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第八章 暗殺

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気持ちは、ちゃんと言わないと伝わらないのだ。

言わなくても、これだけ話しかけていれば分かるだろうというのは、俺の勝手であった。反省しよう。

前世でも一度、離婚も経験している。
これでは、また同じ轍を踏みそうではないか。
何年生きていても、女を口説くのは上手くならないものかもしれない。




言い出せないまま、暮らしは淡々と進む。
魔導士であることは伏せているとはいえ、魔力を用いて土壌改良を密かに行っていた。
肥えた土があってこそ、作物も育つ。土づくりが重要だと前世でも学んでいる。

家庭菜園とはいかないまでも、家族がプランターを用いてプチトマトやナスやピーマンを作っていた。あまり興味がなかったものの、ふんふんと夢中になっている家族の話を流し聞きしていたことが妙なところで役に立った。



ジェナとの距離はなかなか縮まらない。
もんもんとしている俺は気晴らしに外に出ることにした。

村には一か所だけ飲み屋がある。
上階が宿になっており、旅人や荷馬車を引く者がよく泊まっていた。

ふらりと入った俺は適当な席に着き、酒とつまみを注文した。

作物や農業について色々教えてくれる者も何人か飲みに来ており、俺は酔った勢いで、ジェナのことを相談した。

そうすると、酒場中がその話題で盛り上がり、右から左から、いるいらないに関わらず、無数のアドバイスが飛んできた。

本当に色々なアドバイスで、俺は苦笑いするしかなかった

家に帰ると、ジェナはすでに寝ており、俺も俺で寝室に入る。

暮し初めから寝室は分けていた。
男と女が一つ屋根の下でいるわけだし、結婚もしていないし、プライベートもあるし、子どももいないのだから部屋を分けるのは当然と思っていたが、それはあくまで前世の道理であって、今世ではそうとは言えなかったのかもしれない。

寝室を分けられたジェナが、俺との距離を、奴隷と主人と割り切ったとなれば、まさに逆効果。
なんとも言えない気持ちになる。



俺の望む人生を一緒に生きるならジェナがいいと俺は思っていた。

あのまま屋敷にいると、どこかの貴族令嬢に婿入りしなくてはいけなくなったかもしれない。そうなれば、堅苦しいだけだ。
着飾って、愛想笑いをし、毅然とし続けなければいけない。
権力を隣にしていては、暗殺される可能性も高くなる。

汗水たらして働き、家庭を持ち、結婚し、子どもを得て、長生きしょうと生まれ変わった時に決めたのだ。

なんの特徴もないが華々しい栄枯盛衰より良いと、前世の晩年に芽吹いたその価値観に基づいて俺は今まで行動してきたのだ。

そして、望む人生を共に歩む女性として、俺はディナを選んだのだ。

幸せな家庭がどんなものか知っており、慎ましやかに働いて生きる喜びを分かち合えるのは、俺の前にディナしかいなかった。




翌日、俺は野花をつんで、小さな贈り物を用意し、ディナに結婚しようと告げた。
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