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第一部:第4章(グーサノイド城内)
22.あと始末
しおりを挟む「うわっなんですかこれ」
華やかさこそないが、瀟洒な造りが際立つ、王城内の一室。目を疑うことに、その中央を飾るのは、えぐれた地面と、がれきの小山だった。傍らには、床で伸びる大男と、無感動に見下ろす少女が見える。
異様な空間は、円形の障壁に囲まれていた。その壁をつつき、途方に暮れているのは国王陛下だ。隣に立つアランは、ただ面白そうに笑うばかり。居合わせた者たちは、死んだふりでもするように凍り付いている。
混沌にも程がある惨状に、一筋の光明を差し掛けたのが、先ほどの一声だった。ぎこちなくも身じろぎし始める人々…彼らが振り返った先には、ほっそりとした、冷たく端正な顔立ちの若い男がいた。何やら包みを抱えている。
彼は平静を取り繕おうとしていたが、ほどなく諦め、うんざりとため息をついた。
「これだからモーリア家は…」
「あれ、ニコ君だ。こんなところで何してるの?」
不運なる魔術師協会職員ニコ・キヴィサロは、本能的に逃げようとしたが、クロエは障壁をぺいとはたいてあっという間にやってくる。
「…クロエさん」
「なに?」
「協会の規範に『魔術師の地位向上の為、暴力性・残虐性の著しい魔術を一般人の目に晒さぬこと』っていうのがありませんでしたか?」
「あるね」
「…指導階級のくせに率先して破りやがらないでくださいよ」
クロエはきょとんと瞬いて、残骸とニコを見比べ、怯える一同に目を止めた。
「著しいかな?」
「…私と規範解釈について話し合いたい訳じゃないでしょう?」
「まさかニコ君に魔術師としての在り方を非難されるとは」
「私の方がびっくりですよ」
少し考えて、クロエは大きな声で宣言した。「一同よく聞くように。魔術って、そんなに怖いものじゃないからね」引き攣った反応しか返らないので、確かに深刻だと眉をひそめる。「これは良くないね。ニコ君なんとかしてよ」
「…なんで私が」
「上司命令…?」
「なんて横暴な」
そうは言いつつ、拒否もしないのだから律儀である。
気は進まぬようだが、指輪を取り出す。それがニコの使う精霊石なのだろう。それから、卒のない礼をとった。
「お楽しみのところへの不躾、どうかご容赦くださいますように。私は、魔術師協会のグーサノイド支部所属ニコ・キヴィサロと申します。僭越ながら、私からお詫びの芸をご披露いたします」
場は静まり返っていた。巻き込まれた者たちにとって、第三者の乱入は神の恩寵さながらだった。それで十分なのだ。もう魔術は勘弁してくれというのが、まぎれもない総意である。ニコは元より、色よい返事など求めていなかった。さっさと済ませてしまおうと、口早に詠唱し始める。
「《精霊様にお願い申し上げます。――》」
やわらかい風が吹いて、甘い香りが立ち上った。どこからか花弁が降ってくる。風が行き過ぎるたび、その色を、濃淡を、移ろわせる。
爆撃を予期した人々は、呆けて宙を見上げている。中には涙を浮かべ、感謝を捧げる者までいた。誰かが手を伸ばすと、つられたように皆が真似した。指に触った花弁は、くるくると軌跡を描いて消える。
「ニコ君、やるじゃん。宴会芸の達人。第八位魔術師って聞いてたけど…協会相手には出し惜しみしてるの? それとも何かやらかした?」
「どっちもです。この手の魔術はウケが良いので、商売事で交渉する際に…」咳払いを一つ。「そうではなくて。クロエさんが申請した新しいマントが届いたので、お届けに来たんです。魔術師協会からクロエさんに会いに来たとお伝えしたら、縋りつかれてここに連れてこられました」
「初登城だからね。陛下に挨拶してほしかったんじゃない?」と白々しく答えれば、ニコは大きなため息をつく。
「…お取込みのようなので出直します。クロエさんが本気で言ってるのなら…まあ、従うかもしれません」
従順な言葉を残し、ニコはさっさと退散した。
「あの不思議な歌はなんだったんですか?」
「ついに聞いてきたね。あれから三日も触れないから、てっきり興味がないのかと思ったよ」
ノアとクロエは、草地に座り込んでいた。小高い丘になっており、やや離れた地点にいる騎士たちを見下ろす形になる。時折大爆発が起こって阿鼻叫喚の相を呈しているが、熱も風も、ここまでは届かない。奇抜な人形劇でも見ているようだ。なんといっても、現実離れしている。悪の帝王のように高笑いする子狐が、騎士たちを撃破して喜んでいるのだ。
「そんなことはありません! とても気になっていたのですが、いくら魔術に疎いとはいっても、クロエさんがなさったことはむちゃく――いえ、特別なことだと分かりますので、気軽に尋ねていいものかと躊躇したんです」
「隠したいなら見せないよ…ああ」
言って、思い出す。以前『精霊の木箱』で、働き手であるアンナに、ノアや街について尋ねたことがあった。やんわり拒絶する彼女に謝罪すると、似たようなことを言っていた。――踏み込まれたくないのなら、こんなにあからさまな牽制はしない。
なるほど、こういう気持ちだったのかと得心する。
思考が脇道入りしているクロエをどう見たのか、ノアは曖昧に微笑した。
「魔術を教えることに義務を感じているのかもしれませんが、何も秘儀秘法を教えろというのではありません。ご存じかと思いますが、お恥ずかしいほどに無知な素人ばかりの国ですので、初歩的なことのみでも構わないんです」
「…ノア君もアラン君もジャッ君も、素人というには無理があるんだけれど…それが分からないんだから、無知の方は否定できないね」
情けない顔をするノアに構わず、
「質問に戻ろうか。あれがなんだったのかと言えば、ノア君が言ったように子守歌で間違いないね。むしろ私の方が、ああそうかって納得した。だから私も、三日前からはあれのことを子守歌って呼んでる」
「え!? なんでそんなことに…? それはあんまり恐れ多いので…」
「そっか。それで、本質的に何なのかって話をすると、あれは精霊言語だよ」
一呼吸詰まったが、諦めの息をつく。「アランには聞こえていなかったようです。なぜでしょう」
「私に言わせれば、ノア君は聞こえるのですか。なぜでしょう、だよ」
「…でも、クロエさんは、私には聞こえると分かっているようでした」
「うん」
「なぜです」
「ノア君さ、治癒魔術の時に精霊言語で詠唱してるよね」
「…はい? それはもちろん」
「あれ、誰にも聞こえてないって気付いてる?」きょとんとした顔を見て、やれやれと首を振る。「聞こえてないの。それとほぼ同じものだから。たぶん、ノア君には聞こえるんじゃないかって思ったんだよ」
意味するところを図りかねる中、景気の良い爆発が轟いて、生暖かい風を感じた。さすがに驚いて、独り言のようにつぶやく。「ポーさんは随分楽しそうですね」
「『三日月の狂獣』だって。最初は嫌がってたのにね」クロエもおかしそうに答える。
先日の歓迎パーティーで、クロエに喧嘩を売った大男――ジャック・フラヴィニー特殊騎士団団長は、身体的な負傷と、それ以上の精神的な衝撃により、丸一日寝込んでしまった。周囲の見解は、廃人になるもやむなしで一致していたとか。しかし、大方の予想を裏切り、目覚めたジャックは、寝間着のまま王城を駆け抜けるほどに活力旺盛だった。それどころか、クロエを探し当て、初めてカブトムシを捕まえた男児のような目をして、こだまするほどに叫んだのである。
『師匠、弟子になりました!』
何事にも動じないと評判のクロエ・モーリアが、食べかけのクッキーを落とした話を、ポーは事あるごとに繰り返す。
「本当に、ジャックがご迷惑をおかけします。聞き飽きたかもしれませんが、彼に悪気はなくて、とてもまっすぐな人なんです。…ただ、少しだけ、強さに拘るところがありまして…彼自身、相当な実力者なので、まともに相手をできる人もあまりおらず…完膚なきまでにやり込められて、すっかり舞い上がってしまったんです。とにかく、ジャックを受け入れてくださって、ありがとうございます」
「いや、受け入れた覚えはないんだけど…」
興奮したジャックは、例によって言葉が通じなかった。彼の中で、自分がクロエの弟子であることは、太陽が光るのと同等のレベルで絶対真理と化していた。手に負えない事態から逃れるため、クロエはポーを犠牲に供した。
『弟子だからと言って、私が手ずから指導するとは思わないように。――ところで、この手の中でもがき苦しむ子狐は…子狐は…私の…えーと、そう、一番弟子。一番弟子で…最強最悪の戦士、三日月の狂獣と呼ばれて恐れられる大戦士だよ。まずはこの兄弟子から指導を受けるように』
やけくそな出まかせだったが、どういう具合か、ジャックの心には響いたらしい。雄たけびを上げてポーを連行し、気が付けば連日この有様である。すげえすげえと口々に褒められ、ポーも満更ではない。『五体満足』というノアとの固い約束の下、限界線を綱渡りして遊んでいた。
「聞いて良いのか分からないですし…まずいことなら答えないで結構なのですが、ポーさんが使っているのは魔術ですよね…?」
「魔術と同じものではあるね」
「しゃべる動物がいて、魔術を使うというのは、ほかの国ではよくあることなのでしょうか」
ふっと笑みを見せる。「それはずるい聞き方だね。答えたら言葉が答え。答えなけば沈黙が答えってだけだもんね?」さて、と腰を上げる。「今日の魔術の講義は終わり。次はアラン君も参加するように言っといて」
クロエはポーを迎えるため、激戦地に向かっていった。取り残されたノアは、微笑みかけられたままに、時を止めている。
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