クロエ・モーリアの非日常

千川あおい

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第一部:第5章(グーサノイドとある屋敷)

23.魔道具

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 魔術師のマント。

 それは、魔術協会から与えられる、職業魔術師としての認定証のようなものだ。
 協会は魔術師としての適性を持つものを記録し、才能に恵まれた者に教育を施す。マントは一定水準の技能を身に付けた証であり、首元を飾る葉の刺繍によって階級が示される。左の襟を五葉で飾り、右の襟に色を持つ者を、高位魔術師と呼ぶ。

 一方で、十分な実力を持ちながらも、その例外となる者たちがいる。たとえば、協会に統制されること、または「魔術師」として活動することを拒否した者。加えて、特別な職責を持つ者、爵位を持つ者、王位継承権を持つ者などは、そもそも「魔術師」となることを認められない。魔術行使を禁じられているわけではないが、推奨されてもいない。精霊石の販売を独占する協会が、非魔術師に対して盛大な売り渋りをするあたりに、協会の心情が垣間見える。

 魔術師として登録される最低年齢は十二歳――それから五年の間、マントを身にまとってきたクロエにとって、軽い肩は解放よりも頼りなさを感じさせた。
 サティリスの王城に置き去りにしたものは、状況を考えれば触れずに捨て置くのが良さそうだ。そう考え再支給を申請したのだが…破損分との交換という原則に対し、灰を送り付けたニコがごり押しをしたことを、クロエは知らない。

 何はともあれ、先日ついにマントが届いた。慣れた重みには安心感がある。そういえば自分は魔術師だったと実感する。
 ノアとアランへの魔術講義にも、普段より機嫌よく臨めようというものだ。

「で、コレは?」

 アランはクロエが取り出す品々を、珍しそうに摘まみ上げた。その隣では、ごつごつとした膨らみで伸びに伸びた巾着が、力づくでひっくり返されている。これで三袋目だ。

「今日は魔道具の話をしようと思って。部屋にいっぱいあったから、張り切って集めてきたよ」
「どこかで購入したんですか?」

 雪崩つつ降り積もる機材の山を、ノアは不思議そうに眺める。魔道具の販売は厳しく制限されている。通常の流通には乗らないし、ノアの把握する内に例外はない。――正規のルートには、という注釈が付くが。
 身一つでグーサノイドにやってきたクロエの、私物ということはないだろうし、王都の外へ出かけたとも聞いていない。魔道具という役割を超えて、存在そのものが度し難い。
 だがクロエは、あっけらかんと、

「違う違う、こっそり仕掛けてあるんだよ」

 ソファで丸まったポーがあくびをしている。アランは特に変化もなく、時を止めているノアをちらと見やった。

「それ、どんな効果がアルの?」
「さあ。正式に流通してるものは分かるけど、ほとんどそうじゃないから…使ってみないとわかんないね。ちなみに、潜りの職人による魔道具は、ごくたまに存在する奇跡以外、ほぼ不発、ごくごくたまに暴発。これ買い集めた人、ひと財産ドブに捨ててるね」
 はっと息を吹き返した。「危険なものじゃないですか! なんでそんなものがクロエさんの部屋に!?」

 それには答えず、代わりに用途のわかる品を手に取った。手の平に収まるほどの、長方形の金属塊だ。その中心に、精霊石が埋め込まれている。人間ならば、石の奥に魔法陣を見るかもしれない。

「通称『魔術師殺し』。魔術を無効化するための魔法具」

 ポーが顔をゆがめた。獣の危うさと、人間の理知が交じり合い、気味の悪い均衡を得る。

「魔術師の部屋に『魔術師殺し』とは、随分とあからさまだな」
「ころっ…て、へ!? クロエさん、無事ですか!!」
「無事じゃないように見える?」
「え?」と怯むが、両手を握って果敢に繰り返した。「僕には元気そうに見えますが、心配です。本当にご無事なんですね? 実は体調が悪いのに隠していらっしゃるとか…」
「大丈夫だよ。『魔術師殺し』って言っても、直接害があるわけじゃない。魔術を封じるだけの道具」
「なら、良いのでしょう…か?」
「まあ戦闘で使われたらざっくりいかれるんだけど」ひええっと身を抱くノアを無視して、魔道具を掲げて見せる。「普通ならね」

 軽い音を立てて、精霊石が砕け散る。焼き菓子でもつぶしたように、ぽろぽろとこぼれ、雑多な机上に紛れ込んだ。

「全然効かないから、これだけ数が増えたんだと思う」
「…クロエさんが無事なのは、よくわかりました」
「心配なんテするだけ損だね!」

 愉快そうに笑うアランを、頭が痛そうに一瞥し、ノアはうなだれる。そこへポーが追撃をしかける。

「お前が犯人だったりして」

 ひゅっと音を立てて息を飲み、蒼白になって震え始めた。クロエはなるほどとうなずく。

「実に怪しい反応だね。やましいことがありそう」
「何せ誘拐の前科があるしな」
「王城内にこれだけ不審物を持ち込んでルんだから、内部にツテがあるのは確実だね」
「アラン君が実行犯という可能性は」
「こいつも前科持ちだからな」
「悲しイことに、国王の勅令には逆らえない立場なのさ…」
「なんでそんなことを言うんですか!」
「仲間割れ?」
「違います! 精霊様に誓います! 誓いの証にこの身を捧げることも厭いません! 違うんですよ…」
 腕に縋りついて、力なくへたり込んでしまったのを見下ろし「…このくらいにしといテあげて」

 あまりの過剰反応に、二人も気圧され気味で同意した。
 その間にも、ノアの涙は見事な織りの絨毯をぬらしている。

「冗談だよ、落ち着いてノア君」

 クロエが茶菓子をねじ込むと、途端に静かになっていそいそと咀嚼し始めた。反射的にからかいかけるアランだが、話が進まないので一旦自重する。

「それデ、ここまでたまるほど見逃してた魔道具を、今さら総ざらいシて持ってきたのはなんでなの?」
「魔道具を紹介しようと思ったのも本当だけど…ポーが一回聞いとけっていうから」

 二対の視線を受け、子狐はうんざりとため息をつく。前足を重ね、首筋を伸ばし、おいと国王を呼びつけた。国王は悲しそうな顔を、机のふちから覗かせて応じる。

「クロエが破壊したようなまともな魔道具…これを一抱え用意できたとして、井戸の中に沈めたら、どうなるかわかるか?」
 かすかに表情が抜けたが、常と変わらぬ声音が答える。「魔力中毒が、起こるのでしょうね」

「経験として知るってわけだな。…『精霊の木箱』とやらで、お前は、この件については片が付いていると明言した。ところで俺には、この国に魔術関連の事件を起こすやつが、そう何人もいるとは思えない」
 鼻で笑って見せる。
「見てわかるように、こんな小細工はクロエにとっちゃいたずら未満だ。ついでに言えば、お前の国の内情になんざ興味はない。――それでも聞いとけと言うのは、どう見てもクロエが標的になっているのと、一応お前には世話になっているからだ。はっきり言え。クロエがいることで、なんか不都合があるのか?」

「まさか! クロエさんがいて不都合なんて、とんでもありません!」と力強く宣言しているが、これほど説得力がない人間も珍しい。
「アラン君…」

 アランは面白そうにくすくすと笑い、ノアを椅子へと促していた。
 つと目を細め、クロエに対する。

「イヤ、実際、迷惑なんてことハないよ。むしろ末永く居ついてほしいものだね! …だからさ、そんな胡散臭そうニ見ないでよ。ノア君は別に、嘘をついテるわけじゃないからね。自分にとっての事実を話してるってダケ。だってこんなのは、ノア君にとって日常にすぎないから」
「日常…?」
「そう、ノア・バルティルス陛下の日常」アランの笑みが深くなる。「ボクらにとっテの、大いなる非日常」
「あの…」と心細そうな声。「こういうものが仕掛けられるというのは、普通ではないことなのでしょうか?」

 クロエはまじまじと相手を見たが、なんの企みもない無防備な顔があるだけだった。端からそうとは知っていたが、改めて確かめると変にたじろいでしまう。クロエは天を仰いだ。

「…なんとなく、アラン君が言いたいことが分かるよ」
 


「魔術を封じようとしたってことは、私を無力化したいってことで、どう考えても友好的な意図ではないよね」

 部屋へともどる道中だ。懐にポーを抱えて、そんな独り言をいう。覇気のない口ぶりで、あからさまな退屈まぎれだった。城というのはむやみに広いのである。
 ポーも似たような気のなさで応じた。

「とはいえ、本気で害そうって感じでもないな。あれだけ自由に部屋に侵入できるんだ。やる気があるなら、一度くらい実力行使に出てるだろう」
「死傷させる気はないけど、無力化はしたいと。生ぬるいね」
「…それはつまり、誘拐目的なんじゃないか?」

 はたと足を止める。顔を見合わせる。少し遠くを見やり、堪えきれずに吹き出した。腹を抱えるほどに、笑い崩れた。

「この国の人はよくよく誘拐好きだね! 面白いじゃん。乗ってあげるのも悪くないね!」
 ポーはうっすらと涙を浮かべ、満足気に目頭を押さえた。「クロエが他人にそこまでの関心を持つなんて…俺は嬉しいよ…」ドンと胸を叩く。「よし分かった。何があっても俺が後始末をつけてやる。やりたいようにしやがれ!」

 言われなくてもそのつもりのクロエは、楽しそうに、軽やかに、自室を目指す。少々乱暴に扉を扱い、夕食は不要だと伝えメイドを下がらせた。一片の迷いもなく部屋の一角に進み、天井を見上げる。

「ねえ、誰か知らないけどそこの人。あんまり毎日いるから、なんだか親しみが沸いてきちゃった。そろそろ挨拶したいから降りてきてよ」

 反応はなかったが、クロエは自分の判断を全く疑わなかった。ポーも当然の顔をして、同じ場所を眺めている。

「部屋まで押しかけておいてだんまりとは、積極的なのか内気なのかわからんやつだな」
「タイミングが分からなくなっちゃったのかもよ。多少強引な方が壁が壊れていいかもしれない」

 クロエが何かをつぶやくと、ひび割れるような不吉な音が返った。細かな振動に、息をひそめる。一瞬。――女性が一人、落ちてきた。

「…確かに、壁は壊れたな」修理にいくらかかるんだよ、と暗い洞から目を背ける。

「ご希望は誘拐で間違いない?」

 小首をかしげて尋ねるクロエに、女性はすっかり怯え顔だ。それでも、うつぶせの身を持ち上げ、逃げ延びようと筋肉をしならせる。
 が、その背は無情に踏みつけられ、高らかな宣告を聞くことになる。

「観念しておとなしく誘拐しなさい!」
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