったけれど、やっぱり慣れ親しんだ料理が一番おいしいのは誰だって同じだと思う。
 あたしが色々と噛みしめながら食べていると、エンデール様が言った。

「お前はそれが好きだっただろう。何を泣く」
「覚えていてくれたの」
「当然だ。お前の好みを忘れるわけがない。……しかしお前は、見ない間に随分と女らしくなったな」

 あたしをしげしげと眺めて言うエンデール様。そうだろうか。色々大変な目にあってきたから、雄々おおしくなったと言われたら納得できるんだけど。
 エンデール様はそのあと、実に言いにくそうに言った。

「前よりもずっと綺麗になった」

 あたしは飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。
 何言ってるのこの人。女嫌いが女の子ほめた! 
 びっくりした。
 あたしが彼に視線を向けると、彼は耳まで赤くしてお茶を口に運んだ。ごまかすようにお茶を一口飲んでから、一転して真顔になる。

「王魚の気配が消えた」
「わかるの?」
「あれだけの神性を持つ存在の気配を察せないほど、この国の住人はにぶくない」
「それって他の国の住人がにぶいって言いたいの」
「身近に神性を持つ存在がいない国の住人はかなりにぶいな。バスチアなどなんだあの抜けっぷりは。それはさておいてアリア。お前が何かをしたのはなんとなく察せるのだが、何をした? お前から王魚の気配がにじみ出ているのだが」

 王魚の気配。あたしは自分を見下ろした。
 それはもしかして、王魚の代替わりを途中までおこなったからだろうか。

「あたし上手に説明できないわ、それでもいいのなら話すけれど」
「わからなかったら逐一ちくいち聞くから問題ない」

 当たり前と言えば当たり前のことを彼は言い、視線で先をうながした。
 あたしは王魚のことを話した。代替わりも、神殺しも、順を追って話していく。
 イリアスさんを止めようとして、人を捨てようと決意したこと。そのために新しい王魚になろうとして、できなかったこと。王魚を斬り捨てたこと。
 ちゃんと説明できただろうか。時折質問をはさまれたから、頑張って答えた。
 エンデール様はこのむちゃくちゃで真実か妄想か非常に疑問を覚えそうな話を、真面目に聞いてくれた。最後まで聞いて問いかけてきた。

「王魚は代を替えたのだな。死んだのではなく。つまり王魚の力を有する者はこの世にまだ生きているのだな?」

 それを聞いて、あたしは力のほとんどを持つことになってしまったであろうニィジー・ジンを思った。
 あたしが継がなかったから、彼に王魚の力の大部分が宿ってしまった。
 力を持っていても、なんにも未練がなくて、平穏な生活を望んでいるあたしの兄さん。
 エンデール様に彼のことを話したら、探すだろうか。きっと探すだろう。王魚はラジャラウトスの大事な象徴でもあるのだから。
 でもそれは、静かな暮らしを願っている彼の望みじゃない。願ってもいないだろうし、喜びもしないだろう。
 だからあたしは黙っていようと決めた。

「さあ。でも王魚の血を引く者はここに座っているわ」

 エンデール様には、エンデール様にだけは嘘を言いたくないと思った。
 あたしをあたしとして見てくれた人へ、口先だけのごまかしは言えない。

「あなたの目の前に座っているわ。なんの力も持っていないのだけれどね」
「――――お前が?」

 エンデール様が目を見開いた。あたしは頷く。

「そうなの。あたしバスチアの血なんて一滴も受け継いでないのよ。王魚があたしを女孫と言って、息子の子供だとも言ったのだから。ぶっちゃけて言えば、それしか証明するものはないけれどね」

 エンデール様が大きく息を吐き出した。それから納得した様子で言う。

「いや。あの国のごたごたが一部納得できたな」
「これであたしの話はおしまいよ。エンデール様、バスチアのことで何かご存知?」

 あたしの言葉にエンデール様が答える。

「何か月も前から続く王位継承権の問題が随分と激しくなっている。今あの国はがたがただ。王もい」
「えっ……お父様が死んだの?」

 あたしは信じられなかった。お父様の、国王の死が信じられなかった。だって病気なんか持っていなかった。王様が直々じきじきに出るような戦争だって起こっていないでしょう? 

「ああ死んだ。それも七年前の王子殺害と同じ手段だ。あの国で禁忌きんきとされている、蠱毒こどくによる暗殺」
「それは確かな情報なの?」
「俺はそのせいであちらの国に弔問ちょうもんとして行かされた。王だと思われる男の葬式にも出席した。仮に隠れて生きていたとしても、公的には死亡しているな」


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