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9、侯爵令嬢の秘密
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ある日、ルイスが何かを持って談話室にいるエミリアのもとを訪れた。
「退屈することもあるでしょうから、よければこれを」
と差し出したのはボードゲームである。
「下々が遊ぶものですから、侯爵令嬢のエミリア様に差し上げるのも気が引けるのですがね……」
笑いながらルイスが木でできたその道具を卓の上に置く。
ルイスは仕事があるので、しょっちゅうエミリアと合流してお喋りをするわけにはいかない。気安い仲の者もほとんどおらず、部屋にこもっているエミリアは暇を持て余しているだろうからと気をつかってくれたようだ。
「あら、私、これ知ってますわ」
お茶の支度を終えたリーナがのぞき込むので、ルイスが「ではエミリア様にやって見せようか」とリーナをゲームに誘った。
ルイスはリーナと対戦しながら、ゲームのルールを説明していく。色の塗られたいくつもの駒を並べて進ませ、陣地を拡大していくものらしい。
リーナは最初こそルイスに不信感を滲ませていたが、今ではすっかり心を許していた。優しくて紳士な方です、と評価している。
「お強いですわ、ハルステラ様……」
三戦三敗したリーナはため息をつき、卓の上にぱらぱらと駒を落とした。
「時間がある時にでも、リーナとこれで暇を潰してください」
「お気遣いありがとうございます、ルイス様」
ここまでしてくれなくてもいいはずなのに、ルイスはいつもエミリアを気遣ってくれる。浮気相手というよりは、友人のようだった。
もっとあなたとくっついて歩いた方がいいのでしょうか、と顔を強ばらせながら言うエミリアに、無理をしなくて大丈夫ですと言ってくれた。よく一緒にいるということを周囲に印象づければいいだけだから、楽しく会話をするだけでも十分でしょう、と。
浮気をしてこいと命令された時は覚悟を決めなければならないとも思ったのだが、安心した。
「リーナ、ルイス様にあれをお出ししてくれるかしら」
「かしこまりました」
エミリアが指示をすると、リーナは切ったパン菓子を卓の上の、エミリアとルイスの前に並べた。エミリアがさらに頼みごとを耳打ちをして、リーナが談話室を出て行く。
パン菓子は日持ちがするもので、酒に漬けた乾燥果物や木の実などが入っている。
「これは美味しそうですね。どこかから取り寄せたのですか」
「私が焼きましたの」
「そうなんで……――えええっっ?!」
いつものように落ち着いた笑顔で菓子を見つめていたルイスだったが、いきなり素っ頓狂な声をあげた。
「……聞き違いでしょうか。あなたが焼いたものだと聞こえたのですが」
「間違いではありませんわ。私が作ったものです。お口に合えばいいのですけど」
ルイスはまばたきを繰り返し、エミリアと菓子を見比べている。
「素晴らしい出来ですが、一体どこで……」
「月に一度、修道院へ出向くことは殿下から許可されておりますから。そこで調理場を借りて、お菓子なんかを作らせていただくのです。作ったものは子供達に配ったり、自分用に持ち帰ったりしています」
ルイスは不思議そうな表情をしたままだ。ああ、とエミリアは気づいて苦笑する。
「普通の貴族令嬢は、料理なんてしませんものね。不思議がられて当然です。私の場合は、ほら、いろいろと訳ありでしょう。将来のことを考えて、出来ることはしておいた方がいいと思ったので……」
ウォーレンに婚約者になれと言われて以降、エミリアはウォーレン王子という人間を観察してきた。一言で言うとろくでもない。
エミリアは自分の未来を考えると不安になった。婚姻関係を結んだとして、その後自分はどうなるのか。もしかすると、早々に捨てられて王宮を追い出されるかもしれない。
以前、悪事の限りを尽くした、とある令嬢が家族から縁を切られて国を追い出されたという話を聞いたことがある。彼女は貴族だったため自活するのも難儀して、酷い目に遭ったそうだ。
高貴な身分の者が平民のような仕事をしないのは当たり前のことだし、手仕事や力仕事などしないでも生きていける。身の回りのことは、みんな使用人が世話してくれるのだ。
けれど、それはあくまで貴族の身分でいる間だけだ。人生は何が起こるかわからないのだから、侯爵令嬢の自分だって「絶対」というものはない。
ひょっとしたらどこぞの令嬢のように路頭に迷う可能性もある。となると、少しずつでいいから自分で出来ることを増やしておくべきだと思った。
ウォーレンへの対抗手段など持たない自分だが、やるべきことが一つもないわけではない。
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