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本編

13,王太子殿下

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 太子が住まう御所へ続く階段をセシルは上り始める。コツコツと足音が響く。階段の上には、ぴっちりと閉じられた門があった。近づくごとに、内側から左右に厳かな音を響かせ門が開く。セシルが最上段にたどり着くと同時に、扉は開ききった。

 開いた扉の中央で待っていたのは、太子付きの女官だ。左右の門を開いた男性騎士が、セシルに礼をする。二人の部下に片手をあげて挨拶したセシルは、軽く頭を垂れる女官の前に立った。
 女官は王太子殿下の副官でもある。
 
「お待ちしておりました。セシル様」
「遅くなりました」
「殿下がお待ちです。ご案内致します」

 踵を返す女官を追い、セシルは歩き出す。背後で扉が閉まる音が響く。

 左右に芝生が広がる小道を進み、御所内にある屋敷の玄関を抜け、さらに奥へと通じる廊下を黙して進む。最奥の扉を開くと、華やかな庭を愛でる一室にたどり着いた。

 庭を楽しむ丸いテーブル席に、殿下は座っていた。朝食を終えたとこで、側仕えの女官が食器を片づけ、食後の紅茶を淹れていた。

 ともに歩み進んだ女官が横に一歩ずれる。そのまま一歩進んだセシルが跪く。拳を一つ床につけ、頭を垂れる。

「朝のお勤め、ご苦労。顔をあげておくれ、セシル」
「はい」

 望まれるままセシルは立つ。

 柔らかくカールしたストロベリーブロンドの髪が椅子の背もたれを覆う。白銀の瞳を細めて、王太子殿下は淡く笑む。

「そこにお座り、セシル。折角だ、一人の茶はつまらぬ。相席しておくれ」

 セシルは軽く一礼し、示された椅子に座った。

「子爵家の瞳は、良い仕事をするね」
「恐れ入ります」

「血が濃いのだろう。昨今は混血が進み、力を失っている貴族ばかりのなかで、子爵家はよく力を保っている」
「いえ……」
「その浄化の眼(まなこ)が朝霧を晴らすは見事だ。霧がかかるのも、楽しみにしてしまいそうだよ」
「ありがたきお言葉です。しかしながら、霧がかかる日の間隔が狭くなっております。殿下が気にされなくとも、このまま静観されているわけにはいかないかと存じます」
「太子御所内部までは届かないとはいえ、セシルの言う通りだね」

 殿下は、ストロベリーブロンドの髪を横に払い、紅茶が入ったカップがのるソーサーを手にする。女性らしい柔らかい仕草で、カップの取っ手を手にし、口元へと運ぶ。

 殿下の薄桃色の唇がカップの縁に触れると、セシルもソーサーへと手を伸ばす。

「霧をよんでいる者は何者なんでしょう。一年前は一月に一回。半年前は一月に二回。三か月前に週に一回。今では週に二回となっております。
 霧の公爵家でなければ、これだけの呪いの霧を発することは難しいものです。しかし、霧の公爵は当家に魔眼持ちはすでにいないの一点張り。私どもにも確証はありません」

「近衛騎士団長自らその点は精査を行っている。もしも、宰相である公爵を陥れる一派の仕業であっては一大事だ。それこそ、真なる相手方の思うつぼになるね」
「はい」

「疑い出せばきりがないよね、セシル。私自身にも狙われるゆえんがある。
 女であること。瞳の色が、白銀であること。王家のなかでも、白銀は異端だからね。毛嫌いする血統主義者がいてもおかしくはないだろう。
 現行すすめている法を好ましく思わない家もあろう。宰相の地位につく公爵を、目障りとばかりに、ついでに陥れられればとおもっているのかもしれないよね」
「どちらにいろ、不敬な限りです」
「公爵を引きずり下ろしたいのか、私を廃嫡したいのか。狙いはなんだろうね」

 楽し気な殿下にセシルは真顔で答える。

「白銀の瞳もまた、王家の瞳の一色にあります。多く家々が、能力を欠き、瞳の色を無くしても、貴族である地位を失わずにいる以上、その瞳の色をもって、殿下の地位を脅かすなど言語道断でございます」

「ありがとう。セシル。本当に、あなたは可愛い子だ」

 まっすぐな菫色の瞳を、微笑をもって殿下は受け止める。

「可愛いと言われましても……」

 可愛げがない、堅苦しい、男女。自虐の単語が脳裏をよぎるセシルは、殿下の誉め言葉にいつも困ってしまう。
 ふと片目が紅の男を思い出し、頭をふった。
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