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第八章 暗殺

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扉に立っていたのは、ゾーラだった。
一人で訪ねてきたのかと驚いたところで、背後に馬車と護衛が見えた。

「オーウェン……」

ぽつりとゾーラが呟く。
彼女には一度、素顔を見られている。
誤魔化すことはできなかった。

立ち上がって、ジェナを押しのけ、前に出る。

「どうして、ここが分かった」

オーウェンではないと否定しなかったからか、ゾーラはほっとした表情になる。

レイフの婚約者、いや、すでに結婚さえ済んでいるのかもしれない。なにせ、王太子の結婚まで終わっているのだから。

「やっとみつけたわ」

ジェナは俺の顔を覗き込み、ゾーラの顔を見て、目を白黒させている。
彼女はゾーラを知らない。
変な誤解を招かないように、俺はジェナの耳もとで囁いた。

「彼女はゾーラ。公爵家の長女で、魔導士。さらには、レイフの妻だ」

さっと青ざめたジェナが、「どうぞこちらへ、粗末な家ですが」とゾーラを迎え入れようとする。ゾーラも、断らないで「おじゃまします」と丁寧に答えた。

ジェナがお茶を淹れ始める。
俺は粗末なテーブル席にゾーラを案内した。

椅子に座り、向き合うと、ジェナが音を立てないよう気をつけて、お茶を置いた。
欠けた椀であったが、ゾーラは気にする素振りもなければ、嫌な顔一つしない。
ただ、どこか疲れ切った表情をしていた。

なにかが、おかしい。
俺の直感が、そう訴えかけてくる。

「突然いなくなって、驚いたわ。でも、レイフは納得していたから、ずっと探さないでいたの」

ぽつりとゾーラが呟く。
茶を口に含み、また話し始める。

「権力や中枢に興味のない人だからと、レイフもいなくなったことを驚ろいていなかったわ」

そのようにふるまってきたのだから、当然だと思ったが、どこか口をはさむ余地を感じられず、俺は黙っていた。
急にいなくなって責められるか、連れ戻されるか、覚悟する。

「国家魔導士としてのあなたの立場はそのままにしているの。レイフの意向よ。もし、戻ってきた時に地位があった方がいいだろうというの。
表向きは、引きこもって魔導の研究をしているということになっているわ」

余計なお世話だがレイフなりの配慮だろう。
その地位を残していて、ゾーラをよこしたということは、レイフにとって俺を必要とする事態に陥ったということだろうか。

事と内容によっては断れないかもしれないと腹をくくりながら、慎重に訊ねた。

「今日はレイフの使いか、なにかか」

ゾーラは静かに頭を振った。
軽く俯き、視線を机の中央に落とす。
なぜか、神妙な面持ちになっている。

「レイフが暗殺されたの」

俺は信じられず、両目を見開いた。声も出ず、息も苦しくなる。

「妹と王太子に殺されたわ」

なぜ!
俺には、まったく理由が思いつかなかった。
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