空を見ない君に、嘘つきな僕はレンズを向ける

六畳のえる

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第1章 失敗したあの日から

5. 踏み出す、夏

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「ごめんね、夜分に電話して」
「ううん、イッちゃんがそんな風に頼ってくれるの珍しいなって、嬉しいよ」

 夜、迷っていた私は、千織に連絡した。溌剌とした明るい声が、スマホから大きく響く。

「その、あの、映画、をね、やって、みようかなって……」

 何度も詰まりながら、初めて打ち明ける。顔を見ると気後れして言えなそうだったので、電話にして良かった。

「初めは、本当に出る気なかったんだけどね。谷川君が、イメージと合うって言ってくれてさ……」
「……うん、うん」

 いつもテンション高めの彼女だけど、今日は静かに相槌を打ってくれる。こういう緩急があるからこそ、私も話しやすいし、特にグループに属してなくても周りとうまくやっていけるのだろう。

「……って感じなんだけど……どう、かな?」
「そっか」

 最後まで言い終えると、若干の沈黙が続いた。何を言われるのだろうか、やめた方がいいと諭されるだろうか。すごく、怖い。

 やがて、スマホの向こうで、息を吸う音が聞こえた。

「私はいいと思うよ。応援してる」
 その言葉に安堵しながらも、また別の不安が襲ってくる。自分のイヤなところがどんどん出てくる。

「ホント? 私に、できるかな? 失敗しないかな?」
「失敗しないかどうかは、私には断言できないけどさ。でも、やりたいと思えたなら、やった方がいいよ。それに」
「それに?」

 これまでより一段階トーンを上げて、彼女は軽快に言った。

「少しだけ、イッちゃんの中で何か変わるかもしれないから」
「……そうかな」

 そんなことがあるだろうか。結局何も変わらなそうな気がする。
 でも、何か変わる可能性だってある。

 明日から七月、今年も後半だ。踏み出すには、良いタイミングかもしれない。


「千織、また相談乗ってね」
「もちろん! いつでも連絡してね!」

 電話を終えてカーテンを開けると、どこまでも黒い夜が広がっている。私の不安をそのまま飲み込んでいってほしいと願いながら、ベッドに横になった。



「イッちゃん、おはよ!」
「おはよ、千織」

 翌日、金曜日。緊張でやや重たい足で教室に入り、入口近くにいる千織と挨拶を交わす。すると、ちょうどのタイミングで、谷川君も登校してきた。時間が経つと決心が鈍りそうだったので、自分の席に向かおうとしている彼に近づく。

「谷川君。放課後、ちょっといい?」
「うん、大丈夫だけど」

 驚いたような表情を見せた彼に、「自販機の前ね」と集合場所だけ伝えて、足早に席につく。自分を逃げられない状態に追い込んだせいなのか、どこか清々しい気分に包まれた。


 あっという間に授業が終わり、ホームルームを終えて、彼より一足先に二階の西端にある自販機の前に行く。真正面に見える、普段は惣菜パンやカップスープを売っている購買部は閉まっていて、昼休みの盛況ぶりが嘘のように静かだった。

「お待たせ、吉水さん」
「ううん、大丈夫」

 程なくして、谷川君が駆け足でやってきた。額に汗の粒を光らせながらも、優しそうな表情はそのままで、爽やかにも見える。

 どこで話そうか考えていなかったので、とりあえず屋外の渡り廊下を渡って、北校舎に行くことにした。南校舎はクラス教室、北校舎は放課後は部室にもなっている特別教室や職員室が集まっている。
 場所を選べば、南校舎にいるよりは知り合いに見られる可能性は低くなるだろう。見た人に告白だの何だのと誤解されて、谷川君に迷惑をかけるようなことはしたくなかった。

「えっと……ここ、にしようかな」
「あ、うん、分かった」

 二階で見つけたのは、備品室と書かれた部屋。中にはカラーコーンや折り畳み机が大量にしまわれていた。二人で入り、ゆっくりとドアをしめる。突然部屋に入ったので、谷川君はやや顔を強張らせていた。

「谷川君さ、映画の話、なんだけど……」
 震えている腕を右手でぎゅっと掴み、勇気を出して呼びかける。自分の唾を飲む音が、ゴクンと聞こえる。

「コンクールに出す作品って言ってたよね? 文化祭とかで流すわけじゃないんだよね?」
「うん、流さない。動画サイトとかにも投稿する予定はないよ」

 それを聞いて安心した。そして返事をするなら、今しかない。

「学校の人に見せない、なら……撮っ、てもいいよ」
「ホントに! ありがとう! 吉水さん、本当にありがとう!」

 バッと私の手を取ってもう一度「ありがとう!」と叫んだあと、恥ずかしくなったのかすぐにその手を離した。

「クラスの人にはさ、私が参加してることも言わないでね」
「もちろん、誰にも言わないよ、大丈夫。そっか、参加してくれるんだ、嬉しい」

 ドラマでよく見る、手術の成功を聞いた家族のように、彼は安堵からかゆっくりとその場に座り込んだ。なぜ参加する気になったかを聞かないのは、ずっと嫌がっていた私への、彼なりの配慮なのだと思う。

「ちょっと待ってね、吉水さん。部員にもすぐ伝えるから」

 高速で右手を動かし、手早くメッセージを送り終えた谷川君に、「それで」と切り出す。

「どんな作品なの? 他の役者さんってもう揃ってるの?」
「ああ、うん、三十分くらいの短編なんだけど、キャストは、その……」

 さっきまでとは一変して、途端に歯切れが悪くなる。私と同じように、まだ交渉中なのだろうか。

「実は……メインキャストはもう揃った、というか……吉水さん以外はいない……というか……」
「……え?」

「今回は、だから……基本的に吉水さんだけが主役って感じなんだよね」
「えええええっ!」

 この学校に来てから一番大きな声が出たかもしれない。廊下に聞こえないよう、慌てて自分の口を押さえる。

「なんでそれ先に言ってくれないの!」
「いや、だって言ったら絶対断られると思って……」

 肩を落としてしょげる谷川君に、私は溜息をつく。そんな私を見て、彼は力なく微笑んだ。

「まあ、どのみちいつかは話さなきゃいけなかったんだから、隠しても意味なかったね。吉水さん、撤回しても大丈夫だよ、メンバーにもまだ伝えたばっかりだから間に合うし」
「あ……ううん……」

 彼の表情を見て良心が痛み、本当に断っていいのだろうかと悩んでしまう自分が憎らしくも思える。なんとなく映画は二時間というイメージがあったので、例えば四人のキャストで二時間の映画と、私一人で三十分の映画なら、出番的には似たようなものなのでは、と「出てもいい理由」を頭の中で思い浮かべてしまっていた。

 それに、私の頭の中には、彼の言葉が残っている。

『吉水さんじゃないとダメだと思う』

 言われたとき、どれだけ嬉しかったか。あのときの胸の早鐘《はやがね》を、今でもすぐに思い出せる。
 そして、私は遂に二回目の決断をした。

「いいよ、ここまで来たから……やる、よ」
 項垂うなだれていた谷川君が、まるで大事件を聞きつけたかのように、バッと顔を上げた。

「やってくれるの! うわあ、ありがとう! 本当にありがとう、吉水さん!」
「何も分からないから、ちゃんとサポートしてね……」

 ありありと不安を映していたであろう私の顔を見て、彼は何度も深く頷く。


 七月一日。私にとって人生初の、そして何かが変わるかもしれない、映画撮影に参加することになった。
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