フィール・ザ・タイム ~ハッカあめ~

ときしろ めぐみ

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 まるで桜がトンネルのようになっている公園の遊歩道を二人で歩いた。別に目的があるわけではなく、ただブラブラと歩いた。
「なんかさ、デートみたいだね」
 時河がふざけて言う。それを聞いて加奈は少し笑ってしまった。
「でも、実際に男の子とこうやってデートしたことってないなぁ……」
「そうなの? 加奈ちゃんモテそうなのに」
「うん。私、冷たくて怖い女の子だと思われてたから」
 加奈は立ち止まり、そう言って自分の目元を指差す。その切れ長で細い目は、鋭利な刃物のようで、人を寄せ付けないような冷たい雰囲気があった。
「この目、怖いでしょ? 私ね、中学の時にこの街に引越してきたんだけど、この目のおかげで『冷たくて怖い人』、という第一印象をもたれたの。だから、クラスのみんなは敬語つかってくるし、誰も好きこのんで近寄ってこよう、という人はいなかったの」
 時河も立ち止まり、黙って加奈の話に耳を傾けていた。
「だから中学の頃は友達がいなかった。休み時間とかは本読んだりして過ごしてたの。その姿がまた、人を近寄らせないようなオーラを放ってたみたい」
 加奈は時河の持っているあめ玉の缶をちらっと見た。それから笑いで悲しさをごまかすような表情で言葉を続ける。
「それでね、さっき言ったハッカってアダ名、それは、その缶に入っているハッカあめって意味なの」
 時河は自分の持っている缶を見て、テストの問題が解けなくて困っている子供のような顔になる。それを見て、加奈は苦笑し、「わからないよね」と言い、話を続けた。
「ハッカあめってさ、どうしてこの缶の中に入ってるんだろうね」
「どういうこと?」
「子供の頃にこれを買ってもらうと、決まって最後にはハッカあめが残るの」
「なんで?」
「ハッカあめって辛くて美味しくないじゃない」
「そうかなぁ? んー、でも確かに子供の頃はあまり好きじゃなかったかも」
「そんなイメージになぞらえられてたってわけ。つまり嫌われてたの」
「それ、誰かに聞いたことなの?」
 加奈は、静かに首を振る。
「ううん。知ったのは、他の子たちの会話をたまたま聞いちゃったから」
 その言葉を聞いて、時河はハッと気付いたような顔になる。
「じゃあハッカというアダ名は……」
「そう。私に面と向かってその名前で呼ぶ人はいなかったけど、陰ではみんな私のことをそう呼んでいたの」
 加奈は少し悲しそうな顔になった。嫌な思い出が頭をよぎる。

「……本当にそうなのかな?」

 時河はそうつぶやいて、手に持っていた缶を振り、一粒のあめ玉を手のひらの上に出した。雪のように白いあめ玉。それを指でつまんで見つめた。
「たしかに、ハッカあめは辛くて美味しくないかもしれない。でもさ、やっぱりこの中になくてはならない存在だと思うの」
 時河はハッカあめを桜の木漏れ日にかざした。その光を浴び、ハッカあめがまるで真珠のように輝く。
「甘いあめだけじゃ飽きちゃうし。でも、ハッカあめをなめれば、その辛みで爽やかな気分になって、気分を変えることができるじゃない」
「そうかな?」
「それに、ただ辛いだけじゃない、ハッカあめにもちゃんと甘みがあるわ。辛さの方が目だってそのことに気づかないだけ」
 そう言うと、時河はハッカあめを口にほおった。目をつぶり、その辛みと甘さを味わう。
「私は好きだな、ハッカあめ」
 時河はタンポポの綿毛のようにやわらかく微笑んだ。

「それに……」
 次の瞬間、時河はちょっとイタズラっぽく笑って、
「ハッカって、意外と少女趣味なんじゃない?」
「えっ……あっ……」
「カワイイものとか大好きでしょ?」
 いきなりそんな方向に話を持っていかれて、ちょっと面食らう加奈。で、実際図星だったりする。加奈の鞄につけられた可愛らしい白クマのキーホルダーがそれを物語っていた。
「実際にはハッカのそんな一面を知っていた人もいたんじゃないかな。友達になりたいって思ってた人もきっと、ね」
「え……?」
 加奈はその一言を聞いて、中学時代の自分のことを思い返した。そして、ひょっとしてみんなを避けていたのは、勝手に嫌っていたのは自分だったのではないか、そんな考えに至る。
「自分がちょっと変われば、あるいは何か違っていたのかな……」
 そうつぶやく加奈。その様子を見た時河は、鞄から小さいケースを取り出し、加奈に差出した。
「そんなハッカにこれをあげる」
「これって……」
 それはメガネだった。薄いマゼンタ色した細身のフレーム。柔らかな印象を与えるデザインが、なかなかおしゃれで可愛かった。
「たまには仮面を付けてみるのも面白いよ」
 そう言って時河は、そのメガネを手に取り、そっと加奈の顔にかけてあげた。
 メガネは度が入ってない伊達メガネ。でも、なぜだか目の前の景色が今までより明るく、きらきらして見えるような気がした。
「どう?」
 時河は鞄からコンパクトミラーを出して開き、加奈の顔を映して見せた。


 切れ長の鋭い目に、丸みを帯びたメガネのフォルムが合わさる。少しミスマッチだが、今までより表情が優しくなったような印象を受けた。
「……メガネをかけただけなのに」
「少しは気分が変わった?」
「どうかな……」
 加奈はコンパクトミラーに映る自分の姿にちょっと笑いかけてみた。ぎこちない感じではなく、自然に笑みがこぼれる。時河はその様子を、青空のような微笑で見守っていた。
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