並行世界で悪魔とゲーム

誇高悠登

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四国の〈悪魔〉

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 部屋の4面が薬品棚に囲われた一室。
 棚に並べらえた小瓶には不気味に濁り、くすんだ物もあれば、半透明に輝く鮮やかな蛍光色の物もあった。

 薬品に囲われた部屋の中心。
 天上から吊るされたスクリーンをモニターにして、作業している一人の女性がいた。
 黒の下着に白衣という艶やかな肢体を惜しげもなく晒していた。
 キーボードを使い、なにかを入力していたのだが、すぐに作業に飽きてしまったのか、回転椅子を廻して遊び始める。

 彼女の名前は上鶴(かみづる) 美紀(みき)。
 正大 継之介や黒執 我久――〈並行世界〉から来た〈プレイヤー〉に情報を与えていた女性だった。
 そんな彼女の元に1人の男が現れる。

「上鶴(かみづる) 美紀(みき)。また、敵である〈プレイヤー〉を助けたのか?」

 色の白さと無表情が合わさってどこか、死神のようにも見える。
部屋に響いた低い声に上鶴 美紀は回る椅子を止めて、「くすり」と微笑んだ。

「あら? あなたがそんなことを聞いてくるなんて以外ねぇ。まあ、どうせ――多々羅(たたら)が仕向けたんでしょうけど。全く。あいつは人を使わないと文句も言えないなんて、相変わらず器が小さいわねー」

「…………」

 上鶴 美紀の言葉を無言で聞いていた男は、自分の仕事は終えたと言わんばかりに立ち上がり、部屋から出て行こうとする。

 彼女の言う通り、多々羅(たたら)という男から言伝を頼まれていたのだった。
 立ち去ろうとする色白の男を呼び止めて上鶴 美紀が言う。

「あ、そうだ。多々羅のところに報告に戻るならさ、ちょっと伝えてくれない? 〈マスター〉からすれば、私達も駒の一つ。それを忘れないようになさいってさ。人の心配よりも自分の心配をしなさいって」

 上鶴 美紀は目の前にいる男が真面目であることを良く知っていた。例え小さな小言だろうと頼まれた仕事の完了報告はするはずだと。

「……分かった。伝えよう」

「お願いね! 〈マスター〉にとって〈悪魔〉も〈プレイヤー〉も皆、等しく駒だってことをよーく、あの馬鹿に伝えてね!」

「……ああ」

 部屋を出た男――硲(はざま) 樹(いつき)は、足を止めることなく廊下を進んでいく。

 壁面は煉瓦で組まれているのか、規則正しい模様が続いて行く。
 壁に灯された燭台の炎が揺れる。
 照らす範囲が狭いのか廊下は薄暗かった。
 廊下を進んでいくと、螺旋状に組まれた階段が現れる。
 地下へと続く階段だ。

 ここは四国に立てられた城の中――〈悪魔〉達が暮らす場所だった。

 地下へ降り、黒い絨毯に沿って真っ直ぐ進む。
 すると突き当りに闇に紛れる黒い扉が鎮座していた。
 いくつもの点と線が分岐した模様が彫られた扉を硲(はざま) 樹(いつき)は開く。

 中は廊下の不気味な薄暗さとは真逆に明るく騒がしかった。
 数十人の男女が手に杯を持って飲み騒ぐ。
 集団の一人が硲 樹の存在に気付いたのか、「お前も飲もうぜ……〈執行人〉さんよぉ」と下品な笑いと共に絡んだ。

「俺は……いい」

「たく、相変わらずノリが悪いなー」

 硲 樹は表情を崩さぬままに、人混みを掻き分けて奥に進んでいく。
 目的である場所に辿り着く前に、その後も何人かの男女に娯楽に誘われたが、どれも感情が揺れることなく拒否する。
 巨大なフロアを歩くこと数分。
 ようやく目的である男が見えてきた。
 騒いでいる集団を見下ろすようにして配置された玉座。
 そこに座り、一際大きなグラスを手に酒を飲む男がいた。
 盛上った筋肉を見せつけているのか、上半身は一糸も纏ってはいない。しかし、肩や腰、二の腕には、金で作られた装飾が付いていた。
 自身の前に現れた硲(はざま) 樹(いつき)に男は言う。

「どうだった? 上鶴の反応は?」

 彼の名は、多々羅(たたら) 業(ごう)。
 硲 樹を使って上鶴 美紀に文句を伝えるように頼んだ男だった。

「……器が小さいと言っていた。それに〈マスター〉からすれば俺達も駒に過ぎない。それを忘れるな。だそうだ」

 硲(はざま) 樹(いつき)は言葉を隠すことも飾ることもせずに、言われた通りの言葉を伝える。
 その言葉に、多々羅は手にしていたグラスを砕き、怒りを露わにする。

「俺はよぉ、わざわざ敵に塩を送る真似するなっていいたいんだよ。死にかけた相手を回復させるなんて……おかしいだろうが。こっちは〈仲間〉が何人もあいつらに殺されてるんだぜ?」

〈プレイヤー〉は集めた〈ポイント〉を使って『景品』を得ることができる。
 それ自体は〈ゲームマスター〉が決めたことではあるが、しかし、多々羅は仲間を〈ポイント〉として定められていることに納得していないようだった。

 ましてや、死にかけの敵を助け、新たな犠牲者を生んだ上鶴 美紀を許せなかった。
 そう思っているのは多々羅一人ではないようで、彼に従うように、その場にいた人間が声を上げ、地を揺らす。

 集団が一つになって吠える中、それでも硲 樹の表情が変わることはなかった。
 死んだように固まっていた。

「それは仕方がないことだ。〈マスター〉が作ったルールは絶対、俺達は従うだけだ」


「分かってるよ。でもよ、〈マスター〉様は無駄が多いんだよ。〈悪魔(おれたち)〉を人間に馴染ませて、欲を抑えるように言ったりよ。正直、我慢できないって奴の方が多いぜ?」

「だろうな。その苦しみ欲に負ける〈悪魔(おれたち)〉の姿を見るのもまた――〈マスター〉の楽しみだ」

 人間が〈悪魔〉の存在を口にすれば罰が下るように、〈プレイヤー〉が現れる前は、〈悪魔〉にも罰が与えられていた。

ゲームマスター〉は、初めに〈悪魔〉を作り、人々を襲わせた。
 だが、すぐにその遊びに飽きると、次は餌の中に〈悪魔〉を入れてどれだけ我慢できるかを楽しんだ。
 そして今――馴染んだ〈悪魔〉と自身が呼び出した〈プレイヤー〉を使って狩りを楽しむ。
 誰が最初に禁を破るのか。

「はいはい。俺達は駒だ。悪かったよ、変なことを言ってさ。また、後で上鶴には謝っておくさ。それでいいんだろ?」

「……別に謝る必要はない。分かっているならばそれでいい」

「流石は〈マスター〉に信頼されている〈執行人〉だ。流石だねぇ」

 硲 樹は〈執行人〉として欲に負けた〈悪魔〉を処刑していた。
 故に仲間殺しと(悪魔)内でも嫌味言われることが多いが、どれだけ文句を言われ唾を吐かれようとも感情に変化はない。
 ただ、言われたことをこなすだけ。

「俺は〈マスター〉の命令に従っただけだ。命令に背いた〈悪魔〉が悪い」

 それ以外でもそれ以下でもないと硲 樹は言う。
 これで自分の仕事は終わりだと考えたのか、別れの言葉もなく騒ぎ乱れる部屋から出て行った。
 多々羅もまた、その背を止めることはない。
 黒扉を開き外に出た硲 樹。
 螺旋階段を登りながら一人呟く。

「次に俺はなにをすればいい?」

 感情の篭らぬ瞳で硲 樹は次に自分に下される命令を待つのだった。
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