4 / 6
3
しおりを挟む
まるで桜がトンネルのようになっている公園の遊歩道を二人で歩いた。別に目的があるわけではなく、ただブラブラと歩いた。
「なんかさ、デートみたいだね」
時河がふざけて言う。それを聞いて加奈は少し笑ってしまった。
「でも、実際に男の子とこうやってデートしたことってないなぁ……」
「そうなの? 加奈ちゃんモテそうなのに」
「うん。私、冷たくて怖い女の子だと思われてたから」
加奈は立ち止まり、そう言って自分の目元を指差す。その切れ長で細い目は、鋭利な刃物のようで、人を寄せ付けないような冷たい雰囲気があった。
「この目、怖いでしょ? 私ね、中学の時にこの街に引越してきたんだけど、この目のおかげで『冷たくて怖い人』、という第一印象をもたれたの。だから、クラスのみんなは敬語つかってくるし、誰も好きこのんで近寄ってこよう、という人はいなかったの」
時河も立ち止まり、黙って加奈の話に耳を傾けていた。
「だから中学の頃は友達がいなかった。休み時間とかは本読んだりして過ごしてたの。その姿がまた、人を近寄らせないようなオーラを放ってたみたい」
加奈は時河の持っているあめ玉の缶をちらっと見た。それから笑いで悲しさをごまかすような表情で言葉を続ける。
「それでね、さっき言ったハッカってアダ名、それは、その缶に入っているハッカあめって意味なの」
時河は自分の持っている缶を見て、テストの問題が解けなくて困っている子供のような顔になる。それを見て、加奈は苦笑し、「わからないよね」と言い、話を続けた。
「ハッカあめってさ、どうしてこの缶の中に入ってるんだろうね」
「どういうこと?」
「子供の頃にこれを買ってもらうと、決まって最後にはハッカあめが残るの」
「なんで?」
「ハッカあめって辛くて美味しくないじゃない」
「そうかなぁ? んー、でも確かに子供の頃はあまり好きじゃなかったかも」
「そんなイメージになぞらえられてたってわけ。つまり嫌われてたの」
「それ、誰かに聞いたことなの?」
加奈は、静かに首を振る。
「ううん。知ったのは、他の子たちの会話をたまたま聞いちゃったから」
その言葉を聞いて、時河はハッと気付いたような顔になる。
「じゃあハッカというアダ名は……」
「そう。私に面と向かってその名前で呼ぶ人はいなかったけど、陰ではみんな私のことをそう呼んでいたの」
加奈は少し悲しそうな顔になった。嫌な思い出が頭をよぎる。
「……本当にそうなのかな?」
時河はそうつぶやいて、手に持っていた缶を振り、一粒のあめ玉を手のひらの上に出した。雪のように白いあめ玉。それを指でつまんで見つめた。
「たしかに、ハッカあめは辛くて美味しくないかもしれない。でもさ、やっぱりこの中になくてはならない存在だと思うの」
時河はハッカあめを桜の木漏れ日にかざした。その光を浴び、ハッカあめがまるで真珠のように輝く。
「甘いあめだけじゃ飽きちゃうし。でも、ハッカあめをなめれば、その辛みで爽やかな気分になって、気分を変えることができるじゃない」
「そうかな?」
「それに、ただ辛いだけじゃない、ハッカあめにもちゃんと甘みがあるわ。辛さの方が目だってそのことに気づかないだけ」
そう言うと、時河はハッカあめを口にほおった。目をつぶり、その辛みと甘さを味わう。
「私は好きだな、ハッカあめ」
時河はタンポポの綿毛のようにやわらかく微笑んだ。
「それに……」
次の瞬間、時河はちょっとイタズラっぽく笑って、
「ハッカって、意外と少女趣味なんじゃない?」
「えっ……あっ……」
「カワイイものとか大好きでしょ?」
いきなりそんな方向に話を持っていかれて、ちょっと面食らう加奈。で、実際図星だったりする。加奈の鞄につけられた可愛らしい白クマのキーホルダーがそれを物語っていた。
「実際にはハッカのそんな一面を知っていた人もいたんじゃないかな。友達になりたいって思ってた人もきっと、ね」
「え……?」
加奈はその一言を聞いて、中学時代の自分のことを思い返した。そして、ひょっとしてみんなを避けていたのは、勝手に嫌っていたのは自分だったのではないか、そんな考えに至る。
「自分がちょっと変われば、あるいは何か違っていたのかな……」
そうつぶやく加奈。その様子を見た時河は、鞄から小さいケースを取り出し、加奈に差出した。
「そんなハッカにこれをあげる」
「これって……」
それはメガネだった。薄いマゼンタ色した細身のフレーム。柔らかな印象を与えるデザインが、なかなかおしゃれで可愛かった。
「たまには仮面を付けてみるのも面白いよ」
そう言って時河は、そのメガネを手に取り、そっと加奈の顔にかけてあげた。
メガネは度が入ってない伊達メガネ。でも、なぜだか目の前の景色が今までより明るく、きらきらして見えるような気がした。
「どう?」
時河は鞄からコンパクトミラーを出して開き、加奈の顔を映して見せた。
切れ長の鋭い目に、丸みを帯びたメガネのフォルムが合わさる。少しミスマッチだが、今までより表情が優しくなったような印象を受けた。
「……メガネをかけただけなのに」
「少しは気分が変わった?」
「どうかな……」
加奈はコンパクトミラーに映る自分の姿にちょっと笑いかけてみた。ぎこちない感じではなく、自然に笑みがこぼれる。時河はその様子を、青空のような微笑で見守っていた。
「なんかさ、デートみたいだね」
時河がふざけて言う。それを聞いて加奈は少し笑ってしまった。
「でも、実際に男の子とこうやってデートしたことってないなぁ……」
「そうなの? 加奈ちゃんモテそうなのに」
「うん。私、冷たくて怖い女の子だと思われてたから」
加奈は立ち止まり、そう言って自分の目元を指差す。その切れ長で細い目は、鋭利な刃物のようで、人を寄せ付けないような冷たい雰囲気があった。
「この目、怖いでしょ? 私ね、中学の時にこの街に引越してきたんだけど、この目のおかげで『冷たくて怖い人』、という第一印象をもたれたの。だから、クラスのみんなは敬語つかってくるし、誰も好きこのんで近寄ってこよう、という人はいなかったの」
時河も立ち止まり、黙って加奈の話に耳を傾けていた。
「だから中学の頃は友達がいなかった。休み時間とかは本読んだりして過ごしてたの。その姿がまた、人を近寄らせないようなオーラを放ってたみたい」
加奈は時河の持っているあめ玉の缶をちらっと見た。それから笑いで悲しさをごまかすような表情で言葉を続ける。
「それでね、さっき言ったハッカってアダ名、それは、その缶に入っているハッカあめって意味なの」
時河は自分の持っている缶を見て、テストの問題が解けなくて困っている子供のような顔になる。それを見て、加奈は苦笑し、「わからないよね」と言い、話を続けた。
「ハッカあめってさ、どうしてこの缶の中に入ってるんだろうね」
「どういうこと?」
「子供の頃にこれを買ってもらうと、決まって最後にはハッカあめが残るの」
「なんで?」
「ハッカあめって辛くて美味しくないじゃない」
「そうかなぁ? んー、でも確かに子供の頃はあまり好きじゃなかったかも」
「そんなイメージになぞらえられてたってわけ。つまり嫌われてたの」
「それ、誰かに聞いたことなの?」
加奈は、静かに首を振る。
「ううん。知ったのは、他の子たちの会話をたまたま聞いちゃったから」
その言葉を聞いて、時河はハッと気付いたような顔になる。
「じゃあハッカというアダ名は……」
「そう。私に面と向かってその名前で呼ぶ人はいなかったけど、陰ではみんな私のことをそう呼んでいたの」
加奈は少し悲しそうな顔になった。嫌な思い出が頭をよぎる。
「……本当にそうなのかな?」
時河はそうつぶやいて、手に持っていた缶を振り、一粒のあめ玉を手のひらの上に出した。雪のように白いあめ玉。それを指でつまんで見つめた。
「たしかに、ハッカあめは辛くて美味しくないかもしれない。でもさ、やっぱりこの中になくてはならない存在だと思うの」
時河はハッカあめを桜の木漏れ日にかざした。その光を浴び、ハッカあめがまるで真珠のように輝く。
「甘いあめだけじゃ飽きちゃうし。でも、ハッカあめをなめれば、その辛みで爽やかな気分になって、気分を変えることができるじゃない」
「そうかな?」
「それに、ただ辛いだけじゃない、ハッカあめにもちゃんと甘みがあるわ。辛さの方が目だってそのことに気づかないだけ」
そう言うと、時河はハッカあめを口にほおった。目をつぶり、その辛みと甘さを味わう。
「私は好きだな、ハッカあめ」
時河はタンポポの綿毛のようにやわらかく微笑んだ。
「それに……」
次の瞬間、時河はちょっとイタズラっぽく笑って、
「ハッカって、意外と少女趣味なんじゃない?」
「えっ……あっ……」
「カワイイものとか大好きでしょ?」
いきなりそんな方向に話を持っていかれて、ちょっと面食らう加奈。で、実際図星だったりする。加奈の鞄につけられた可愛らしい白クマのキーホルダーがそれを物語っていた。
「実際にはハッカのそんな一面を知っていた人もいたんじゃないかな。友達になりたいって思ってた人もきっと、ね」
「え……?」
加奈はその一言を聞いて、中学時代の自分のことを思い返した。そして、ひょっとしてみんなを避けていたのは、勝手に嫌っていたのは自分だったのではないか、そんな考えに至る。
「自分がちょっと変われば、あるいは何か違っていたのかな……」
そうつぶやく加奈。その様子を見た時河は、鞄から小さいケースを取り出し、加奈に差出した。
「そんなハッカにこれをあげる」
「これって……」
それはメガネだった。薄いマゼンタ色した細身のフレーム。柔らかな印象を与えるデザインが、なかなかおしゃれで可愛かった。
「たまには仮面を付けてみるのも面白いよ」
そう言って時河は、そのメガネを手に取り、そっと加奈の顔にかけてあげた。
メガネは度が入ってない伊達メガネ。でも、なぜだか目の前の景色が今までより明るく、きらきらして見えるような気がした。
「どう?」
時河は鞄からコンパクトミラーを出して開き、加奈の顔を映して見せた。
切れ長の鋭い目に、丸みを帯びたメガネのフォルムが合わさる。少しミスマッチだが、今までより表情が優しくなったような印象を受けた。
「……メガネをかけただけなのに」
「少しは気分が変わった?」
「どうかな……」
加奈はコンパクトミラーに映る自分の姿にちょっと笑いかけてみた。ぎこちない感じではなく、自然に笑みがこぼれる。時河はその様子を、青空のような微笑で見守っていた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
