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一章 経験値として生きてます
7話 頂点を率いる男
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カラマリ領とハクハ領へと続く平原を分断するようにして、ひび割れた巨大な裂け目。
その下には川が流れているのだろうか、微かに水の音が聞こえる。
避けた崖の姿が、まるで一匹の神聖な龍のようだ。なるほど。だから、『ワリュウの渓谷』と呼ばれているわけね。
全く……粋な名称だぜ。
そんなわけで戦が行われる場所にやってきた俺は、森の茂みの中から戦いを見物させてもらうことにした。
意外なことにクロタカさんも俺と同じく隠れていた。
……おかしいな。
クロタカさんのことだから、戦場についた瞬間に、、
「ヒャッハー! 敵は何処だ!」
と、舌を出して喚き散らすのかと思っていたのだが……。
それは俺のイメージだけだったようだ。
俺とクロタカさんが見つめる先には、一位のハクハ領と二位のカラマリ領。
一本の橋を挟んで向かい合う二つの軍勢。
いや――軍勢と呼べるのはカラマリ領だけだ。
橋の先に立つハクハ領の戦士は一人だけ。平原故に遠くまで見通せるが、背後に軍が控えている様子もない。まさかとは思うが、30人と指定された戦に一人でやって来たのだろうか。
一人であればさっさと数の暴力で倒してしまえばいいのにと思うが、カナツさんも、小さき切り込み隊長のケインも、たった一人の男を警戒していた。
このまま黙っていてもキリがないと感じたのだろう。
大将として、皆が恐れる男に話しかけた。
「なぁー。まさかとは思うけど、このハンディ戦をさ、お前一人で戦おうってわけじゃないよね?」
腰にまで届く金色の髪を一つに纏めた男は、冷酷な三白眼でカナツを捕らえると、薄く口角を吊り上げた。
その儚く危険な表情は、男が着ている吸血鬼が着ていそうなマントと良く似合っていた。
「なんだよ、その笑いは? 一人で来たくせにビビってんのか!?」
「……何故、そう思う? 貴様は考えないのか? 自分たちは俺一人にすら勝てないと言う事実を」
「大した自信だねー」
カラマリ領の30人を倒すのに、自分一人で充分だと。
挑発的な言動に、ケインが怒りに任せて飛び出そうとするが、アイリさんが腕を掴んだ。無闇に飛び込むのは危険だと首を振る。
うむ。
なんで皆、一人を襲うのに躊躇っているのだろうか。
俺は共に隠れているクロタカさんに聞いてみようとするが――、
「おわっ!」
クロタカさんへと首を傾けると、隠れている人数が一人増えていた。というか、一人意識を奪われクロタカさんの脇に抱えられていた。
「ちょっと、その人どうしたんですか!?」
「君は馬鹿なのかな? 人数制限があるんだから、僕が加わったらオーバーするじゃない。だから、代わってもらったんだよ」
「なるほど」
誰もがカナツさんとハクハの男に注目した隙をついて、後ろにいた一人を気絶させて連れてきたらしい。
俺の世界の誘拐犯もビックリするくらいの手際の良さだ。
まあ、誘拐犯がどんな方法で人を攫うのか知りもしないんだけどな。
ともかく、仲間が一人減っていることに気付いている人間はいないようだ。
流石はクロタカさんと言うべきなのだろうけど、容赦なく仲間の意識を奪ってるという事実は変えられない。
俺は誰もクロタカさんの存在に気付かなかったと思ったが、本人は違った。
たった、一人、自分の行動を見抜いた人間がいるかも知れないという。
「あいつにか気付かれたかもね」
「え……?」
あいつと言って指出したのはハクハの男。
カナツさん達の背後の茂みに俺たちは隠れているから、味方の視線は向いていないので、気付かれにくい。
だが、ハクハの男からすれば正面。
視界の隅であろうと、捕らえることはできるだろうが、しかし、だからと言って、クロタカさんがそんなミスをするとは、俺には信じられない。
クロタカさんの強さは身をもって知っているのだから。
「……あの男はなにものなんですか?」
「あいつは、シンリだよ。ハクハ領の大将……。歴代の大将達の中でもレベルが違うって言われてる――言うならば『化物』だよ」
「化物……」
その言葉をサキヒデさんやアイリさんが言ったのならば、ここまでの衝撃はなかっただろう。
だが、この言葉をクロタカさんが言った。
狂人であるクロタカさんが、仲間の意識を奪い人数を合わせても尚、隠れている。
この事実がハクハ領の大将がどれほどの脅威かを俺に告げていた。
もしも、相手がそんな強者じゃなかったら、もうとっくにクロタカさんは橋を越えて戦を始めていただろう。
そして瞬く間に勝負を付けたはずだ
「レベルは84。カラマリ領からすれば、レベルは低いけど――でも、レベル以前に差がデカ過ぎる」
人が持つ身体能力の差は、生まれた時点で決まっている。
レベルを上げればその差を埋めることが出来るが、あくまでも埋めることができるだけである。レベルに20近く差があるカナツさんですら、警戒をしなければ行けない力を大将(シンリ)は持っているのだった。
なるほどね。
そりゃ、俺を戦場に出したくないわけだ。
埋まった差がまた開くことになるのだから。
でも、カラマリ領はフル戦力だ。
戦えば大将の首は取れるのではないか。
俺の考えと同調するようにして、カナツさんが軍に発破をかける。
「ま、いつまでもここで話しててもしょうがないか。折角、大将さんが自分から首を持ってきてくれたんだ。在り難く受け取ることにしようかなぁ!」
カナツの叫びと共に兵士たちが一直線に駆け出す。
先頭を走る兵士たちは俺は見たことがある。確か、レベルが50になって喜んでいた熟練の兵士だ。普通の兵士が普通に戦えばレベルは50が限界だ。
経験値が圧倒的に足りない。
だからこそ、俺(けいけんち)の存在が貴重なわけだ。
俺を使ってレベルを上げた男達が二人揃って橋を渡る。二人並んで走るのが一杯の幅だが、チームワークが取れているのか、詰まることなくハクハ領に流れ込んでいく。
しかも、兵士たちの後ろでは、弓を構えるサキヒデさんがいた。
少しでも隙を作れば射抜くつもりなのだ。
眼前に迫る兵士。
橋の先には弓を構える策士。
俺は、この状況なら、どう足掻いてもカラマリ領の勝利だろうと見守る。
他の兵たちがこの時、俺と同じ思いだったのか、それとも別の考えだったのか分からないが――少なくとも隣にいるクロタカさんは違うことを考えていた。
シンリは確かに強いが、勝てない戦をする男ではない。
勝つ見込みがあるからこそ、一人で現れたのだと。
シンリが迫る軍勢に対して取った行動は、静かに懐へ手を入れただけだった。
刀に手を掛けるわけでもない、何をしているのかとサキヒデさんは一瞬迷った。
その迷いが――勝負を分ける。
パァンと乾いた音が渓谷に響いた。
その音に驚いた兵士たちは、橋の中央で足を止めて何が起こったのかと辺りを見渡す。
「サキヒデ……大丈夫か!?」
ことの異常に真っ先に気付いたのはカナツ。
弓を構えていたサキヒデが、『音』と共に、唖然とした表情で天を仰いだのだ。
右肩から、吹き出すようにして血が流れる血液が地面に染み込む。サキヒデ本人も何が起こったのか理解していないようだ。
間が空いたのちに、悲痛な悲鳴を上げた。
その下には川が流れているのだろうか、微かに水の音が聞こえる。
避けた崖の姿が、まるで一匹の神聖な龍のようだ。なるほど。だから、『ワリュウの渓谷』と呼ばれているわけね。
全く……粋な名称だぜ。
そんなわけで戦が行われる場所にやってきた俺は、森の茂みの中から戦いを見物させてもらうことにした。
意外なことにクロタカさんも俺と同じく隠れていた。
……おかしいな。
クロタカさんのことだから、戦場についた瞬間に、、
「ヒャッハー! 敵は何処だ!」
と、舌を出して喚き散らすのかと思っていたのだが……。
それは俺のイメージだけだったようだ。
俺とクロタカさんが見つめる先には、一位のハクハ領と二位のカラマリ領。
一本の橋を挟んで向かい合う二つの軍勢。
いや――軍勢と呼べるのはカラマリ領だけだ。
橋の先に立つハクハ領の戦士は一人だけ。平原故に遠くまで見通せるが、背後に軍が控えている様子もない。まさかとは思うが、30人と指定された戦に一人でやって来たのだろうか。
一人であればさっさと数の暴力で倒してしまえばいいのにと思うが、カナツさんも、小さき切り込み隊長のケインも、たった一人の男を警戒していた。
このまま黙っていてもキリがないと感じたのだろう。
大将として、皆が恐れる男に話しかけた。
「なぁー。まさかとは思うけど、このハンディ戦をさ、お前一人で戦おうってわけじゃないよね?」
腰にまで届く金色の髪を一つに纏めた男は、冷酷な三白眼でカナツを捕らえると、薄く口角を吊り上げた。
その儚く危険な表情は、男が着ている吸血鬼が着ていそうなマントと良く似合っていた。
「なんだよ、その笑いは? 一人で来たくせにビビってんのか!?」
「……何故、そう思う? 貴様は考えないのか? 自分たちは俺一人にすら勝てないと言う事実を」
「大した自信だねー」
カラマリ領の30人を倒すのに、自分一人で充分だと。
挑発的な言動に、ケインが怒りに任せて飛び出そうとするが、アイリさんが腕を掴んだ。無闇に飛び込むのは危険だと首を振る。
うむ。
なんで皆、一人を襲うのに躊躇っているのだろうか。
俺は共に隠れているクロタカさんに聞いてみようとするが――、
「おわっ!」
クロタカさんへと首を傾けると、隠れている人数が一人増えていた。というか、一人意識を奪われクロタカさんの脇に抱えられていた。
「ちょっと、その人どうしたんですか!?」
「君は馬鹿なのかな? 人数制限があるんだから、僕が加わったらオーバーするじゃない。だから、代わってもらったんだよ」
「なるほど」
誰もがカナツさんとハクハの男に注目した隙をついて、後ろにいた一人を気絶させて連れてきたらしい。
俺の世界の誘拐犯もビックリするくらいの手際の良さだ。
まあ、誘拐犯がどんな方法で人を攫うのか知りもしないんだけどな。
ともかく、仲間が一人減っていることに気付いている人間はいないようだ。
流石はクロタカさんと言うべきなのだろうけど、容赦なく仲間の意識を奪ってるという事実は変えられない。
俺は誰もクロタカさんの存在に気付かなかったと思ったが、本人は違った。
たった、一人、自分の行動を見抜いた人間がいるかも知れないという。
「あいつにか気付かれたかもね」
「え……?」
あいつと言って指出したのはハクハの男。
カナツさん達の背後の茂みに俺たちは隠れているから、味方の視線は向いていないので、気付かれにくい。
だが、ハクハの男からすれば正面。
視界の隅であろうと、捕らえることはできるだろうが、しかし、だからと言って、クロタカさんがそんなミスをするとは、俺には信じられない。
クロタカさんの強さは身をもって知っているのだから。
「……あの男はなにものなんですか?」
「あいつは、シンリだよ。ハクハ領の大将……。歴代の大将達の中でもレベルが違うって言われてる――言うならば『化物』だよ」
「化物……」
その言葉をサキヒデさんやアイリさんが言ったのならば、ここまでの衝撃はなかっただろう。
だが、この言葉をクロタカさんが言った。
狂人であるクロタカさんが、仲間の意識を奪い人数を合わせても尚、隠れている。
この事実がハクハ領の大将がどれほどの脅威かを俺に告げていた。
もしも、相手がそんな強者じゃなかったら、もうとっくにクロタカさんは橋を越えて戦を始めていただろう。
そして瞬く間に勝負を付けたはずだ
「レベルは84。カラマリ領からすれば、レベルは低いけど――でも、レベル以前に差がデカ過ぎる」
人が持つ身体能力の差は、生まれた時点で決まっている。
レベルを上げればその差を埋めることが出来るが、あくまでも埋めることができるだけである。レベルに20近く差があるカナツさんですら、警戒をしなければ行けない力を大将(シンリ)は持っているのだった。
なるほどね。
そりゃ、俺を戦場に出したくないわけだ。
埋まった差がまた開くことになるのだから。
でも、カラマリ領はフル戦力だ。
戦えば大将の首は取れるのではないか。
俺の考えと同調するようにして、カナツさんが軍に発破をかける。
「ま、いつまでもここで話しててもしょうがないか。折角、大将さんが自分から首を持ってきてくれたんだ。在り難く受け取ることにしようかなぁ!」
カナツの叫びと共に兵士たちが一直線に駆け出す。
先頭を走る兵士たちは俺は見たことがある。確か、レベルが50になって喜んでいた熟練の兵士だ。普通の兵士が普通に戦えばレベルは50が限界だ。
経験値が圧倒的に足りない。
だからこそ、俺(けいけんち)の存在が貴重なわけだ。
俺を使ってレベルを上げた男達が二人揃って橋を渡る。二人並んで走るのが一杯の幅だが、チームワークが取れているのか、詰まることなくハクハ領に流れ込んでいく。
しかも、兵士たちの後ろでは、弓を構えるサキヒデさんがいた。
少しでも隙を作れば射抜くつもりなのだ。
眼前に迫る兵士。
橋の先には弓を構える策士。
俺は、この状況なら、どう足掻いてもカラマリ領の勝利だろうと見守る。
他の兵たちがこの時、俺と同じ思いだったのか、それとも別の考えだったのか分からないが――少なくとも隣にいるクロタカさんは違うことを考えていた。
シンリは確かに強いが、勝てない戦をする男ではない。
勝つ見込みがあるからこそ、一人で現れたのだと。
シンリが迫る軍勢に対して取った行動は、静かに懐へ手を入れただけだった。
刀に手を掛けるわけでもない、何をしているのかとサキヒデさんは一瞬迷った。
その迷いが――勝負を分ける。
パァンと乾いた音が渓谷に響いた。
その音に驚いた兵士たちは、橋の中央で足を止めて何が起こったのかと辺りを見渡す。
「サキヒデ……大丈夫か!?」
ことの異常に真っ先に気付いたのはカナツ。
弓を構えていたサキヒデが、『音』と共に、唖然とした表情で天を仰いだのだ。
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間が空いたのちに、悲痛な悲鳴を上げた。
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