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11、許さない
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夜も更け、王宮内は静まりつつある。
王太子ウォーレンの私室の前に立ったルイスは、部屋の主人の許可を得て入室した。
暗がりの中に、丸い玉がふわふわと浮いている。これは魔術による照明で、暗くなると城のあちこちで見られるものだ。王宮に勤める魔術師達の力で光っている。
「お呼びでしょうか、殿下」
ルイスは穏やかな笑みを浮かべたまま、慇懃にウォーレンへと礼をした。ウォーレンはというと、いかにも面白くないといった表情で目をすがめている。呼びつけておいて、何故来たのだとでも言いたげだ。
「お前が戻って来てから、王宮の設備はあちこちが好調だと父上がお喜びになっている。褒めておけと言われたぞ」
「光栄にございます」
管を通して各場所に水を巡らす術だとか、冷暖房の術。ゴミの処理など、魔術を利用した先進的な仕組みは主にルイスと友人が考え出したものである。
他の者でも管理は可能だが、当然発案者であるルイスの方が上手く調整できるのだ。
もっと早く王宮に戻してくれればその調整も早く済んだのだが、ウォーレンが頑として阻止していたためこれほど遅れてしまった。
ああだこうだとルイスが魔術師長に就任するのを阻んでいたウォーレンだったが、国王に説き伏せられて渋々了承したのだ。
本人は絶対にそれを認めようとしないが、ウォーレンは――ルイスを恐れているのだ。そして、妬んでいる。
自分が圧倒的優位にいるにも関わらず、遠ざけておかないと不安なのだろう。
そして、戻って来ても不安なので、間男にさせて評判を下げたいのだ。
必死だな、と失笑したくなる。だが笑えなかった。自分だけが被害を受けているならいいが、被害者はもう一人いるのだ。
「あの女と仲良くやっているそうじゃないか」
「あなたのご命令ですからね」
ルイスは微笑みを絶やさない。ここでウォーレンを挑発しても、何の得にもならないのだ。
ウォーレンは余裕のある表情を見せているが、指先は苛立たしげに机を叩いていた。
「それで? あの女とはどこまでいったんだ?」
下世話なことを。そんな言葉を飲み込んで、ルイスは苦笑する。
「何もしておりませんよ。浮気はあくまでふりですからね。エミリア様はあなたの婚約者です」
「私がエミリアに触れられる方法についてはどうなった?」
「申し訳ありません。まだわかっておりません」
わかったところで教えるはずがない。もしあの拒絶反応がなければ、この男は彼女にどのように振る舞っていたか、考えたくもなかった。
ウォーレンは舌打ちをする。
「使えん男だな。何が魔術師長だ」
何を言われようとルイスは涼しい顔をしたままである。ウォーレンとしては、ルイスが悔しがったり腹を立てるところを見たいのだろうが、ルイスもそこまで親切ではなかった。
「もう一つの件の方はどうなった? 犯人は判明したのか」
「それが、まだ一向にわからず……」
「わからない、わからないと、そればかりではないか!」
癇癪持ちの王太子は、拳で机を殴った。先ほどまで飲んでいた酒の入った器が倒れる。
ウォーレンは立ち上がってルイスの方へと歩み寄ってきた。
「さっさと突き止めろと私は言ったはずだぞ。ここ最近の忌々しい悪戯は、きっと何者かの――魔術の仕業のはずだ。一つ一つは子供だましのくだらないことばかりだが、そのせいで私は恥をかかされている!」
彼の言う通り、目の前で笑う者はいなくとも、陰で臣下達は笑っているのである。それをウォーレンも敏感に感じ取っている。
王族というものは威厳がなければならず、ウォーレンは近頃の馬鹿馬鹿しい出来事のせいで、少なからずその威厳に傷がついているのである。
そして、それだけでは済まなかった。
王太子は、「何故それを回避できないのか?」と不思議がられている。何よりウォーレンにとっては、こうした疑問を抱かれるのが一番まずいのだ。
「私の命令に背く気か、ルイス!」
怒りに顔を歪めて怒鳴るウォーレンに、ルイスは静かに言葉を返した。
「落ち着かれてください。故意に調査に手を抜いているわけではありません。魔術が込み入っていたり攻撃的であったなら私もすぐに感知して術者を特定できるのですが、何分ささやかな術なのでつかみきれないのです」
もしウォーレンが真面目に魔術について学んでいたなら、それくらいのことは教えずともわかっていたはずだ。
彼はルイスが王宮を離れていた間も、ちっとも成長していなかったらしい。
やや息を乱したウォーレンはしばらくルイスを見つめていたが、やがて口元をひきつらせて笑った。
「犯人は、お前ではないだろうな」
目をぎらつかせながら一歩、距離を縮める。
「ルイス。仕返しのつもりか?」
「私はあなたに魔術を使えません。お忘れになったのですか? そのように呪いをかけたのは、殿下です」
だからこそ、ウォーレンはルイスが王宮に戻って来るのを承諾したのだ。逆らえないからルイスは彼の言うことを聞いている。
婚約者と浮気をしろと命令されればそれに従っている。戻って来て、一度も口答えはしていない。
「もういい。消えろ」
変わっていないかと思ったが、少々変化はあったようだ。昔のようにひざまずけだの靴を舐めろだの言ってこないのだから、そういう虐げ方は飽きたのかもしれない。
ルイスはかつて、友人の助命のためにこの男の前で膝をついた。顔を蹴られて嘲笑された。友人を助けられるならどんなことをしてもいいと思ったのだ。
けれどウォーレンは友人の呪いを解かなかった。そして友人は今も苦しみ続けている。
「それでは、下がらせていただきます」
ルイスは礼をしながら、冷ややかに心の中で呟いた。
(今度、膝をつくのはお前の番だ。ウォーレン。俺はお前を許さない)
友人を虐げた恨み。そして今は、その恨みは倍になっている。
――エミリア様。
悪はいつまでものさばらせない。罪ある者には罰を。
ルイスは再び誓うと、ウォーレンの部屋を後にした。
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