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三章 〈統一杯〉の亡霊

27話 愉快な主力たち

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「いやー、ここでケインが諦めていたら、カラマリ領を追放するところだったよ。両親の仇を諦める腑抜けを主力に据えるほど、私達に余裕はないからね!」

 ずかずかと俺の小屋に入る。
 アイリさんが何を言わる訳でもなく、立ち上がり、座っていた布団を広げて正座をする。そしてその膝目掛けて頭を降ろすカナツさん。
 人の布団で何してんだ、こいつら?

 このタイミングで現れたカナツさん。
 熱い言葉で仲間を励ます姿は、少年漫画を毎週欠かさず購入していた俺に突き刺さった。
それなのに次の行為がこれって……まあ、その方がカナツさんらしいけどさ。

「大将……。いいのか?」

「当たり前だ!」

 アイリさんの膝の上で、勇ましく笑う。

「でも……、俺は負けるかも知れない。そしたら――」

「その辺は心配するな。〈紫骨の亡霊〉の討伐には私も同行するからな!」

「なっ!?」

 大将自ら危険地帯に踏み込むと言うのだ。ケインと俺は驚き声を失う。だが、俺たち以上に驚いた人間は小屋の外にいた。

「なにを言っているのですか!? 〈戦柱(モノリス)〉からの指令はいつくるのか分かりません。常に戦に備えて構えてもらわなければ!」

 勢いよく部屋の中に入ってくると、寝そべるアイリさんの前で膝を着いた。
 悪徳眼鏡ことサキヒデさんだった。

「あー、サキヒデも来てたんだー。でも、なんで外にいるの……」

「はっはっは。私と同じで会話を聞いていい感じで中に入ろうとしていたんだよ。ま、美味しいところは私が貰ったから、入るに入れなかったんだろ」

 どうやら、ケインの異常に気付いていたのはアイリさんだけじゃなかった。
 皆気付いていたようだ。

 本当は、カナツさんがいるポジションに立ちたかったのだろう。ケインの仇討ちを認め、自分も同行すると言う一番の見せ場を。
 だが、自分よりも立場が上のカナツさんがいた。
 故に上の立場を優先させざるを得ない。絶好の機会を失ったサキヒデさんは、仕方なくカナツさんの暴案に乗る形で登場したわけか。

 ……。
 そう考えた俺は、失礼な発言をしてしまった。

「一人目だと格好いいけど、二人続くとなんかダサいですね」

 いや、二人共ケインを思ってやってきたのは、優しいし気遣い出来るんだなと思うけど、それとこれとは話が別だろう。
 だって、タイミング逃して外でずっと待ってたんでしょ?
 入り辛いのは分かるけど、どうしようか悩む姿を想像すると、頬が緩んでくる。
 女性二人は、そろって爆笑してるし。

「よ、夜なんだから静かにしないとマズいって、アイリ……。笑い過ぎだ」

「はははー。それを言ったら大将の方が声がでかいよー」

 サキヒデさんが怒るのではないのかと、俺は今更ながらに口を紡ぐ。俺はなんとなくダサいと言っただけで、笑ってはいない。
 だから、怒らないでねと両手を前に出す。
 五十歩百歩ではあるが。

 しかし、俺の心配は杞憂だったようで、サキヒデさんは怒りよりも恥ずかしさが勝ったようだった。

「黙ってください」

 眼鏡の位置を直して言うと、すぐに話題を切り替えた。

「私のことはいいんですよ。それよりも、大将が出ると言うのは私は納得しません!」

「えー。別に普段私が領にいたって、なにも変わらないじゃんーやることないじゃん」

「ええ。普段の大将は居てもいなくても変りませんが、私が心配しているのは戦になった時です」

「ちょっと! 言い方があるだろー! 戦以外にも私は役に立ってるよ! ねー、アイリ!」

「あ、あははははー」

「引き攣った笑みで視線を反らさないでよ!」

 まあ、俺が見てる三か月だけでも、カナツさんが仕事をしているところを見たことがない。大体、アイリさんと遊んでいるか、兵士たちに悪戯をしかけているかだ。
 むしろ、いない方が効率は上がるだろうが、効率以上に人を纏め、慕われるカリスマ性を持っている。それもまた、力であることに変わりはない。

 変わりはないのだけれど、アイリさんに「役に立っている!」と認めて貰えなかったことが、ショックだったのか、アイリさんの膝の上から頭をどける。

 寝そべったまま体を回転させたのだ。
「ゴン」と鈍い音が小屋に響いたが、赤めた額をそのままに、尺取虫のように部屋の住むに移動していった。

 フォローするなら今だよ! 感をかもし出すが、アイリさんとサキヒデさんは無言だった。

「お前ら、大将に何てこと言うんだよ! 大将はいっつも俺と遊んでくれるし、訓練してくれてるんだ。だからこそ、俺は迷惑を――」

 なんていい子なのだろう。
 ケインは本当に純粋である。〈紫骨の亡霊〉に挑むのも両親の仇を取るため。今どきこんないい子は、どこを探してもいない。
 ここが異世界だと言うことを差し引いてもいないぞ。

「ケイン……! ありがとうね」

「ありがとうじゃないですよ。結局、遊んでるだけじゃないですか」

「だけじゃないぞ! 一緒に訓練してるから、ケインの技術値は上がってるもん!」

「目に見えないからなんとでも言えますねぇ」

「この……!」

 笑われた分を取り返すように責める。
 サキヒデさんの陰湿さが強調されるからやめておいた方がいいぞ!?
 その辺の引き際をアイリさんは弁えているようだった。

「いつまでも、言い合っていたら話は進まないよー」

「そうですよ! 今は〈紫骨の亡霊〉をどうするのか、考えるべきです。互いの粗を探している場合じゃないでしょう!」

 俺はアイリさんに便乗してみた。
 おお!
 俺の言葉で、サキヒデさんが姿勢を正し、カナツさんは立ち上がってアイリさんの横に座りなおした。
 これは、気持ちいいな。

「全く……。カラマリ領は本当、俺が来て良かったですよね。土通さんあたりだったら、今頃、内部崩壊していますよ。俺に感謝してください」

 さりげなく、自分の存在価値は経験値だけじゃないとアピールするが、誰も助けを出してくれなかった。
4人が白い目で俺を睨んだ。

「この視線でも快楽を得られれば、サキヒデさんのような策士になれるのか……」

 ハードルが高いと視線に屈服する俺。

「なれませんよ。というか、リョータさんは、私のことを舐めているでしょう?」

「え、まさか、全然舐めてはいないです。ただ、からかって楽しんでるだけですよ」

「それを舐めてるっていうんですよ……。まあ、私の提案を受けて貰っているので許しますが」

 やったね、本人公認だ!
 本人公認と聞くと物真似芸人になったようだな。本人公認とか言われても、そんな影響ないだろうとテレビを見ながら思っていたが、いざ、自分が認めらえると、単純に嬉しいものだ。
 俺は眼鏡を直す動作をして、

「ありがとうございます」

 サキヒデさんにお礼を言う。

「……何故、急に私の真似を?」

「しまった。物真似で例えたから、つい……」

 ていうか、良く伝わったな。
 そっちに驚いたわ。

「ふわぁあ、なんだか眠たくなってきたよ」

 俺の物真似は本人以外には不評だったようで、アイリさんが大きな欠伸をした。
 あと1、2時間で日が昇ってくる時間。
 俺はもはや、眠いと言うより頭が痛かった。

「じゃあ、今日は休むか!」

 大将はそう言って俺の布団に潜った。
 ……俺は何処で眠ればいいのだろうか? 
 そんな大賞を置いて、皆、知らんぷりで小屋から出て行った。
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