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12、大冒険でもした気分
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侍女の格好をすればいい、とルイスが提案したので、エミリアは生まれて初めて、侍女服というものに袖を通していた。
着せてくれるリーナは複雑そうな表情をしている。
「エミリア様が私どものような服をお召しになるだなんて……。いえ、エミリア様はどんなお召し物でもお似合いになりますけど」
服を変えたところで顔はどうにもならない。引きこもっているとはいえ、エミリアは王宮の者に顔が知られているのである。
そこは魔力がこめられた道具の出番だということで、ルイスに事前に渡されていた。リボンである。
エミリアは長い髪を三つ編みに結い、リボンで結んだ。これをつけていると、リーナ以外の周囲の者にはなんとなく印象が変わって見えるのである。
違う人物に見える上に、他人から気にされにくくもなるというから都合が良かった。見慣れない侍女が歩いていたら、誰かに呼び止められてしまうかもしれない。
「それでは行きましょうか、エミリア様」
部屋から廊下の様子を確認したリーナは、エミリアの手を引いて歩き始めた。
エミリアは緊張して、背筋を伸ばして歩く。どんな顔をしていればいいのかわからずにそわそわした。
前方から、顔見知りの侍従がやってきて、心臓がどきりと音を立てる。息をひそめて進みながら、エミリアはうつむいた。
(声をかけられたらどうしよう。そんな格好をして、何をしていらっしゃるのですか、とか、どこへ行かれるのですか、なんて聞かれたら……)
その時は逆に胸を張って「気晴らしですわ」とわけのわからない言い訳をする予定でいるが、なるべくなら避けたかった。
ドキドキしながら、侍従とすれ違う。リーナも緊張しているらしく、唾を飲んでいた。
侍従は振り返らなかった。何か気にした素振りもなく、廊下を曲がって行ってしまう。
そんな様子を見たエミリアとリーナは立ち止まり、互いに顔を見合わせた。
そして、同時に吹き出す。緊張が解けて気がゆるんだというのあるが、なんだかおかしくって仕方がなかったのだ。
二人は悪戯が成功した少女のように、腕をつかんでくすくす笑い続けた。
その後何人かとすれ違ったが、これも気づかれない。エミリアは自分が透明人間にでもなったようで、なんとも愉快な気持ちになった。
「ああ、見えてきましたよ。あれが魔術師団の団舎です!」
リーナが指をさし、二人は小走りで向かった。気分が高揚していて、小さな頃に戻ったかのようだ。
「そこ! 走ってはいけませんよ!」
目をつり上げた侍女頭に注意を受け、「はぁい!」とリーナは大声で返事をしながらそそくさと逃げていく。それでもやはり、存在しないはずの侍女の姿は気づかなかったらしく、見逃された。
団舎に到着すると、建物の前にルイスが迎えに来てくれていた。
「平気だったでしょう、お二人とも」
エミリアは胸に手を当てて大きく息をつくと笑って見せた。
「ええ、何ともありませんでした! 大冒険でもした気分ですわ!」
変装だとかこそこそ廊下を歩くのだとか、緊張をした一方、刺激的で楽しかった。令嬢がそんな感想を口にしては、慎みがないと思われそうなので控えておいたが。
「ルイス様。そろそろ仕事にもどっていただけますか?」
ひょいと横から現れたのは、眼鏡をかけた青年だった。
彼はすぐにエミリア達の存在に気づき、事前に話はうかがっていると言って挨拶をした。
「魔術師長補佐の、グレイ・ウェンダリアと申します。お気軽にグレイとお呼びください」
真面目そうな雰囲気だが、とっつきにくいというほどでもなさそうだった。
「大変だわ。私、ルイス様のお仕事の邪魔をしてしまっていたのですね」
エミリアは慌てたが、グレイがかぶりを振る。
「いいえ。エミリア様をお迎えするのは予定通りですから、お気になさらず。仕事に響いてはおりません。問題はこの人の事前の態度なのですよ。午前からどうにもうきうきしてしまって、仕事に手がつきやしない……」
ルイスが大きく咳払いをしてグレイの言葉を遮った。
よくわからないが、要するに落ち着かなかったということなのだろう。申し訳なかった。
「これ以上ルイス様にお時間をとらせてしまうわけにはいきません。厨房の場所だけ教えていただければ、リーナとそこへ向かって使わせてもらいますから、あなたはお仕事に戻ってください」
するとルイスは手で額を覆い、軽いため息をつくと部下をじとりと睨んだ。
「どうしてくれるんだ、グレイ。私の悲しみが暴走してお前の部屋の寝台が二つに割れるかもしれないぞ」
「僕の部屋の家具に当たらないでください。あなたがきちんと仕事を片づけなかったせいです。大袈裟ですね、さっさと仕事をして戻ってくればいいでしょうが。案内は僕が引き受けますから、さあ、行った行った」
ルイスは肩をすくめるとエミリアに微笑みかけ、「では、また」と去って行った。
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