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第三章 もういちどあなたと
18.
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「シーザーが用意したものなら、きっと俺の日常からは程遠い品だろうな」
酒瓶を手に取る。回し眺めて、ラベルを見るものの、判断基準がない。
「うんちくを垂れるほど詳しくもないんだ」
「自由にしてくれていいのよ」
「自由と言われてもなあ。つきあいで飲むが、いつまで経っても、辛いと甘いぐらいしか理解できないよ。家で飲む缶ビールが一番落ち着く」
「そんなものなの?」
「さあ。人によるだろうね。本当に、色々だから……」
何種類か酒瓶を手に取りまじまじと眺める。ローテーブルには、ソニアが持ってきてくれた小道具もある。
「無難に、これにしてみようか」
大麦を使った琥珀色の蒸留酒を手にした。
「一本でいいの」
「確実に相応の品だろう。俺も一般人なんで、何本もあけるなんて怖くて無理だね」
「タイラーは小心ねぇ」
「慎重と言ってほしいよ、そこは」
「グラスはどうするの」
ソニアが問いながら、棚の扉を開く。そこには大小さまざまなグラスが並んでいた。いくつかをチョイスし、ローテーブルに運ぶ。
白いソファの背もたれあたりで、タイラーは足を止める。ソニアが前に進み出て床に座る。手にしていたグラスを丁寧にローテーブルに置いた。
ソファに座るか迷ったものの、ソニアの隣にタイラーはあぐらをかいた。
「ソニアは飲めない人」
「飲めない?」
「アルコール受け付けないタイプかな」
「それはないわ」
「じゃあ、味見ぐらい、どう」
ソニアは頬に手を寄せる。困惑を醸すしぐさにタイラーは目を細めた。彼女の物憂げな雰囲気が気に入ってるタイラーは、眉を少し歪ませつつ斜めに視線を落とす表情を魅惑的と眺める。
足の間に酒瓶を置き、蓋を回し開けた。
テーブルに開けた瓶を置く。並べられた小物に手を伸ばしたところで、ソニアがはっとする。手伝わないといけないと思ったのか、彼女の手が伸びてきた。
「自分でするからいいよ」
タイラーは彼女の手を押し返す。指先が触れる。ソニアは引いたその手を隠すように床に置いた。
小ぶりのピッチャーにお酒を注ぎ入れる。ロックグラスには水を入れた。ショットグラスは手前に配置する。ソニアの視線がタイラーの所作にそそがれていた。
「ソニアの分も用意するよ」
ノーと言われていないことを理由にした。ソニアの前にクリスタルグラスを置き、メジャーカップで酒量を確認し注ぐ。グラスに琥珀色の液体が躍った。引き続きメジャーカップを用いて、同量の水を注ぎ入れる。マドラーで数回かきまわせば、均等に混ざり合う。
「見ているだけでもいいんだよ」
タイラーは頬杖をつく。ソニアを眺めつつ、ピッチャーからお酒を注いだショットグラスをつまんだ。一気に飲み干すような真似はしない。ちびちび舐めながら、彼女がグラスをどうしようかと惑う姿を見つめる。
ソニアの手が伸びてグラスを包んだ。じっとグラスの底を見つめる。うつむいた顔に、髪が流れ落ちてきて、邪魔そうに耳へかける。
その癖もいい、とタイラーは感じ入る。本当は、触れたい。拒否されたくない。
シーザーの顔が浮かび、今は諦める。
ソニアから触れてくれたらいいのにとため息が漏れる。キスしたのは覚えているだろうに、なにもない顔をしている。会話もナチュラルで、動揺もしない。飲みなれないお酒をどうしようと悩むだけで、男は意識の外に置かれているかのようだ。
憎らしいとタイラーは思う。
シーザーの信頼を損なわず、ソニアにどうやってアプローチするか。ソニアの嫌がることをしなければ、両立する。彼女がシーザーに泣きつかなければいいんだ。触れることは慎重にしておこう、親切な分は問題ない。
ソニアの横顔を見ながら、仄暗く思考を巡らせる。
(ずるい大人だな)
内心、自嘲するも、顔には出さない。
グラスを包むソニアの手が動く。グラスを持ち上げ、胸元へと引き寄せる。持ち上げ、唇を寄せた。口に少し流し込む。グラスをおろすと、湿った唇の端を人差し指で軽くぬぐう。
「飲めそうかい」
「飲めるには、飲めるけど……。味見程度でいいわ」
グラスを両手に抱えたまま、ローテーブルに置く。きちんと座っていた姿勢を崩し、ソニアはタイラーと向かい合う。
そのまま手を伸ばして、引き寄せてしまいたいところ、タイラーは耐える。
もしシーザーが彼女の背後にちらつかなければ、すでに手を出していただろう。乱暴しても泣きつく相手がいないなら、女の人権を男は無視することは往々にある。手っ取り早く手にしたいもののために、好きだと口走ってもかまわない。
男が怖いのは、男だ。ソニアの背後にいるシーザーの影がタイラーは恐ろしい。
小ぶりなピッチャーに注ぎ入れた酒をショットグラスに継ぎ足しつつ、タイラーはちびちび舐める。この明かりを消さないで、スカイブルーの髪が乱れ広がる様が無性に見たかった。
「飲みなれてないなら、水を一緒に飲む方がいいよ。悪い酔いしないし、明日が楽だよ」
ロックグラスに注いだ水をソニアに差し出す。そのグラスを手にする間、ソニアはじっとタイラーを見ていた。
頬杖をすることで、タイラーは口元を隠す。これより先に進まないための自制と、彼女に触れたくて仕方ない唇に手の甲を寄せて、抑えていた。
ソニアが水を飲んで置いたグラスをタイラーも手にする。斜めに彼女の顔色を望む。あっという表情を一瞬見せた。気にせず、一口含みローテーブルに戻す。
恥じらうのか、また髪を耳にかけ、入れてあげたクリスタルグラスにソニアは視線を落とす。
露になった耳の形がきれいだった。
酒瓶には相当量残した。滞在期間は長く、一度に消費しきる必要はない。
ソニアがグラス一杯ゆっくりと飲み終える最中、「また明日も一緒に飲もうか」と口約束を交わした。
使ったグラスをおぼんにのせ先にキッチンまで運ぶソニア。彼女が退室していた間に、酒瓶を元へ戻し、次に運ぶ物をまとめておいた。彼女がふきんを持って戻ってくる。ローテーブルを拭いている間に、おぼんに運ぶ物をきれいにのせた。
部屋の明かりを消して、廊下へ出る。
「片づけを手伝ってくれてありがとう」
ソニアがにこやかに礼を言う。
「とんでもない。おやすみ、また明日」
ソニアはおぼんを持ってキッチンに歩いていく。その背に後ろ髪惹かれながらも、タイラーは寝室へ戻った。
酒瓶を手に取る。回し眺めて、ラベルを見るものの、判断基準がない。
「うんちくを垂れるほど詳しくもないんだ」
「自由にしてくれていいのよ」
「自由と言われてもなあ。つきあいで飲むが、いつまで経っても、辛いと甘いぐらいしか理解できないよ。家で飲む缶ビールが一番落ち着く」
「そんなものなの?」
「さあ。人によるだろうね。本当に、色々だから……」
何種類か酒瓶を手に取りまじまじと眺める。ローテーブルには、ソニアが持ってきてくれた小道具もある。
「無難に、これにしてみようか」
大麦を使った琥珀色の蒸留酒を手にした。
「一本でいいの」
「確実に相応の品だろう。俺も一般人なんで、何本もあけるなんて怖くて無理だね」
「タイラーは小心ねぇ」
「慎重と言ってほしいよ、そこは」
「グラスはどうするの」
ソニアが問いながら、棚の扉を開く。そこには大小さまざまなグラスが並んでいた。いくつかをチョイスし、ローテーブルに運ぶ。
白いソファの背もたれあたりで、タイラーは足を止める。ソニアが前に進み出て床に座る。手にしていたグラスを丁寧にローテーブルに置いた。
ソファに座るか迷ったものの、ソニアの隣にタイラーはあぐらをかいた。
「ソニアは飲めない人」
「飲めない?」
「アルコール受け付けないタイプかな」
「それはないわ」
「じゃあ、味見ぐらい、どう」
ソニアは頬に手を寄せる。困惑を醸すしぐさにタイラーは目を細めた。彼女の物憂げな雰囲気が気に入ってるタイラーは、眉を少し歪ませつつ斜めに視線を落とす表情を魅惑的と眺める。
足の間に酒瓶を置き、蓋を回し開けた。
テーブルに開けた瓶を置く。並べられた小物に手を伸ばしたところで、ソニアがはっとする。手伝わないといけないと思ったのか、彼女の手が伸びてきた。
「自分でするからいいよ」
タイラーは彼女の手を押し返す。指先が触れる。ソニアは引いたその手を隠すように床に置いた。
小ぶりのピッチャーにお酒を注ぎ入れる。ロックグラスには水を入れた。ショットグラスは手前に配置する。ソニアの視線がタイラーの所作にそそがれていた。
「ソニアの分も用意するよ」
ノーと言われていないことを理由にした。ソニアの前にクリスタルグラスを置き、メジャーカップで酒量を確認し注ぐ。グラスに琥珀色の液体が躍った。引き続きメジャーカップを用いて、同量の水を注ぎ入れる。マドラーで数回かきまわせば、均等に混ざり合う。
「見ているだけでもいいんだよ」
タイラーは頬杖をつく。ソニアを眺めつつ、ピッチャーからお酒を注いだショットグラスをつまんだ。一気に飲み干すような真似はしない。ちびちび舐めながら、彼女がグラスをどうしようかと惑う姿を見つめる。
ソニアの手が伸びてグラスを包んだ。じっとグラスの底を見つめる。うつむいた顔に、髪が流れ落ちてきて、邪魔そうに耳へかける。
その癖もいい、とタイラーは感じ入る。本当は、触れたい。拒否されたくない。
シーザーの顔が浮かび、今は諦める。
ソニアから触れてくれたらいいのにとため息が漏れる。キスしたのは覚えているだろうに、なにもない顔をしている。会話もナチュラルで、動揺もしない。飲みなれないお酒をどうしようと悩むだけで、男は意識の外に置かれているかのようだ。
憎らしいとタイラーは思う。
シーザーの信頼を損なわず、ソニアにどうやってアプローチするか。ソニアの嫌がることをしなければ、両立する。彼女がシーザーに泣きつかなければいいんだ。触れることは慎重にしておこう、親切な分は問題ない。
ソニアの横顔を見ながら、仄暗く思考を巡らせる。
(ずるい大人だな)
内心、自嘲するも、顔には出さない。
グラスを包むソニアの手が動く。グラスを持ち上げ、胸元へと引き寄せる。持ち上げ、唇を寄せた。口に少し流し込む。グラスをおろすと、湿った唇の端を人差し指で軽くぬぐう。
「飲めそうかい」
「飲めるには、飲めるけど……。味見程度でいいわ」
グラスを両手に抱えたまま、ローテーブルに置く。きちんと座っていた姿勢を崩し、ソニアはタイラーと向かい合う。
そのまま手を伸ばして、引き寄せてしまいたいところ、タイラーは耐える。
もしシーザーが彼女の背後にちらつかなければ、すでに手を出していただろう。乱暴しても泣きつく相手がいないなら、女の人権を男は無視することは往々にある。手っ取り早く手にしたいもののために、好きだと口走ってもかまわない。
男が怖いのは、男だ。ソニアの背後にいるシーザーの影がタイラーは恐ろしい。
小ぶりなピッチャーに注ぎ入れた酒をショットグラスに継ぎ足しつつ、タイラーはちびちび舐める。この明かりを消さないで、スカイブルーの髪が乱れ広がる様が無性に見たかった。
「飲みなれてないなら、水を一緒に飲む方がいいよ。悪い酔いしないし、明日が楽だよ」
ロックグラスに注いだ水をソニアに差し出す。そのグラスを手にする間、ソニアはじっとタイラーを見ていた。
頬杖をすることで、タイラーは口元を隠す。これより先に進まないための自制と、彼女に触れたくて仕方ない唇に手の甲を寄せて、抑えていた。
ソニアが水を飲んで置いたグラスをタイラーも手にする。斜めに彼女の顔色を望む。あっという表情を一瞬見せた。気にせず、一口含みローテーブルに戻す。
恥じらうのか、また髪を耳にかけ、入れてあげたクリスタルグラスにソニアは視線を落とす。
露になった耳の形がきれいだった。
酒瓶には相当量残した。滞在期間は長く、一度に消費しきる必要はない。
ソニアがグラス一杯ゆっくりと飲み終える最中、「また明日も一緒に飲もうか」と口約束を交わした。
使ったグラスをおぼんにのせ先にキッチンまで運ぶソニア。彼女が退室していた間に、酒瓶を元へ戻し、次に運ぶ物をまとめておいた。彼女がふきんを持って戻ってくる。ローテーブルを拭いている間に、おぼんに運ぶ物をきれいにのせた。
部屋の明かりを消して、廊下へ出る。
「片づけを手伝ってくれてありがとう」
ソニアがにこやかに礼を言う。
「とんでもない。おやすみ、また明日」
ソニアはおぼんを持ってキッチンに歩いていく。その背に後ろ髪惹かれながらも、タイラーは寝室へ戻った。
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