ヘテロクロミアの魔眼騎士

礼(ゆき)

文字の大きさ
56 / 65
本編

56,兄と弟の狭間

しおりを挟む
「兄貴!」

 打ち込んできた相手をはっきりと目視したデュレクは、弾かれて、後方へ飛ぶ。地を踏みきり、兄は無言でデュレクに向け剣をふるう。

「待ってくれよ、兄貴! どういうことだよ」

 子どもを抱えたまま、動揺するデュレクは剣を振り切れない。追撃は辛うじて避ける。子どもを抱いたままでは、身軽に対処できなかった。

(どうして、ここに兄貴がいるんだ)

 混乱するデュレクは、背を向けるわけにも、戦うわけにもいかない。逃げて、どこかに子どもを隠してから対峙できないかと考えても、詰められる間合いと振り下ろされる剣に押されるばかりだった。
 なにより、兄が剣を向けてくる目の前の事象に意識がついて来ない。

「兄貴! どういうことだよ。なんで、ここに兄貴がいるんだ」

 叫んでも返答はない。
 無言の兄に、デュレクは奥歯を噛む。
 背後に飛んだ拍子に、幹に背がぶつかる。振り上げられた白刃が落ちてきた。幹に沿って転がるように逃れ、今度は背を向けて、走り出す。

 霧が晴れ、日が差し込む水場に躍り出る。照り返す水面がキラキラと輝く浅瀬を踏んだ。水しぶきが跳ねる。反対側の林を目指す。
 背後から追う者に配慮する余裕はなかった。真横から回り込んでくる剣の切っ先が視界の端に映りこむ。

(早い!)

 背負う子どもをかばいながら、片手で掴んでいる剣を用いて、払う。剣と剣がかち合った。デュレクが持つ剣は弾かれ、兄が薙ぎ払った剣は軌道を逸らされる。

 浅瀬を越えて、砂利に立つ。振り向き、デュレクは剣を構えた。

 ゆったりと向かってくる無表情な兄の心底が見えない。
 兄がなぜ、このような愚行を犯しているのか、デュレクは見当もつかなかった。

(兄貴は近衛騎士団長だろ。そんな立場の者が、殿下の暗殺に加担しているってことになるだろ。そんなことになったら、公爵家だって敵に回すし、侯爵家だってただじゃすまないだろ)

 動揺するデュレクの剣は震えている。

「兄貴! なにをしているんだ。こんなこと、正気の沙汰じゃない!!」

 浅瀬を出た兄は迷いなく、綺麗に構える。その立ち姿に動揺の影も見られない。

「俺はお前の兄ではない」

 デュレクは兄の言葉の意味が分からず、脳内で反芻する。

「俺は、お前の兄ではない」

 二度、紡がれた言葉に、唇を震わせながらデュレクは薄笑いを浮かべた。

「何を言っているんだよ。兄貴は、兄貴だろ。子どもの頃は、同じ屋敷に暮らしていたじゃないか。そりゃあ、ある程度成長したら、俺は家を追い出されたよ。それでもさ、兄貴は、ずっと俺のことを弟として扱ってくれていたじゃないか」

 にじり寄る兄に、デュレクは後ずさる。退けられる気はしなかった。子どもを抱え、意味も分からず
剣を向けてくる兄に、迷いを含む心情のままでは、防戦も辛い。

「兄貴、剣を収めろよ。俺は殿下の意向で子どもを助けたんだ。近衛騎士団長の兄貴がこんなことしていたら、シャレにならないだろ」

 必至でなだめすかそうとするデュレクに、兄は唇を噛む。

「言っただろ。俺は、お前の兄ではない」
「そもそも、その意味が分からないんだ! 兄貴は侯爵家の長男で、後継ぎで、俺は半端者の片目しか貴族の証を持たない、出来損ないな弟だろ」
「そうじゃない。違う! 違うんだ!!」

 聞いたこともない兄の怒声にデュレクは声を失った。
 すぐさま兄は無表情になる。憔悴したかのような影が頬に落ちる。

「俺はお前の兄じゃない。お前の兄は……すでに亡い。俺が、殺した。俺が殺したんだ」
「意味わかんねえよ。俺には、兄が二人いたのか? 物心つく頃には、俺の兄は一人しかいなかったぞ」

 近衛騎士団長の兄は冷ややかに自嘲する。その顔はデュレクにとって、いまだかつて見たこともないものであった。

「そうだ、すべてはお前が生まれる前にさかのぼる。お前の実の兄は、両眼とも褐色。平民の色だった。分かるだろ、両眼とも褐色の子どもがどうなるか、腐った思想に毒された家で隠れて何が行われていたか」

 兄の心痛が伝ってくるようで、デュレクの胸が痛くなる。
 
「……消したのか」
「そうだ。あれは儀式だ。俺は、前当主が隠居後、晩年に平民の妾との間に生まれた子だ。両方、紅を備え、前当主だった父は、その色を見て喜んだ。
 指示したのが、前当主の父か、当主の異母兄(あに)か。俺は知らない。
 あれは儀式だ。大人が手を汚さず、何も知らない子どもに、罪を背負わせ、呪縛とするための、あれは儀式だ」
「……儀式ってなんだよ」

 聞きたくはなかった。
 聞くに堪えない答えしか出てこないと分かり切った問いである。
 だが、デュレクは問うしかなかった。

 兄はずっと優しかった。
 侯爵家の長男、跡取りとして、完璧な存在に見えていた。片目しかまともな色をしていない弟にも分け隔てなく接する、良識ある兄。弟の心配を常にし、いつも気遣い、支援を惜しまない。兄がいるから、デュレクは自分がいなくてもいいと判断でき、そんな兄の足枷にならないように前線に出たのだ。

 デュレクも兄もすでに大人だ。体だけは立派になった。地位だってひとかどのものを手に入れている。

 なのに、どこか歪だ。大人であって、大人じゃない。どこかに、未成熟な残骸を抱えて生きている。

 肚の底が凍結する。
 兄が何を語ろうとも、それを聞こうと、受け入れようと、デュレクは決意する。
 
 憤ることもできない。
 嘆くこともできない。
 横たわる事柄を、ただ分かち合うためだけに、デュレクはここに立っているのだと自覚した。

「幼児の俺の手で、大人は、赤子を、水につけさせた」

 冷え切った静寂の隙間を流水音が絶え間なく流れる。鳥のさえずりが、無意味につんざく。葉音のざわめきが風に乗せられ、消えていく。
 自然は無感情に二人を包む。

「その行為の意味を、幼児の俺は理解していない。仄暗く、陰鬱な部屋のなかで、深い桶に張られた冷え切った水に赤子を沈めた意味を理解したのは……。
 デュレク、お前が生まれた時だ。
 生まれたばかりのお前を抱いた時、俺はこの感触を知っていると思った。記憶に刻まれ、何度も思い出すなかで消えかけた記憶に雷が落ちたよ」

(子どもに、子どもを、殺させるか)
 気持ち悪い。胸糞悪い。そんな単語がよぎる。そして、納得もする。俄かに信じがたいことであっても、あの家ならばやりかねない。それは身をもってデュレクは理解している。

 家を追い出され、平民のなかで暮らす。恵まれてはいないが、不自由ではない。勝手にしろと言わんばかりに放置され、前線に行くことさえも簡単なことであった。

 存在しない自由を得たデュレクとは対照的に、本来は妾の子であり、平民の非嫡出子である兄が、かくあるべきと呪詛のような、呪いのような生き方を強要された。

 兄だけが、デュレクを人間として見ていた。
 あの家では、兄こそが異常なのだ。
 子どもであればこそ、大人たちと同じ価値観を共有し、染まることこそ必然。

 大人達と一緒に、デュレクを見下げることこそ、本来の兄のあるべき立ち位置だったはずなのだ。
 兄の優しさが当然として受けてきたデュレクはそんな些細なことさえ気づかなかった。

 どれだけの歪みを抱え、言い知れない罪と孤独を抱えて兄が生きてきたか、デュレクは初めて知った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。

亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。 だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。 婚約破棄をされたアニエル。 だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。 ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。 その相手とはレオニードヴァイオルード。 好青年で素敵な男性だ。 婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。 一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。 元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

処理中です...