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第七章 汚れつちまつた包帯に、いたいたしくも怖気づき…
第七章―02
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――確か、二日前……?
【時系巻戻し▲▲】
5月1日のこと。
それは初めて小春井巻のアパートを訪(おとな)った夜の翌日のこと。
煩悶とベッドに寝返りを打っていた彼は、結局、図書館に行った。それは、早めに行って返却作業を進め、涼包を楽にしてやろうと思ったからで、前日返却整理を休んでしまったことに対する謝罪の意味も多分に含まれていた。
しかし行ってみると、図書館には涼包が居て、彼女は図書館の一隅で勉学に勤しんでいたらしく、それと気づかぬカゲロウが返却作業を始めると、涼包は無言のうちに彼の手を引っ張って、図書館の奥にある蔵書倉庫に連れていった。
そこは普段貸し出さぬ本が収められている部屋で、その扉の鍵を開けることは涼包にしか許されていない場所でもある。つまり、というか、そこが図書館補助・返却整理委員の委員室のように今ではなっていて、そこだと打合せなど、安心して会話がなせるのだった。
倉庫に入るなり涼包にしては珍しくニヤついた顔をしてみせた。
「なんだよ?」
と彼が訝しがると、
「名誉の負傷なんだって?」
嫌味ではなく、純然と嬉しそうにそう言った涼包だった。
「名誉って?」
「そっか。やっぱり凸凹坂くんだね」
「何だよそれ? お人好しって言いたいのか?」
「う~うん。そうじゃないけど…。やっぱりそうなのかな」
――なんかお前らしくないな。
なんて言ったら、それは涼包を傷付けると判っていたから、
「ハッキリ言ってくれないか、涼包。俺、なんか気持ち悪いよ」
と、その言葉にすり替えた。
「あ、ゴメン。そっか、そうだよね」
涼包は例によって、ちょっと斜向くと『魅惑の頬笑み』をして見せる。
そして、
「実は、小春井巻さんから、聞いたの」
確かにそう言ったのだった。
――えっ!?
何か聞き間違えた……と思ったのは、昨日の晩から数えて一体これで何回目だろう。しかし、涼包が小春井巻と違うところは、そんな「狐に抓まれた」みたいな表情をたたえている彼を罵倒するのではなく、そんな表情を治めるための説明を優しさをもって施してくれるという点だった。が、しかし……。
「昨日ね、小春井巻さんが手伝ってくれたんだよ」
と事も無げに言った涼包の言葉は、彼をさらに驚かせるものだった。「手伝って…」とあったのは、きっと図書の返却作業のことに違いない。だとすれば、なんで小春井巻がっ!? …って思わずに居られないじゃないか!
「そんなに、ビックリしないっ。凸凹坂くん」
彼を窘める涼包。
「小春井巻さんね、去年、ここにある蔵書を整理するの、手伝ってくれたんだよ。それまでここは酷い有様で、当時、図書委員長だったわたしが、暇を見つけてはこつこつ整理してたんだけど、それを小春井巻さんが手伝ってくれてね。そしたら、あっという間に片付いちゃった。まあ、小春井巻さんとしては、ここに眠ったままになってる蔵書を読んでみたいっていう思惑があったみたいで、手伝った見返りとして、ここの本、禁貸出なんだけど、自由に持ち出して読んで良いってことにしちゃったの」
――そうか。だから小春井巻の部屋を訪れたとき、本が目立たなかったわけだ。
今さらだけど、それは彼にとっても不思議だと思われた。あの小春井巻……窓辺でいつもハードカバーを机に広げて読み耽っている小春井巻……学校で見る小春井巻のイメージはいつもそんなもんだ。だとしたら、その暮らしてる部屋には相当の数の本があってしかるべきで、背の高い本棚がビッシリ壁を埋め尽くしていても不思議じゃない。それが、確かに本棚のようなものが在ったような気もするけれど…といった、その程度の印象でしかなかったのは、やはり、疑問に心を染めておく必要があったのではなかろうか。
もし彼が、普通(?)に小春井巻の部屋を訪れていたなら、確実にまず、その事実に驚いていたに違いない。そして、涼包のこの言葉がその謎を解いてくれたとばかりに「あっ、そうなんだ。あいつ、ここの本、読んでたのか~」なんて声を大にして、その訳を知り得た喜びを表現してみせたのかも知れない、…けれど、彼の口から零れた言葉は、また、別のものだった。
「お前たち、仲、良いのか?」
それはあえて訊ねる必要もないことなのかも知れない。昨日、小春井巻の部屋を訪れたとき、二人は、つまり、小春井巻と涼包は『KAEDE―楓―』というホームページを介し、知り合っているという説明は既に受けている。それから察すれば、当然、二人の間に交友が結ばれていても不思議はない。
「そうだね。コマドリとウグイスが、仲が良いって言えるのなら、仲が良いのかも知れないね」
「なんだよそれ、意味わかんないよっ」
「あ、そうか。凸凹坂くんも、さしずめオオルリってところだよね」
「だから、なんなんだよっ。なんで俺が日本三鳴鳥に選ばれなきゃなんないんだ」
「人から見たイメージは似てるけど、タイプは違うってこと」
「だったら、それこそ、俺がお前たちの属類に肩を並べるのはおかしいだろ」
「良いんだよ、わたしから見た凸凹坂くんは、そうなんだから。わたしも人だもん」
と、涼包はまたもあの頬笑みをしてみせる。人気のある図書館ならまだしも、こんな二人っきりの密室でそんな『魅惑の頬笑み』を向けられたら、その魅了に諍う余地を失ってしまいそうになる彼だった。
――だめだっ!
あの、春の出来事も、つきつめればこれが、この頬笑みが引金であったことは言うまでもなく、その甘く切ない記憶をかき消すように彼は涼包に背を向けていた。そして、そのまま話をもどす。
「で、涼包。なんで、俺が名誉の負傷なんだ?」
「あ、そうだった」
と、少し間が生じたのは、涼包がまた例によって自分の頭を小突くフリでもしたんだろう。
「凸凹坂くん、一昨日、小春井巻さんと公園で会ったんだって?」
「あ、ああ…」
――背中を向けてて良かった。
そう思えてしまえるほど、その表情に動揺を隠し得ぬ彼だった。
――まさかアイツ、一切合切、全て涼包に話しちまってるんじゃないだろうな!?
デートのことも?
いや、このピアスのことも!?
あまつ、昨日、この男根を直に握りしめたことまでっ!
【時系巻戻し▲▲】
5月1日のこと。
それは初めて小春井巻のアパートを訪(おとな)った夜の翌日のこと。
煩悶とベッドに寝返りを打っていた彼は、結局、図書館に行った。それは、早めに行って返却作業を進め、涼包を楽にしてやろうと思ったからで、前日返却整理を休んでしまったことに対する謝罪の意味も多分に含まれていた。
しかし行ってみると、図書館には涼包が居て、彼女は図書館の一隅で勉学に勤しんでいたらしく、それと気づかぬカゲロウが返却作業を始めると、涼包は無言のうちに彼の手を引っ張って、図書館の奥にある蔵書倉庫に連れていった。
そこは普段貸し出さぬ本が収められている部屋で、その扉の鍵を開けることは涼包にしか許されていない場所でもある。つまり、というか、そこが図書館補助・返却整理委員の委員室のように今ではなっていて、そこだと打合せなど、安心して会話がなせるのだった。
倉庫に入るなり涼包にしては珍しくニヤついた顔をしてみせた。
「なんだよ?」
と彼が訝しがると、
「名誉の負傷なんだって?」
嫌味ではなく、純然と嬉しそうにそう言った涼包だった。
「名誉って?」
「そっか。やっぱり凸凹坂くんだね」
「何だよそれ? お人好しって言いたいのか?」
「う~うん。そうじゃないけど…。やっぱりそうなのかな」
――なんかお前らしくないな。
なんて言ったら、それは涼包を傷付けると判っていたから、
「ハッキリ言ってくれないか、涼包。俺、なんか気持ち悪いよ」
と、その言葉にすり替えた。
「あ、ゴメン。そっか、そうだよね」
涼包は例によって、ちょっと斜向くと『魅惑の頬笑み』をして見せる。
そして、
「実は、小春井巻さんから、聞いたの」
確かにそう言ったのだった。
――えっ!?
何か聞き間違えた……と思ったのは、昨日の晩から数えて一体これで何回目だろう。しかし、涼包が小春井巻と違うところは、そんな「狐に抓まれた」みたいな表情をたたえている彼を罵倒するのではなく、そんな表情を治めるための説明を優しさをもって施してくれるという点だった。が、しかし……。
「昨日ね、小春井巻さんが手伝ってくれたんだよ」
と事も無げに言った涼包の言葉は、彼をさらに驚かせるものだった。「手伝って…」とあったのは、きっと図書の返却作業のことに違いない。だとすれば、なんで小春井巻がっ!? …って思わずに居られないじゃないか!
「そんなに、ビックリしないっ。凸凹坂くん」
彼を窘める涼包。
「小春井巻さんね、去年、ここにある蔵書を整理するの、手伝ってくれたんだよ。それまでここは酷い有様で、当時、図書委員長だったわたしが、暇を見つけてはこつこつ整理してたんだけど、それを小春井巻さんが手伝ってくれてね。そしたら、あっという間に片付いちゃった。まあ、小春井巻さんとしては、ここに眠ったままになってる蔵書を読んでみたいっていう思惑があったみたいで、手伝った見返りとして、ここの本、禁貸出なんだけど、自由に持ち出して読んで良いってことにしちゃったの」
――そうか。だから小春井巻の部屋を訪れたとき、本が目立たなかったわけだ。
今さらだけど、それは彼にとっても不思議だと思われた。あの小春井巻……窓辺でいつもハードカバーを机に広げて読み耽っている小春井巻……学校で見る小春井巻のイメージはいつもそんなもんだ。だとしたら、その暮らしてる部屋には相当の数の本があってしかるべきで、背の高い本棚がビッシリ壁を埋め尽くしていても不思議じゃない。それが、確かに本棚のようなものが在ったような気もするけれど…といった、その程度の印象でしかなかったのは、やはり、疑問に心を染めておく必要があったのではなかろうか。
もし彼が、普通(?)に小春井巻の部屋を訪れていたなら、確実にまず、その事実に驚いていたに違いない。そして、涼包のこの言葉がその謎を解いてくれたとばかりに「あっ、そうなんだ。あいつ、ここの本、読んでたのか~」なんて声を大にして、その訳を知り得た喜びを表現してみせたのかも知れない、…けれど、彼の口から零れた言葉は、また、別のものだった。
「お前たち、仲、良いのか?」
それはあえて訊ねる必要もないことなのかも知れない。昨日、小春井巻の部屋を訪れたとき、二人は、つまり、小春井巻と涼包は『KAEDE―楓―』というホームページを介し、知り合っているという説明は既に受けている。それから察すれば、当然、二人の間に交友が結ばれていても不思議はない。
「そうだね。コマドリとウグイスが、仲が良いって言えるのなら、仲が良いのかも知れないね」
「なんだよそれ、意味わかんないよっ」
「あ、そうか。凸凹坂くんも、さしずめオオルリってところだよね」
「だから、なんなんだよっ。なんで俺が日本三鳴鳥に選ばれなきゃなんないんだ」
「人から見たイメージは似てるけど、タイプは違うってこと」
「だったら、それこそ、俺がお前たちの属類に肩を並べるのはおかしいだろ」
「良いんだよ、わたしから見た凸凹坂くんは、そうなんだから。わたしも人だもん」
と、涼包はまたもあの頬笑みをしてみせる。人気のある図書館ならまだしも、こんな二人っきりの密室でそんな『魅惑の頬笑み』を向けられたら、その魅了に諍う余地を失ってしまいそうになる彼だった。
――だめだっ!
あの、春の出来事も、つきつめればこれが、この頬笑みが引金であったことは言うまでもなく、その甘く切ない記憶をかき消すように彼は涼包に背を向けていた。そして、そのまま話をもどす。
「で、涼包。なんで、俺が名誉の負傷なんだ?」
「あ、そうだった」
と、少し間が生じたのは、涼包がまた例によって自分の頭を小突くフリでもしたんだろう。
「凸凹坂くん、一昨日、小春井巻さんと公園で会ったんだって?」
「あ、ああ…」
――背中を向けてて良かった。
そう思えてしまえるほど、その表情に動揺を隠し得ぬ彼だった。
――まさかアイツ、一切合切、全て涼包に話しちまってるんじゃないだろうな!?
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