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 第六話 俺たちはまだ前哨戦を生き延びたに過ぎない! 本当の戦いはこれからだ!

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 戦況は。完全に人類側有利に傾いた。

 残った飛行狒々共は、これ以上の突撃は無意味と感じたのか、転身してハイブ建設が確認された方向へと逃げ出した。

 俺たちは残った900にも及ぶ飛行狒々共を、追撃によって300まで減らしたが、そこまでだった。

 「…やった?」

 「俺たち…勝ったのか?」

 「ああ。勝った。よく生き延びたなルーキー!」

 俺は新人ルーキー君たちの疑問に、そう明確に応え、褒め称えてやった。

 そう。前哨戦は俺たちの勝利で幕を閉じたのだ。
 
 「やったあああっ!」

 「初陣で生き延びたぞー! これでもうチェリーなんて言わせねぇぞー!!!」

 「誰も言ってないぞ、被害妄想が酷いぞグランド04!」

 「ほっといとくれ! とにかく俺はもうチェリーじゃなーい!」

 「ははは、なんだそりゃっ。まあ、目出度いから良いか!」

 「教官…いえ、隊長、あなたとストーム07が俺たちにあれだけ投資してくれたから生き残れました! ありがとうございました!」

 [こちらアイアン01、本当にその通りです。感謝します、隊長!]

 [こちらアイアン02、同じく感謝します]

 [こちら補給部隊、輜重兵のグランド07です。隊長、みんな、良く戦ってくれました。どうやら生きて投資して貰った百億クレジットを返済できそうです]

 「ああ。まあ、こちらも生き残るために必要だと思ったから投資したんだが、やはり、返してくれるものなら返して欲しいな。宜しく頼む!」

 「はい!」

 「任せてください! そのくらいの金額、すぐに稼いで見せます!」

 「ああ! やってみせますよ、隊長!」

 「任せて下さい!」

 「期待に応えます!」

 [そんな恩知らずの気はありませんから!]

 [同じく!]

 [預かった武器弾薬は無駄にはしません!]
 
 「はは。頼むぞみんな。それはそうと、今はドローン衛生兵に見て貰って体調を維持しておけ。次も生き残るためにな。俺はストーム07と前線司令部に赴き、次のブリーフィングに行ってくる。グランド02、それまでの中隊の指揮は任せる。復唱!」

 「了解しました! グランド02、グランド01の、いえ、隊長の帰還まで中隊を預かります!」

 「うむ、よろしい。頼む」

 こうして、俺はお嬢ちゃんと合流し、前進してくる本部中隊へと向かった。聞けば、お嬢ちゃんたちも初陣で全員生き残ったことを共に歓び、飛行猟兵たちの指揮も良好とのことだった。何よりである。
 なお、道中二人きりと俺たちもまた、互いにしか向けない笑顔となり、共に生き残ったことを喜んだ。僅かな時間であったが、俺たちは幸せな二人だけの時間を過ごした。


 ◇ ◇ ◇


 「第000335中隊、グランド01だ。入室、失礼する!」

 「同じく、ストーム07、入室します!」

 「来たか、君たち」

 「あんたは…」

 「トラファルガー卿? なぜここに?」

 俺たちが本部中隊、作戦指令室に到着すると、すでにギルドの重役、ジム・トラファルガーが本部中隊へと到着しており、俺たちを作戦指令室で待ち構えていた。

 フランクに、なぜトラファルガーが居るのかの疑問を口に出した俺だったが、後に付いてやってきたお嬢ちゃんと共に、並んで敬礼する。
 戦友と司令官に対する、最低限のマナーだ。
 司令官、トラファルガーも同様に、俺とお嬢ちゃんに敬礼を返す。

 「私は仕事が早くてね。それはさて置き、御苦労だったな二人とも。私が君たちへ渡した投資分は、結果的に正しい判断だった。私も本社で鼻が高い。お礼に何か望みがあれば聞かせてもらうよ?」

 「ありがたい話だな。だったら、これからのハイブに対する本部の対応を聞かせてくれ。包み隠さずにな」

 「ほう。君も私と同じで仕事熱心だなグランド01」

 「当然だ。何事も命あっての物種だ。それには正確な情報が必要だ。それの把握だけは、何にも増して疎かにはできん。そうだろうトラファルガーさんよ?」

 「確かにその通りだ。今も昔も、それが戦争に係わるビジネスマンの基本精神だ。続けたまえ」

 俺の言動に満足したのか、我が意を得たりと同意するトラファルガーだった。俺は、主張に同意してくれたトラファルガーを相手に話を続ける。

 「緒戦はこちら側の素早い行動で、混成兵団となった異形共の相手はしないで済んだ。だが、問題はこれからだ。後方に狙撃用の連中が配置させると厄介極まりない。あんたらは、敵の陣容が揃う前にハイブへの速攻に出ないのか? その方が優勢に戦えるんじゃないのか?」

 「検討に値する意見だな。司令官、そちらの意見は?」

 俺の意見に対する返答を、トラファルガーは本部中隊司令官へと振る。
 
 「概ねその通りだろうな、トラファルガー卿。彼とあなたの意見は、確かに検討に値する。しかし、拙速に過ぎるのは不味い。一手間違い我々が痛打を受ければ、前線を抜かれる。そうなれば、誰が武漢以東の人命とその生活を守るのかね? 我々以外の誰が?」

 「む、確かに下手に動くのは不味い。敵ハイブがどこまで完成しているか、地形の変化は、どんな相手が配置されているのか。現状の情報だけでは動くのは厳しいのか?」

 俺が司令官の質問にそのようの質問し返す。

 すると、司令官は渋い表情で「現状、そうだ」と答える。

 そういえば、トラファルガーの連れらしき外のドローン軍団も、決して無視できない規模だった。また、補給物資だけなら一個師団を優に連戦させるだけの規模があった。それだけギルド本部も、この戦いの行方を心配しているのだろう。
 それだけ現状は、敵有利に傾いているのだろうか?
 
 これは、俺とお嬢ちゃんにとっては、何としても知りたい情報だった。

 そんなことも判明しないままに、いきなり戦場に放り出されたくはない。

 そんな情報不足の状態で、武器持ちの敵の異形獣が配置された戦場へ放り込まれたら、一般兵はたまらない。過去に、似たような状況に追い込まれた経験がある、俺とお嬢ちゃんとしても。

 俺が敵の配置が完了する前に、速攻を仕掛けるべきと考えるのはそのためだ。その方法を取ることが、俺には作戦の生還率&成功率を、大幅にアップさせると思えたのだ。

 チラリと横のお嬢ちゃんへと視線を向け、俺はお嬢ちゃんと視線を絡み合わせてアイコンタクトを計る。すると、お嬢ちゃんは無言のままコクリと肯く。

 俺の行動に同意すると言う合図だ。

 (ありがてぇ!)  

 お嬢ちゃんの合意を得た俺は、司令官に先遣隊として自由に動くことを許してくれと進言することにした。その対価として、司令部には威力偵察での情報を送り届けることにする。

 俺たちローンレンジャーには、指令側、兵士側の区別しかなく階級はない。故に、俺は現地司令官にも直言が可能な立場である。

 俺は、その立場を最大限に活かして発言する。
 
 「指令、俺たちが先行して、威力偵察をして来たいのだが、可能か?」

 「ほう…」

 「それは面白い」

 俺の直言に、司令部の空気が変わった。司令官、ジム・トラファルガー共にニヤリと笑い、口角を上げる。他のスタッフも息を呑んだ。
 大量の敵集団が集まる場所に、無人の情報収集用ドローンではなく、自分たちで偵察に赴くと言うのである。間違いなく危険任務、貧乏くじでである。

 剛毅。だが無謀。

 それを自ら言い出す者がいるのか。

 そう司令官の秘書役以下のスタッフは息を呑んだ。

 だが、俺の考えは、動揺するスタッフの姿を見た程度では変化しない。

 たとえ、上の意見を聞かないアマノジャクな奴と思われようと、戦場で自分たちが主導権を握らなければ生き残れない。

 もちろん、自分たちの命の優先ではなく、自分が所属する隊が勝つためにだ。
 
 だから今更、その意見を捻じ曲げようとは思わない。

 「グランド01、君たちはそれで良いのかね? 確かに我々は無人ドローンでの偵察が芳しくなく、敵ハイブの建設情報など色々と不足している。衛星からの探査は阻害され、ドローンは感知範囲に到達するまでに、敵に次々と撃墜されてしまっている。そんな状態だぞ? 間違いなく厳しい任務になるぞ?」

 「それでもだ。俺は経験則で敵のロングレンジ攻撃のヤバさを知っている。何としても、遠距離攻撃が得意と奴らが後方からやってくる前に、敵ハイブに痛打を与えるべきだ。俺はそうと考えている」

 「確かに。そうしてくれるなら、こちらとしてはありがたい。しかしだ、今現在、着々と建設されている敵ハイブ確認だけで、君たちほどの戦力を使って良いのか、私は疑問に思っている。ここで君たちを失う博打は避けたい」

 指令官の意見は一理あるもので、無駄な犠牲を嫌うギルド役員のトラファルガーも、これには正しい意見だと肯く。
 そこにお嬢ちゃんが一歩踏み出した。

 「…お言葉ですが我が隊は、幸いにも全員が初陣を勝利で終えたローンレンジャーです。隊に足手纏いは存在しません。また、サー・トラファルガーの援助で装備は充実しています。やれます。ねえ、グランド01?」

 ここで、俺の意見に同参してくれたお嬢ちゃんが、そう進言してくれた。本当にありがてぇ。 

 「ああ。君の言う通りだストーム07」

 もちろん、俺もお嬢ちゃんの意見上申に同意する。

 「ほう? やって貰えるのかね、レディ? それにグランド01、君も?」

 俺たち二人が息を合わせての上申に、そこまで言うなら成功率は高いのかと司令官殿も興味を示す。威力偵察に出すか、本体戦力に組み込むか、どちらが部隊の得になるか、天秤に掛けていると解る。

 なぜなら、彼等も戦略の指針となる情報は少しでも多く欲しいからだ。戦力の低下もなくそれが可能と言われれば飛びつきたくも。
 指揮官として当然だろう。

 「ああ、俺はやれるぜ。なあ?」

 「はい。もちろんです」
 
 「ううむ…」

 とはいえ、それで良いとする根拠がまだ足りないのか、司令官は俺たちに迷いを見せた。後、何か一押しとなる根拠があればと、トラファルガーをチラリと見る。

 おおう。中々の芝居上手だ。

 素直に感心する俺とお嬢ちゃん。二人とも内心、苦笑する。

 「よろしい。それでは私のドローン戦闘隊の指揮を、グランド01に任そうじゃないか」

 司令官の態度に俺たち同様に苦笑するトラファルガー。威力偵察任務承認の最後の一押しとして、自分の隊を俺たちに貸し与えると申し出てきた。

 双方、大した役者振りである。俺は、なんだかきつねとたぬきの化かし合いを見ている感覚を覚えた。 

 「おおっ! そうしてくれるかね、トラファルガー卿!」

 「100機のドローン兵の中、30機に予備のパワードスーツを装備させて000335中隊に供与します。これなら無駄な人的被害も出ないはずです。指令、これならグランド01に威力偵察任務を許可願えますな?」

  「もちろんだとも!」

 「フッ、とのことだ。グランド01、私はここまで君にベットしたのだ。上手くやって見せてくれよ。」

 司令官との化かし合いを終え、トラファルガーが「私は賭け事に負けるのは嫌いなのだ」と俺に視線を送ってく
る。
 そんなことは、誰だって嫌いだろう。
 
 「当然だ。トラファルガー卿、ドローンたちの被害も最低限にして、生きて帰ってみせるぜ。司令官、質問を繰り返すが、これなら威力偵察は許可して貰えるな?」

 俺の質問に、司令官とトラファルガー。そしてお嬢ちゃんも再び苦笑する。 

 「よろしい。では諸君たちの中隊による威力偵察を許可する。トラファルガー卿、彼等のサポートは頼みますぞ」

 「無論ですよ。指令官殿」
  
 カッ! カッ!
 
 「000335中隊グランド01、任務拝命致しました! これより中隊に合流し準備を整え次第、出発致します!」

 「同じくストーム07、任務拝命致します!」

 「それでは失礼します!」

 「失礼します!」

 「うむ!」

 「頼むぞ!」

 俺とお嬢ちゃんは、パワードスーツの軍靴部分を揃えて司令官に敬礼し、然る後、司令部の出口へとクルリと方向転換し、司令官とトラファルガーのが激励を聞きながら、その場を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 「第000335中隊、出撃!」

 「了解、ストームシューター隊、出撃!」

 「了解、グランドスプリンター隊、出撃!」

 「機甲戦車隊、出撃します!」

 「輜長隊、出撃します!」

 [トラファルガー002ドローン分隊、出撃します]


 数十分後。武装を終えた俺たち第000335中隊は、合流したドローン部隊と共に、俺の号令で威力偵察任務へと出撃した。

 だが、俺たちはまだ、前哨戦を生き延びただけに過ぎない。これからが真の戦いの始まりなのだった。
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