死にたがりの皇帝と後宮の暴食妃

ハルアキ

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2 珍獣かも

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 * * *

 その日は天気が良く、蘭宵は庭に出ていた。
 位の低い妃嬪である蘭宵付きの侍女は桃笙だけで、彼女にはやるべき仕事がたくさんある。

(野草がそこら中に生えているわ)

 蘭宵はかがむと、まじまじと地面を見下ろした。そして周囲に誰もいないのを確かめると、草をむしって食べ始める。どこにでもあるような名も無き植物ではあるが、蘭宵にとっては立派な食べ物であった。

(こんなところを誰かに見られたら大変ね。私って一応、見向きもされないにしても、皇帝陛下の妻という立場なのだし……)

 次から次へと草をもしゃもしゃ食べながら、蘭宵はその「皇帝陛下」の姿を思い出していた。
 この瑞晶国では、五年ほど前に新たな皇帝が即位した。それまで国内は乱れ、疫病が蔓延し、酷い有様となっていたのだ。話によると、皇帝として相応しくない者がその位地にいたために、天の怒りに触れたという。
 神獣に選ばれたという新皇帝が即位した途端、状況は全て良くなった。農作物の不作は解消され、疫病はぱったりとなくなり、争いごとも減って民達は実に暮らしやすくなったのである。

 まさに国を救った英雄にも等しい、正しき皇帝。民衆からの支持は高く、政策もまっとうなことから概ね好かれている。
 蘭宵はその男を、つい先日目にしていた。
 といっても皇帝の私的な召しではない。
 定例の拝謁日というものがあり、新入りの複数の妃が皇帝に拝謁をする機会があった。そこで簡単な自己紹介があり、お目通りとなる。

 蘭宵は皇帝と口をきいたわけではなかったが、その顔は見ることができた。
 長い黒髪は滑らかで輝いており、しっかりとした体格の美丈夫であった。名は劉燁璟ようけい。御年二十二歳の青年だ。
 くっきりとした目鼻立ちは、高貴な存在に相応しく華やかで見事な造形ではある。しかし何より目につくのは、その冷ややかな眼差しだった。
 皇帝はにこりともしなかった。凍えるような冷たい視線を向けられた妃達は、皆慄いて畏縮していた。

 実家で虐げられていた蘭宵はそんな視線には慣れっこだったので特に気にもならず、「もっとお歳を召してらっしゃるかと思ったけれど、案外お若いのねえ」という感想しかなかったのだが。
 まあ、この先、あの御方と関わり合いになることはほぼないのだろう。何がどうひっくり返ったところで、皇帝が蘭宵の宮に足を踏み入れることはあり得ない。妃妾は他にも大勢いるのだ。

(にしても、どうして私が後宮入りすることになったのかしら?)

 そこが一番の謎である。
 蘭宵は「呪い持ち」であり、牢に入れられている小汚い少女でしかなかった。そこへ突然、宮廷から指名されて後宮入りが決まったのだ。来いと言われれば、拒めるはずもない。
 蘭宵は叔父に何度も確認した。「私は食費がかかりますが」「本当に、私が化け物同然であることを説明してくれたのですか?」と。叔父はうんざりした顔で、そもそも先方はそういった事情を知った上で蘭宵を選んだのだと答えた。叔父も何度も宮廷へ足を運び、委細を打ち明けている。

 ――陛下御本人が、お前を欲しいとおっしゃるのだそうだ。

 叔父はこう言っていたが、全く不可解である。

「もしかすると陛下は、珍獣がお好きなのかしら? きっとそうだわ。それ以外説明がつかないもの。貴族や王族は、つ国から珍しいものを集めたがるというし……。そうね、私みたいな変わった者がいると聞いて、そばに置いておきたくなったのかも」

 虎を飼っていた皇帝や、サイとかいう巨大な動物を連れてこさせた皇帝もかつていたという。おそらく蘭宵もその並びなのだろう。勝手に納得して頷くと、蘭宵は食事を再開した。苦くも甘くもない、ただ青臭い汁が口いっぱいに広がる。
 そこへ、後ろから声をかけられた。

「蘭宵様! 草むしりなど私がやりま……、きゃーーーっ! 何食べてるんですか! いけませんったら! 山羊ですか、あなたは!!」

 戻ってきたばかりの桃笙が、ぎょっとして青ざめながらこちらに走ってくる。

「いけなかったかしら」
「お願いですから、お皿や盆にのっているもの以外は召し上がらないでくださいと言っているではないですか! 草を食べる皇帝陛下のお妃様なんておかしいでしょう!」

 桃笙はそう言うが、自分はおそらく、妻として見られてはいないはずだ。山羊の方が近い。二本足で立って喋る珍妙な山羊、くらいに思われているのではないだろうか。
 いっそのこと、草を食べることを周りに認識してもらった方が堂々と食べることができるのだからその方が良いのでは、と蘭宵が考えていたところ、桃笙はため息をついて首を左右に振った。

「そこら辺の草は駄目です。代わりに食べるものをさがしてきましたから……。後宮内の庭に、杏の木があるのだそうです。酸味が強いもので誰も見向きもせず、落ちて腐るだけだそうで。そちらは好きなようにしていいとの許可をいただいてまいりました」
「本当⁈」

 蘭宵は感激して手を叩いた。酸っぱいなんて、蘭宵にとってはどうでもいいことである。
 底なしの空腹感を抱えて悩む主のために、桃笙も奔走してくれたのだろう。迷惑をかけてしまうのは心苦しいが、彼女がそばにいるのはありがたいことだと心から感謝するのだった。
 そうと決まれば早速とりに行こう、と二人は籠を持ち、杏の木のもとへと向かうことにした。
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