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第一部:第5章(グーサノイドとある屋敷)
24.イーニッド・シアラー
しおりを挟む「はい、私の勝ち」
トランプを投げ出し、奇跡のごとき並びを見せつける。相手の手札も確認せず、山盛りの菓子皿を引き寄せた。相手は顔を真っ赤にして、わなわなと震えている。やがて、カードを投げ捨てて、断罪するがごとく、人差し指を突きつけた。寸暇も置かず、激した糾弾が続く。
「お前はイカサマをしてはいない!」
「普通はしないでしょう」
この人変だよ、そうだな、と囁き合うのは、総取りした菓子をむさぼる、クロエとポーだ。未だ興奮に煽られ肩で息をしているのは、20代後半と思しき長身の女性である。めりはりのある引き締まった肢体を備えた美女なのだが、すっかり腰が引けているのが情けない。今しも、追いつめられた猫のように、身を低くしてクロエを睨んでいる。
「…イカサマをしていない人間が、あらゆるゲームで常に最高の手札に恵まれるのはなぜだ」
「まあ、こういうのはね。次はチェスでもやる? あれなら何にも起こらないよ」
「今まで何が起こっていたんだ!?」その叫びを一顧だにせず、悠然としている二人を、恐ろしそうに見やる。「だいたいお前たち、分かっているのか? 誘拐されているんだぞ…?」
「あなたこそ分かってるの? 誘拐されてあげてるんだよ?」
絞められたような声がもれた。「…聞いたことのない響きで反応に困るんだが、確かにその通りだな…」
「物分かりが良いってすごく良いことだと思う。ところで名前は?」
女性は物憂くうなった。この魅惑的な人物こそが、クロエを誘拐させてもらった、天井裏の不審者だ。公平を期するなら、脅迫によって誘拐をさせられた哀れな犠牲者、とみるべきかもしれない。
だが、もともと誘拐狙い、という推測は間違っていなかったのだろう。その証拠に、いざ実行してみれば、しっかりと手はずが整えられており、手際よく軟禁と相成った。ただしこれは、クロエを閉じ込めておくことなど不可能だと、双方ともに承知した上での軟禁だ。力ずくでの初対面も記憶に新しい中、どうして主導権を握れよう。
せめてもの抵抗で口をつぐむ女性に、クロエは一人納得顔だ。
「名前はどうあれ、どこからどう見ても『お姉さま』だよね。よし、今からあなたをお姉さまと呼ぼう」
「なぜその呼び名を!?」驚愕のあまり、恐怖が一層深まった。
「やっぱりね。考えることはみな同じ…どう見てもお姉さまだもん」
「イーニッドだ! イーニッド・シアラー!」
飛び上がって名乗るが、もはや手遅だ。クロエはクッキーで家を建て、ポーに叱られている。全く取り合ってもらえず、イーニッドは頭を掻きむしる。誘拐以来ずっとこの調子なので、さすがにくたびれた様子だ。クロエは不思議そうに瞬いた。
「お姉さまはなんでこの仕事してるの? お金が欲しいだけなら、色でも売れば十分なんじゃない?」
「子どもがなんてことを言うんだ…」
「失礼な。子どもじゃないよ。…まあいいけど。それにしてもさ。その容姿で裏仕事してるなら、そういう方法も使うんでしょう? なら、それだけで良いじゃん。日陰者の上に特殊な訓練が必要な技能職で、失敗すれば地獄に直結の可能性あり…わざわざそんな仕事を選ぶって、物好きにも程があるよ」
「…身も蓋もないが、的は射ているな」
「射るといえば、街中で暗殺ごっこしてたのもお姉さまだよね?」
「暗殺ごっこ…」表情筋をわななかせ、頭を抱える。「言い訳にはなるが、突然あの変な弓を渡されて、さあ使えと言われれば誰だって困るだろう…」
「何それ。そういう命令なの?」
「主は今、魔道具な気分らしいな」
「…せめて主人を変えた方が良いんじゃない?」
腕を組む。苦笑に似た、優しい諦めのにじむ、妙な顔をした。
「一応、あんなでも、拾ってもらった恩があるからな」
「恩の返し方が捨て身すぎるよ」
「他に返せるものがなければ仕方ないだろう」
イーニッドは頭をかき、それからふんっと鼻を鳴らした。
「お前たちの奇天烈に付き合うのはこりごりだ。いい加減、人間らしく、静かに話でもするのはどうだ?」
「話ならさっきからしてるじゃん」
「お前、オレが人間に見えるのか?」
凛々しい相貌に絶望が過ぎるのを見て、ポーはクロエを叩いて顎をしゃくった。クロエは不満そうにしたが、ふと思いついて気を変える。
「じゃあ、何があって拾われることになったの?」
まともな質問を投げられ、ぱっと嬉しそうにして身を乗り出す。
「そうだな。まず十歳の時に、強盗に両親を殺されてな。といっても、私には何がどうなったのか分からないのだが…真夜中に、母に抱き起されてな。気が付いたら、その母は血まみれで死んでいた。近くにいた父を揺さぶると、内臓が見えていた。私は怖くなって逃げ出した。しばらくして戻ってみたんだが、誰も取り合ってくれなくてな。そのうち知らない奴らが住み始め、私は帰る家を失った。最初のうちは草や木の実を食べて凌いだんだが、人間とはたくましいもので、そのうち残飯を漁ったり、商品を失敬するようになって――」
「ごめん。悲惨すぎて聞いてられないから、その辺り割愛してもらってもいい?」
ポーは嗚咽をもらし、テーブルカバーで顔を押さえていた。
「そうか? まあいいが。――とにかく、六年ほどそうやって暮らしていた。その頃はちょうど、先王の頭がイカれ始めた時期でな。治安は日増しに悪くなった。生き延びる限界を感じて、最後の賭けに出ることにした。金持ちの愛人になろうと思ったんだ。それで、出来る限りの上等な身なりをして――今思えば薄汚いものだが、とにかく精一杯の準備をして、貴族街を歩き回った。だが、」
言いかけて忍び笑いをする彼女は、本当に、心底面白がっているようだ。
「貴族様が道端をほっつき歩く訳もない。そんなこともわからんかったんだ。――暑い日だった。日よけも何もない、広くて長い道を、腹をすかして行ったり来たりして…情けないことに、気絶したらしい。幸か不幸か、それがちょうど、主の屋敷の門前だった。あいつは、愛人よりも手駒は欲しがっていた。衣食住を恵んでくれるなら、どっちでも構いはしないさ。死に物狂いで自薦して、今に至る」
「おお…」
「なんだ?」
「いや。重い話に戸惑ってるのもあるんだけど…昔の話をしてくれる人、この国に来て初めて会ったなって」
皮肉な笑いに半顔を歪め、乱暴に背を投げる。「まあ、そうだろうな。わざわざ話したいようなことでもない。真っ当な生活をしてる人間は、かつて自分がそうではなかったなどと、考えたくはないものだ」
「お姉さまは違うの?」
「私のどこが真っ当なんだ」と気味悪そうにする。「…まあでも、少なくとも、腹を空かせることはなくなったな。あの頃はいつも飢えていて、まともな食事など、ノア様の炊き出しでしか食べたことがなかった」
「炊き出し…? いや、当時ノア君いくつなの」
「いくつだったのか…完全に子どもだったぞ。…というか、幼児だな」
状況が分からず、訝しく腕を組む。誰か別の人物が炊き出しを行い、箔付けの為にノアを担ぎ出したということか。それにしても、治安の乱れた街中に、幼い王子を放り込んだりするものだろうか。
考えても分かるはずがない。
「そんな健気な恩人に向かって、よく暗殺なんて試みるね」
「殺す気なんてあるわけないだろう。そもそも、殺せるわけがあるか。ノア様だぞ」
「ノア様だぞと言われても…」
イーニッドをむっとして、姿勢を正し、ここまでで最も真面目な態度になった。声音は咎めるようで、低く、重く、言葉を捧げ持つようだ。
「当時の街は、本当に無茶苦茶だったんだ。ノア様は助けようとしてくれた。いつも真剣だった。私たちのことを本気で考えてくれたのは、ノア様だけだった。…でも、荒れている原因がノア様の父親だったから…いくら施しをもらっても、納得できない者はいた。――いや、誰も…心の底からは納得なんて出来てなかったのかもしれない。ただ、諦めていただけで」
深く、息を吸う。
「石を投げられるくらいなら、可愛いものだった。私が見ていただけでも、ぞっとする瞬間は何度もあった。私の『ごっこ』どころではない。あの方は、完全に殺意にまみれた、絶望した狂人どもに、始終囲まれていたんだ」
つられて、クロエも背を伸ばした。そうしながらも、飽いたような心持ちで、続く言葉を待っていた。
それでも生き延びたノア様を、害したりなどできるものか――そういう予定調和が語られるのだと、疑問の余地なく確信していた。だが、
「ノア様は、あらゆる困難、あらゆる妨害を、自ら返り討ちにして生き延びられたお方だぞ。私が少々凶器を向けたくらいで、傷ひとつ負わせられるはずがないだろう」
まっすぐに見つめるイーニッドの言葉に、驚愕することになる。
クロエは、人生で初めて、言葉を失うという体験をした。
その、実に興味深い体験を、仔細に検分したいところではあったが、うまく物を考えられなかった。これは、頭が真っ白になるという二つめの初体験を併発していたせいなのだが…クロエの理解の及ぶところではなかった。
長い沈黙ののち、思い切って深呼吸をした。
「…ポー、意味わかった?」
「…そんな質問をしてくるってことは、俺の聞き間違いじゃないんだな」
イーニッドには、二人の困惑が何に根ざすものなのか分からない。怪訝そうに、事実を告げる。
「バルティルス家は、初代様の龍退治以来、一貫して剣の一族だ。ノア様も、立ち上がった次には剣を持たされているはずだぞ。その上、幼い時から神童の呼び声も高かったノア様だ。子どもだったとはいえ、素人相手に後れなど取るものか」
「…まだ知り合って一日だからよくわからないんだけど、もしかしてお姉さま流の冗談なの?」
「何が冗談なんだ?」
「いや…」自分でも何を言うべきか分からず、「…いくら軍人の家系だからって、子どもが大人に勝てるもの?」
明確に、お前が言うなという色が見えたが、口には出されなかった。
「…さすがに普通ではないが、ノア様だからな。噂では、十人に囲まれても互いに無傷で制圧し、刺されてもけろりとしていたとか…いや、さすがにそれは冗談だと思うが。だとしても、ノア様は――」
ここまで何の気負いもなく話していたイーニッドが、戸惑うように口を閉ざした。続けようと試みるが…結局、悪態をついて目をそらすことになる。
「…私も、人のことは言えないな」重ねる悪態は、己に発破をかけるためだ。「…街のやつらが話さないのは、過去を捨てたからじゃない。捨てたくても、捨てられないからだ。怖いんだよ。目を背けても逃れられないものを、わざわざ直視するのが。それを言葉にするなんて、正気ではとてもできない」
問い詰めたりはしなかった。ただ、興味深そうに、あるいは、なんの興味もなさそうに、空っぽのカップを覗いていた。
「お姉さまにとって、ノア君は良い王様なの?」
「…とんでもないことを聞くな」
誰もいないことなど知っているだろうに、あたりを確かめている。
それが済んでしまうと、観念して、重い息をはいた。
「…私は、ノア様に感謝をしている。みんなそうだろう。だから結局、ノア様は愛されてもいる。…お前、特殊騎士団のジャック・フラヴィニーともめていただろう?」
「絡まれたんだよ…」
「あいつも、ノア様に助けられた口だ。養えもしない孤児を拾って進退窮まっていたのを、騎士団として丸ごと召し抱えてもらったんだ。ノア様は、間違いなく、神さまのようなお方だよ。…でも」深く深く、息をついた。「私は、ノア様が怖い。なぜ怖いのか、聞かないでほしい。言葉にするためには、探らなければならない。探るために向き合うことが、怖いんだ」
その恐怖を一切否定する者は、過剰なほどの好意を示す。
その恐怖から逃れ得ない者は、感謝の念との間で窒息する。
「ノア様は、絶対的に王者だ。それが良いか悪いかなんてこと、私なんかに分かるものか」
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