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第八章 暗殺

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ジェナは俺の求婚を受け入れてくれた。

さっそく教会に行き、誓いを立てた。
戸籍など人々を管理する制度がないので国に申し出る必要はないが、寄付金を出すと、教会を通して誓約書を受け取ることができる。
そこに、二人が連名で著名し結婚が成立するのだ。

誓約書をもらった時は感動した。
俺だけでなく、その書類を受け取ったジェナもまた震えていた。

「嬉しい……」

そう呟いたジェナが何を思っていたのか。
俺はいつか聞きたいと胸にその呟きをしまい込んだ。

暮らしぶりは変わらない。

俺は畑を耕し、ジェナが家事を行い、村と俺のつなぎ役になる。
結婚したことで、俺たちはこれからもずっと村に住むと見込まれたようで、より一層村に馴染むことができた。

まだまだ不慣れな俺たちに、村の人達は色々教えてくれるし、卵や鶏肉も分けてもらえるようになった。

周囲の温かさに、村全体が一つの家族のように感じられた。
そうなると、俺からもなにかを村に返したくなる。

村長が近隣に狼や熊が出ると人が襲われることもあり困るというので、目撃情報が入ると知らせてほしいと頼んだ。
情報が入るたびに、俺は狩りに行くことにした。

もっぱら村では、罠を仕掛けて、人々を守っていたようだが、罠にかかるかかからないかは運任せだった。
嵐が過ぎ去るのを待つように、じっとしているしかなかったようだ。

俺が狩るようになって、村の人々はより安全に、より安心して暮らせるようになった。

高度な技術を用いなくとも、魔導の知識が良い意味で役に立ち、嬉しかった。

野生動物を狩るようになり、俺も村の男の一人として認められるようになった。

ジェナとの関係も、順風満帆。
最初は遠慮がちであったものの、徐々に軽口を叩けるほどの関係になった。
ジェナもよく笑うようになり、俺との間にあった垣根や、上下関係も薄れていった。
今では村の誰もが普通の若夫婦としてみてくれるようにもなった。



そんなある日、王太子の婚約、結婚話が風の噂で流れてきた。

辺鄙へんぴな村まで情報が届くということは、レイフらしく確実に事をすすめているのだろう。
俺は歴史が順調にながれていることに、安堵した。

暮し向きも手持ちのお金を取り崩さずに、回すことができるようになってきた。



冬も越し、もうすぐ春になる。
生活は安定し、今世に産まれて、もっとも幸せを感じる暮らしが続く。


この辺鄙な農村暮らしは、本当に幸福なひと時だった。
温かい村人、魔導を用いてささやかに人の役に立ち、愛する者と他愛無い会話をはばかることなく交わし、毎夜むつみ合う。
未来において何度思い出しても、幸せを感じずにはいられない。


ただの村人として生きることができた、尊い時期であった。





一年程経過した雪解け時期、暖炉に手をかざして俺はジェナに告げた。

「ジェナ、雪が解けてきたな。そろそろ、今年植える作物の苗を育てよう」
「そうね」

そう答えた時だった。

扉が叩く音がした。

「どなたかしら」

ジェナが扉をあけた。

そこには、もう会うことがないと思っていた人物が立っていた。
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