空を見ない君に、嘘つきな僕はレンズを向ける

六畳のえる

文字の大きさ
3 / 33
第1章 失敗したあの日から

3. 勧誘と即答

しおりを挟む
「イッちゃん、イッちゃん」

 ハッと我に返ると、千織がブラウスの袖を引っ張っている。どうやら過去の記憶に没入しすぎたらしい。長針が五分ほど進んでいた。

「大丈夫? なんか汗かいてるけど」
「あ、ああ、うん。ごめんね、大丈夫」

 心配そうに顔を覗き込む千織。汗が顎の方に滴っている。昔を思い出すのは、やっぱり心にも体にも負荷がかかるらしい。

「次、生物だよ」
「そっか、移動だね」

 気付いたら誰もいなくなっていた教室を出て、北校舎の生物室に向かいながら、思考はどんどん後ろ向きになっていく。

 もし千織がいなかったら、私はあのまま教室に残されていたのだろうか。誰からも気にも留められず、私など始めからいなかったかのように、授業が始まっていたのだろうか。それでも、目立ちすぎるよりはマシなのかもしれない。

 中学二年のあのときも同じようなことを思った。クラスでは目立ってトップグループの更に中心を気取っていたけど、結局ステージの上だとあんな風になってしまって、そもそもみんなの中心にいられるような器じゃなかったのだと気付かされた。

 あの日からどんどん、影を薄くしていった。私の休み時間の居場所だった教室の真ん中では、別の子が中心で話していて、私は居場所がないのを誤魔化すように校内を徘徊していた。イジめられたわけじゃない、私が勝手に転がり落ちただけ。悪いのは失敗した私、大したことないのに目立った私、勘違いしてトップにいた私。そうやって自分を否定することで、今の自分の立ち位置に納得することができた。

 高校も、「中学で失敗したヤツ」という噂が回らないように、誰も知り合いが行かないような学校を選んだ。こんな電車とバスを乗り継ぐようなところに千織も来たのは意外だったけど、どうやら吹奏楽部が強かったから、という理由らしい。どのみち知り合いは彼女くらいしかいないので、過去をリセットして目立たないように生活するには良い環境だ。

「イッちゃん、見て、ちょっと夏の雲っぽくない? まだ六月なのにね」
「夏、か」

 顔を上げずに空返事する。なるべく目立たないように、髪も伸ばして、顔を上げないで過ごしていたから、気が付くと空を見ることさえほとんど無くなっている。特にこんな晴れた日は、陽が眩しすぎて、自分には不似合いな気がして、見る気にならなかった。


「ねえ、吉水さん」

 昼休み。昨日に引き続き、谷川君に声をかけられてしまった。今日は私の前の席が空いていたので、そこに座って真正面から私を見る。

 飛びぬけたイケメンというわけじゃないけど、少し垂れた優しそうな目に、綺麗に切りそろえられた眉毛、主張の強すぎない小さな鼻と十分に整った顔立ちで、緊張しそうな私はなるべく目を合わせないように視線をズラした。

「ちょっとさ、相談があるんだけど」
「……どうしたの」

 小声で返しながら、目だけ動かして教室を見る。正直、谷川君よりも周りの視線の方が気になってしまう。視線が集まっている気がする。私に声をかけるなんてどうしたんだろう、なんて考えているに違いない。

「ああ、実はね——」
「谷川君……もう少し小さな声で」
「あ、ごめんね」

 彼は胸の前で小さく両手を合わせた後、声のトーンを落として話し始めた。

「俺、映画制作部を去年立ち上げてさ。これまで何本か撮ってるんだけど、今度撮るコンクールの作品に出てくれないかな、と思って」
「え?」

 一瞬、アプリを開きすぎたスマホのように頭がフリーズしてしまった。この人は何を言っているんだろう。

「すごく合ってる役があってさ。主要キャストとして、吉水さんに出てもらいたいと思って」
「……なんで?」

 口をついて出たのは、シンプルな疑問だった。私が映画に出るなんて、まるで意味が分からない。

「え? いや、出てほしいと思ったから誘ったんだけど——」
「ごめん、イヤだな」

 谷川君の話を遮って断る。明確な理由もなくて、とにかくイヤなものはイヤだった。

「ちょっと用事あるから、ごめんね」
「あ、ちょっと、吉水さん!」

 目を見開いて狼狽うろたえる谷川君にもう一度謝って、特に用事もないのに廊下へ出ていこうとする。去り際のその背中に、「また誘うから」と声をかけられ、私はクラスで変な噂にならないかだけが心配になった。



「えっ、映画に誘われたの!」

 放課後、茶色のボブを揺らしながら大声をあげる千織を、人差し指を口に当ててシーッと制す。彼女も慌てて、自分の口を押さえた。

「イッちゃん、やりなよ」
「イヤだよ、絶対に失敗するもん」
「でも映画ならNG出しても大丈夫でしょ?」
「何度も何度もNG出したらどうするの? 申し訳なくなるよ」

 千織は残念そうに「それは、そうだけど」と唇を前に突き出す。彼女の中では、まだ中学一年の、自分の器も知らずにクラスの中心にいた私の記憶が鮮明に残っているのだろう。

 千織とは中学一年で一緒だった。当時から、グループあまり関係なく、誰とでもフラットに話すタイプで、私もよくオシャレについて教えていた。二年で離れてしまったから、クラスでの転落を目の当たりにしたわけではないけど、あの生涯忘れることのできない失敗を体育館で見ていた一人で、私と同じ中学からこの高校に来たのは彼女一人だけだった。

 友人が多い彼女だけど、こうして時折話しかけてきてくれる。孤立しているような状態の私にとってはそれがありがたくもあり、気を遣わせてるんじゃないかと心配にもなっていた。


「でも……せっかく誘ってもらったのに、いいの?」
「いいのよ。そんな人間じゃない。私はそんな映画に出してもらうような人間じゃないから」
「そんな言い方しないで、イッちゃん」

 哀しそうに笑う千織に、私はまた「ごめんね」と謝った。


「映画制作部……ホントだ、あった」

 帰り道。一人で歩きながら、高校のサイトを探し、部活のページを開いた。写真には、谷川君の他に男女一人ずつ、三人が堅い表情で写っている。たしか部活は三人からと聞いたことがあるから、最低人数でやっているのだろう。

 この人数なら役者が足りないというのはなんとなく分かる。でも、なんで私なんだろう。カメラを向けられるような、そんな大した人間じゃないのに。

「まあ、できないよ。また失敗したいの?」

 自分自身に言い聞かせるように、声に出してみる。間違っても、出たいなんて思わないように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

【完結】メインヒロインとの恋愛フラグを全部ブチ壊した俺、サブヒロインと付き合うことにする

エース皇命
青春
《将来ヤンデレになるメインヒロインより、サブヒロインの方が良くね?》  16歳で自分が前世にハマっていた学園ドラマの主人公の人生を送っていることに気付いた風野白狼。しかしそこで、今ちょうどいい感じのメインヒロインが付き合ったらヤンデレであることを思い出す。  告白されて付き合うのは2か月後。  それまでに起こる体育祭イベント、文化祭イベントでの恋愛フラグを全てぶち壊し、3人の脈ありサブヒロインと付き合うために攻略を始めていく。  3人のサブヒロインもまた曲者揃い。  猫系ふわふわガールの火波 猫音子に、ツンデレ義姉の風野 犬織、アニオタボーイッシュガールの空賀 栗涼。  この3人の中から、最終的に誰を選び、付き合うことになるのか。てかそもそも彼女たちを落とせるのか!?  もちろん、メインヒロインも黙ってはいない!  5人の癖強キャラたちが爆走する、イレギュラーなラブコメ、ここに誕生! ※カクヨム、小説家になろうでも連載中!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...