28 / 40
第四章 人魚姫
28.
しおりを挟む
「要するに、ソニアがその……、姫ということだろ」
皿を洗い終え、タイラーは手についた水滴を払う。
ソニアはローテーブルを拭いている。
「青い髪の子は姫。島では、人魚姫と呼ぶのよ」
「姫というからにはその髪色の男はいないのか」
「いないわ」
「『とる』は嫁ぐという意味合いよ」
「人魚姫が嫁ぐ、ねえ……。泡になるというのは、嫁ぐをあらわす伝承かなにかか……」
「嫁に出したくないなら海へ近づかせない……島の習わしね」
んっとタイラーはひっかかる。
「ソニア、詳しいね……」
「そうかしら」
首をかしげ笑む彼女に艶っぽさを感じ、ぞくっとする。
「片付いたし、部屋へ戻るか」
今夜は二人きり。老女が二部屋を提示しなかったのは、並ぶ男女の仲を見たままに解釈したからであり、彼女もまた当たり前のようにそれを受け入れている。タイラーは断られてはいないと解釈していた。
ソニアが立ち上がり、シンクへ立つ。蛇口をひねり水を出す。ふきんを洗い、絞り、たたむ。女性の指先は細く、丁寧な所作はたおやかで、男のごつごつした手にはない繊細さがあり、なまめかしい。
「ねえ……。夜の海辺へ散歩に行かない」
彼女がほほ笑む。目線のやりどころにタイラーは困る。
「外はきっと星がきれいよ。できたら、洞窟まで行きたいわ。月明かりに照らされても、あそこはきっと幻想的よね」
感情を読み取りにくい青い瞳が誘う。
「夜の散歩かあ……」
「ねえ、良いでしょ」
「そうだな……、行ってみるか」
休む老女に出かけてくると伝えると、玄関のカギを渡された。
ポケットにつっこみ、宿から出ると、あたりはすっかり夜になっていた。
海辺の街が明々と灯をともす。港の光が明滅し、夜の漁を彷彿とさせる賑わいをみせる。
空が緞帳をおろせば、海は黒ずむ。
月と星はスパンコールのように瞬き光る。
月明かりが波と遊ぶ。
波音が耳朶を叩くも、ほどなく慣れて無音へと還る。
「夜景もきれいだなあ」
「本当に……、あなたと一緒じゃないとこの景色も見れなかったわ」
ソニアが歩き始め、タイラーは数歩遅れて追う。
「一人の夜は怖い」
「それは……海に嫁がないといけないからか」
「伝承通り、私が海の泡になると……思う?」
タイラーは空を見上げて唸った。
「人間がどうやって泡になるんだ。もし海に出て君が泡になるなら、船にのってこちらまでは来れないし、この砂浜も安心しては歩けないだろう」
ソニアがふわりと舞うように身を返す。突如正面を向いた彼女にタイラーはたじろいだ。スカートがひらめいて、後ろに手を組み、覗き込むように笑いかける。
「そうね。あなたと一緒だから、ここにもこれたし、こうやって安心して歩けるわ」
言い終わらぬうちに軽やかに旋回し前を向く。歩き始めると、色味が薄らいだ長い髪が風に流れ、いつもの癖でなびいた髪を耳にかける。
細い指先、髪をかけて露になる耳すべて、畏れながら触れたくなる。
海風に揺れる裾を抑えながら歩む彼女は白いワンピースを着ている。
駅に迎えに来てくれた時、着ていたものと同じ服だ。
仄暗い世界に色彩は失われスカイブルーの髪色も目立たなくなり、ひらめく姿だけ海辺に白く浮き上がる。背格好が似ているからアンリと見まごう。
彼女の横顔が海へ向く。
月明かりが照らす白い肌、長いまつげ、柔らかそうな唇。
二十歳そこそこのあどけなさを残す。
なびく髪を耳にかける小さな所作に見ほれてしまう。
海辺の洞窟へと通じる海岸沿いを、追いかけるように歩き続ける。横に立てば、目的地へ着く前に抱きしめたくなりそうだった。
「今が、リバイアサンが目撃できる季節なのよ。散歩してたら、見れるかもしれないわね」
「こんな人里近くまでくるものなのか」
「くるわ」
「大きな海洋生物には、この入江は狭いだろうに……」
暗い海に突如現れる竜を思い描く。
「月明かりに照らされて、煌々と光る両眼に睨みつけられたら、足がすくみそうだよ」
両腕で身を抱え、震えてみせると、ふふっとソニアが笑う。
「思うより、穏やかな目をしているそうよ。見れば、きっと慈愛深い馬の瞳を思い出すわ」
声音はまるで見たことがあるようなイントネーションを踏む。
「ソニアはその瞳を見たことがあるのかい」
問いは波音に紛れたようで返答はなかった。
砂地を進む軽やかな足取りは躍るようだ。ふわふわとソニアは歩む。彼女の踏みしめた小さな歩幅の足跡を重ね踏みして、タイラーは一定の距離を保つ。
この涼やかな空気を味わいながら彼女を背後から抱きしめたい。衝動を誤魔化すように踏み遊んでいた。
「竜を食べる地域はあるけど、ここは食べないのよ。海からも山からも恵みがあるからね。魚も豊富で、鳥も果樹もとれて、食べる物に事欠かない。リバイアサンのような大きな生物を狩るリスクを冒す必要がなかったんだわ」
リバイアサンを語るソニアの口調が、アンリと重なる。
タイラーは惑い、めまいを覚える。
「リバイアサンの食性も私たちは分かっているようでわかっていなかった。ここにくる種は、海藻やプランクトンを主たる食物にしていたの。食べても小魚程度よ。
人間ほど大きな生物は口にしないわ。そのあたりはサメなどとは違うのよね」
食性などよく難しいことを知っていると感心するより、わきあがる既視感におののく。
「大人しい竜種なの。狩りつくす人間に絶滅させられなかったのは、深海や沖という生息地に守られた結果と言えそうなのよ」
ここはリバイアサンの目撃地であると、シーザーも話していた。
文献が別荘にあり、ソニアが読んでいたという結論へと導くこともできる。
あれだけの広い屋敷だ、それなりに本はあるだろう。大抵の金持ちと言うのは読書好きだ。
詳しくても不思議はないはずだと喉に詰まった石を押し込むように、タイラーは飲み下す。
「……詳しいね」
「本で読んだ受け売りよ」
流れるように語られるリバイアサンの背景。知る人なら当たり前のことを語っているのに、タイラーの跳ねた心音は高まるばかりだった。
「アンリ……」
呟きは波にかき消えるも、雷が落ちるように閃いたインスピレーションに震撼する。姿が似ているというだけで、なにを勘違いしていると自身を叱責し、内心はそんなわけがあるものかともみ消しに躍起になってしまう。
ソニアの髪色が夜に紛れて目立たなくなり、幻覚を現実に顕在化させようと仕向ける魔法をかけられたかのようだ。
「どうして、リバイアサンを食べると不死になるなんて伝承が残っていると思う。どこの誰が、そんなまやかしを残すと思う」
蠱惑的な声音に身震いする。
「不死なんて幻想を求めるのは、結局は時の権力者であると思わない。資産家のシーザーが貴族の末裔と接触し、そのような伝承を得て、妹のためと真意を知りたがっても、止めようはないわ」
口内が渇く。
ソニアは使用人だ。しかし、あの兄妹に好かれている。プライベートな事情を知っていてもおかしくはないだろう。そう無理やり、現実はこうだとタイラーは自身を説得にかっかる。
心臓の鼓動は早くなるばかりだ。
(ソニア、君は……、いったい、なにをしゃべっているんだ)
恐ろしくて、問いかけることもできなかった。
胸苦しく、足元がおぼつかなくなる。ソニアの背を見失わないようにするだけで精一杯だった。
海辺の洞窟へと到着する。
天井の風穴から月明かりが降りそそぐ。
水面で踊った柔和な光が、昼よりも黄みがかった青を空間に放ち、青く染まった空気は昼よりも透明度が高く感じられた。
ソニアはかかとに手を添え靴を脱ぐ。両足を素足とし、ちゃぷんちゃんぷんと柔らかく寄せてうねる波際へと近づく。素足に波が寄せて、足首までつかり、戻り、立ち止まった。
タイラーは彼女の背後に立つ。届いた海水がつま先を濡らした。
気配を察した彼女が胸元へ寄りかかってくる。肩を抱きとめ背後から抱きしめた。海を見つめるソニアの頭部にタイラーは頬を寄せる。
やっと抱けた彼女の身体に全身をすり寄せ、深く深く彼女の香りを胸に吸い込んだ。
(ここにいるのは、ソニアだ)
タイラーは自身に強く言い聞かせ、目を閉じた。
「愛しているって言ってほしくて……」
「……愛してる」
ささやく彼女の腕をさする。
「好きだって言われて……」
「好きだよ」
何度でもと言うなら、望むまま……。
「……甘やかされたいの」
背後から強く抱いた。彼女の肩がすくむように浮く。肩と首のわずかな隙間に頬を寄せる。
「大事にしてほしい」
ソニアの手がタイラーの腕を撫でる。細い指先から電流が伝わり、触れてと語りかけてくる。
「私、そんなにしっかりしていないの」
「そうだね、電球も伝言も忘れてたよね」
彼女の頭部が倒れてきてタイラーの肩に乗る。
「タイラーがいいの」
彼女が背伸びをして、身を動かし、口元が頬と耳へ近づく。
「あなたがいい……」
ささやく声が甘ったるい。
きつく抱いた。
何度も名を呼び、このまま、砂地で二人で睦みあいたい衝動にかられる。
ソニアが身をよじった。両目を開いたタイラーが、嫌がっているのかと不安になり、両腕を浮かした。
長い髪が目の前を過る。
タイラーに顔を向けた彼女が、上目使いで恥じらう瞳をむける。
闇に揺らぐ髪色からは色が抜け落ちる。
海の音、波の煌めき、降りそそぐ星明り。
世界によって、幻惑の魔法がかかけられる。
吐息がかかりそうな距離にも、惑わされた。
「アンリ」
直後、自ら発したつぶやきにタイラーは硬直した。
皿を洗い終え、タイラーは手についた水滴を払う。
ソニアはローテーブルを拭いている。
「青い髪の子は姫。島では、人魚姫と呼ぶのよ」
「姫というからにはその髪色の男はいないのか」
「いないわ」
「『とる』は嫁ぐという意味合いよ」
「人魚姫が嫁ぐ、ねえ……。泡になるというのは、嫁ぐをあらわす伝承かなにかか……」
「嫁に出したくないなら海へ近づかせない……島の習わしね」
んっとタイラーはひっかかる。
「ソニア、詳しいね……」
「そうかしら」
首をかしげ笑む彼女に艶っぽさを感じ、ぞくっとする。
「片付いたし、部屋へ戻るか」
今夜は二人きり。老女が二部屋を提示しなかったのは、並ぶ男女の仲を見たままに解釈したからであり、彼女もまた当たり前のようにそれを受け入れている。タイラーは断られてはいないと解釈していた。
ソニアが立ち上がり、シンクへ立つ。蛇口をひねり水を出す。ふきんを洗い、絞り、たたむ。女性の指先は細く、丁寧な所作はたおやかで、男のごつごつした手にはない繊細さがあり、なまめかしい。
「ねえ……。夜の海辺へ散歩に行かない」
彼女がほほ笑む。目線のやりどころにタイラーは困る。
「外はきっと星がきれいよ。できたら、洞窟まで行きたいわ。月明かりに照らされても、あそこはきっと幻想的よね」
感情を読み取りにくい青い瞳が誘う。
「夜の散歩かあ……」
「ねえ、良いでしょ」
「そうだな……、行ってみるか」
休む老女に出かけてくると伝えると、玄関のカギを渡された。
ポケットにつっこみ、宿から出ると、あたりはすっかり夜になっていた。
海辺の街が明々と灯をともす。港の光が明滅し、夜の漁を彷彿とさせる賑わいをみせる。
空が緞帳をおろせば、海は黒ずむ。
月と星はスパンコールのように瞬き光る。
月明かりが波と遊ぶ。
波音が耳朶を叩くも、ほどなく慣れて無音へと還る。
「夜景もきれいだなあ」
「本当に……、あなたと一緒じゃないとこの景色も見れなかったわ」
ソニアが歩き始め、タイラーは数歩遅れて追う。
「一人の夜は怖い」
「それは……海に嫁がないといけないからか」
「伝承通り、私が海の泡になると……思う?」
タイラーは空を見上げて唸った。
「人間がどうやって泡になるんだ。もし海に出て君が泡になるなら、船にのってこちらまでは来れないし、この砂浜も安心しては歩けないだろう」
ソニアがふわりと舞うように身を返す。突如正面を向いた彼女にタイラーはたじろいだ。スカートがひらめいて、後ろに手を組み、覗き込むように笑いかける。
「そうね。あなたと一緒だから、ここにもこれたし、こうやって安心して歩けるわ」
言い終わらぬうちに軽やかに旋回し前を向く。歩き始めると、色味が薄らいだ長い髪が風に流れ、いつもの癖でなびいた髪を耳にかける。
細い指先、髪をかけて露になる耳すべて、畏れながら触れたくなる。
海風に揺れる裾を抑えながら歩む彼女は白いワンピースを着ている。
駅に迎えに来てくれた時、着ていたものと同じ服だ。
仄暗い世界に色彩は失われスカイブルーの髪色も目立たなくなり、ひらめく姿だけ海辺に白く浮き上がる。背格好が似ているからアンリと見まごう。
彼女の横顔が海へ向く。
月明かりが照らす白い肌、長いまつげ、柔らかそうな唇。
二十歳そこそこのあどけなさを残す。
なびく髪を耳にかける小さな所作に見ほれてしまう。
海辺の洞窟へと通じる海岸沿いを、追いかけるように歩き続ける。横に立てば、目的地へ着く前に抱きしめたくなりそうだった。
「今が、リバイアサンが目撃できる季節なのよ。散歩してたら、見れるかもしれないわね」
「こんな人里近くまでくるものなのか」
「くるわ」
「大きな海洋生物には、この入江は狭いだろうに……」
暗い海に突如現れる竜を思い描く。
「月明かりに照らされて、煌々と光る両眼に睨みつけられたら、足がすくみそうだよ」
両腕で身を抱え、震えてみせると、ふふっとソニアが笑う。
「思うより、穏やかな目をしているそうよ。見れば、きっと慈愛深い馬の瞳を思い出すわ」
声音はまるで見たことがあるようなイントネーションを踏む。
「ソニアはその瞳を見たことがあるのかい」
問いは波音に紛れたようで返答はなかった。
砂地を進む軽やかな足取りは躍るようだ。ふわふわとソニアは歩む。彼女の踏みしめた小さな歩幅の足跡を重ね踏みして、タイラーは一定の距離を保つ。
この涼やかな空気を味わいながら彼女を背後から抱きしめたい。衝動を誤魔化すように踏み遊んでいた。
「竜を食べる地域はあるけど、ここは食べないのよ。海からも山からも恵みがあるからね。魚も豊富で、鳥も果樹もとれて、食べる物に事欠かない。リバイアサンのような大きな生物を狩るリスクを冒す必要がなかったんだわ」
リバイアサンを語るソニアの口調が、アンリと重なる。
タイラーは惑い、めまいを覚える。
「リバイアサンの食性も私たちは分かっているようでわかっていなかった。ここにくる種は、海藻やプランクトンを主たる食物にしていたの。食べても小魚程度よ。
人間ほど大きな生物は口にしないわ。そのあたりはサメなどとは違うのよね」
食性などよく難しいことを知っていると感心するより、わきあがる既視感におののく。
「大人しい竜種なの。狩りつくす人間に絶滅させられなかったのは、深海や沖という生息地に守られた結果と言えそうなのよ」
ここはリバイアサンの目撃地であると、シーザーも話していた。
文献が別荘にあり、ソニアが読んでいたという結論へと導くこともできる。
あれだけの広い屋敷だ、それなりに本はあるだろう。大抵の金持ちと言うのは読書好きだ。
詳しくても不思議はないはずだと喉に詰まった石を押し込むように、タイラーは飲み下す。
「……詳しいね」
「本で読んだ受け売りよ」
流れるように語られるリバイアサンの背景。知る人なら当たり前のことを語っているのに、タイラーの跳ねた心音は高まるばかりだった。
「アンリ……」
呟きは波にかき消えるも、雷が落ちるように閃いたインスピレーションに震撼する。姿が似ているというだけで、なにを勘違いしていると自身を叱責し、内心はそんなわけがあるものかともみ消しに躍起になってしまう。
ソニアの髪色が夜に紛れて目立たなくなり、幻覚を現実に顕在化させようと仕向ける魔法をかけられたかのようだ。
「どうして、リバイアサンを食べると不死になるなんて伝承が残っていると思う。どこの誰が、そんなまやかしを残すと思う」
蠱惑的な声音に身震いする。
「不死なんて幻想を求めるのは、結局は時の権力者であると思わない。資産家のシーザーが貴族の末裔と接触し、そのような伝承を得て、妹のためと真意を知りたがっても、止めようはないわ」
口内が渇く。
ソニアは使用人だ。しかし、あの兄妹に好かれている。プライベートな事情を知っていてもおかしくはないだろう。そう無理やり、現実はこうだとタイラーは自身を説得にかっかる。
心臓の鼓動は早くなるばかりだ。
(ソニア、君は……、いったい、なにをしゃべっているんだ)
恐ろしくて、問いかけることもできなかった。
胸苦しく、足元がおぼつかなくなる。ソニアの背を見失わないようにするだけで精一杯だった。
海辺の洞窟へと到着する。
天井の風穴から月明かりが降りそそぐ。
水面で踊った柔和な光が、昼よりも黄みがかった青を空間に放ち、青く染まった空気は昼よりも透明度が高く感じられた。
ソニアはかかとに手を添え靴を脱ぐ。両足を素足とし、ちゃぷんちゃんぷんと柔らかく寄せてうねる波際へと近づく。素足に波が寄せて、足首までつかり、戻り、立ち止まった。
タイラーは彼女の背後に立つ。届いた海水がつま先を濡らした。
気配を察した彼女が胸元へ寄りかかってくる。肩を抱きとめ背後から抱きしめた。海を見つめるソニアの頭部にタイラーは頬を寄せる。
やっと抱けた彼女の身体に全身をすり寄せ、深く深く彼女の香りを胸に吸い込んだ。
(ここにいるのは、ソニアだ)
タイラーは自身に強く言い聞かせ、目を閉じた。
「愛しているって言ってほしくて……」
「……愛してる」
ささやく彼女の腕をさする。
「好きだって言われて……」
「好きだよ」
何度でもと言うなら、望むまま……。
「……甘やかされたいの」
背後から強く抱いた。彼女の肩がすくむように浮く。肩と首のわずかな隙間に頬を寄せる。
「大事にしてほしい」
ソニアの手がタイラーの腕を撫でる。細い指先から電流が伝わり、触れてと語りかけてくる。
「私、そんなにしっかりしていないの」
「そうだね、電球も伝言も忘れてたよね」
彼女の頭部が倒れてきてタイラーの肩に乗る。
「タイラーがいいの」
彼女が背伸びをして、身を動かし、口元が頬と耳へ近づく。
「あなたがいい……」
ささやく声が甘ったるい。
きつく抱いた。
何度も名を呼び、このまま、砂地で二人で睦みあいたい衝動にかられる。
ソニアが身をよじった。両目を開いたタイラーが、嫌がっているのかと不安になり、両腕を浮かした。
長い髪が目の前を過る。
タイラーに顔を向けた彼女が、上目使いで恥じらう瞳をむける。
闇に揺らぐ髪色からは色が抜け落ちる。
海の音、波の煌めき、降りそそぐ星明り。
世界によって、幻惑の魔法がかかけられる。
吐息がかかりそうな距離にも、惑わされた。
「アンリ」
直後、自ら発したつぶやきにタイラーは硬直した。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる