轟町ヒルサイト ―― On Her Majesty 's Private Service ――

甘野正雪

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第四章 ピアスはきっと、自分で刺した方が痛くない…と思う

第四章―08

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 ――わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない…………。
「結局、思い出せない…というよりも、もともと凸凹坂くんの記憶には無いのよね……。でも、それは悲しむことではないわ。なぜなら、これから本当の意味で、わたしたちの関係は始まるのだから」
 小春井巻はこの言葉を、自分自身、慰めるために語っている……!?
 なぜかこの時、それがわかった気がした。
 すると――
 ふっ……と股間の痛みが和らいだ。
 小春井巻がその手の力を緩めたのに他ならない。
「さあ、ご覧なさい。もう、大丈夫。怖がることはないわ」
 その声に導かれるようにして、LEDライトを股間に照射する。
 それは相変わらず『象さんの鼻』だったけれど、だけど、ピアッサーの狭窄板が緩められてるのを見て、ほ…っと吐息をこぼさずにはいられない。
 ピアッサーを挟みつけている小春井巻の親指と人差し指との間隔が見る見る広がってゆく……ということは。
 ――これで開放されるんだ…。
 安堵が、暖められた蜂蜜のように体内に甘く満ちてゆく。
「それでは契約を結びましょう」
「え!?」
 何?
「あなたはこれより、女王陛下の家畜になるのよ」
 ピアッサーを掴んでいる小春井巻の右手がググッと硬直する。
「ええッ!?」
 そう!
 小春井巻が右手を緩めたわけは、ピアッサーを押しこむための、その前段階としての準備に他ならなかったのだ!
「や、止めてくれッ!」
 本気で懇願した。
「頼むからッ、お願いだからッ、悪いところがあったら直すからッ!」
 って、これじゃあ浮気男の言い訳じゃないか……。
 それでもアソコが傷物にされるよりかはずっと増しだ!
 ありとあらゆる、思いつく限りの言葉で小春井巻に懇願した。
 でも――
わめかないでっ。手元が狂っても知らないわよっ。それとも、亀頭に直接、突き立てて欲しい?」
 キッと睨みつけた小春井巻の瞳は、暗闇でもわかるほど冷然とした光を発している。
「あッ……あッ……」
 と情けない声音こわねを断続的にあげてしまうのは、小春井巻がその右手に、キュっ…キュっ…と断続的な力をこめているからだ。あたかも、それはピアスを打ち込むべく狙いをさだめているかのように。
「じゃ、1、2、の3…でいくわよ」
 もはや、ゴクリっ…と固唾かたずを呑み込んで見守るより他に手立てはなかった。
 目を閉じたい衝動に駆られたけれど、しかし、何もわからぬ間に打たれるのもかえって恐いし……。
 などと考えてる内に。
「1……」
 あっ。
「2……」
 そして『3』の合図に備えて息を深く吸おうとした矢先だった。

 ガチンッ!!

 と、その音は脳天を貫いたようで、と同時に、脳内に焦臭きなくさい匂いが弾けたような気がした。
 畜生っ!
 この女、フライングしやがった!
 後日考えてみれば、それは気絶するほどの痛みじゃなかったのかも知れない。
 しかし、視覚や概念と言ったものがもたらす痛み、つまりショックというやつだろうか、それは痛覚をすっ飛ばして直接、脳髄に衝撃を与えるものなのだろう。例えば、指の骨が折れたとして、それでも指がいつものようにただ真っ直ぐでいてくれたなら、それはさほどショックもなく、下手をすると嘔吐や寒気といったものが伴わない限りそれと気づかないかも知れない。しかし、折れた指があらぬ方向に直角に曲がってしまっているのを見たとしたら、そのショックは絶大だろう。
 彼の意識が薄れていったのもまた、その絶大なるショックがもたらしたものに他ならなかった。
 その薄れてゆく意識の中で幻を見た。
 だって幻としか思えないだろう。
 あの小春井巻の顔が、嬉しそうに、それは本当に嬉しそうに、まるで子供がはしゃぐみたいに笑っていたのだから。
 そして彼女は「おそろいね」と言って、ワンピースを胸のあたりまでめくって見せた。そこには……その彼女のへそには……。
 ――なんだ……臍ピアスじゃないか…………………………………………暗転。
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