空を見ない君に、嘘つきな僕はレンズを向ける

六畳のえる

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第3章 過去との対峙

17. やっぱり自分は

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「具合悪いんですか、一晴先輩」
「吉水さん、すごく顔色悪いですけど……」

 国稀さんと糸倉君が心配そうに近寄ってくる。私は体調不良に逃げ込みたくて「そんなひどくはないと思うよ」と曖昧に、でも自覚があるように返した。

 あれから更に二回の撮影を試してみたけど、結局四回連続でNG。もう、どうしたらいいのか分からない。

「……よし、別のシーンから撮ろっか。国稀、カット46の夏美に話しかけるクラスメイト、お願いできるか」
「はい、大丈夫です。レフ板どうします?」
「ここはさすがに諦める。なるべく明るいアングルにして、編集のときにできる限りカバーするよ。マイクは余ってる机に乗せるとかして固定するから、敦史も背中だけ映る感じで入ってほしい。あと、もしできたら一晴も、背中だけ映すね」

 その指示に、無言で頷く。教室に他の生徒もいる雰囲気を出すために背中を映すなら私でもできる。目立つことはないから。あとで教室でワイワイ喋っているBGMを加えれば雰囲気が出るだろう。

「敦史君、ちょっと台詞変じゃないから聞いてくれる?」
「おう、いいよ。でも沙代っち普通に上手いからなあ」

 二人が話している間に、凌悟君が私のそばまでやってきて、耳打ちするようなボリュームで話しかけてくる。

「大丈夫? この後また何カットかやってみるけど、今日は無理しないでもいいから」
「ん……ありがと……」

 前半の気遣いが、ほとんど耳に入ってこない。「無理しないでもいいから」という部分だけが、彼の諦めを示しているようで、脳内に何度も響き渡る。

「敦史、そこに座って向こうむいて。一晴もそこに座って窓の方に体向けてもらっていい? じゃあカット46、ようい……アクション!」
 凌悟君の声の後に、国稀さんがスッと近づいてくる気配がする。

「ねえ夏美、修介たちとカラオケ行かない? ほら、この前ジャンボパフェある店見つけたじゃん!」
「カット! オッケーだね」

 ふう、と小さく息を吐く国稀さん。演技は得意じゃない、と言っていた彼女が一発オッケーになっていると、自分と比べずにはいられず、心がしぼんでいく。

「次のカットは後回しにして……敦史、会話に混ざってくるシーンお願いできる?」
「任せといてください!」

 飛ばされたカットは私が国稀さんに返事をする部分だろう。惨めな気持ちになりながら、糸倉君の一発オッケーの声をまた背中で聞いた。


 その後、教室でもう一度だけ撮影のチャンスをもらったけど、結果は同じだった。話すことができず、OKやNG以前の問題。カメラが回った途端、過去の失敗と後悔が蘇り、唇が震え、目は泳ぎ、喉はカラカラになる。みんなが体調不良を心配するのも無理はないような症状だった。

「ようい、アクション」
 もうテイク3だ。台詞を噛んだのでも笑ってしまったわけでもないのに、リテイクを重ねていく。


(クラス対応歌合戦かあ、ちょっと興味あるんだよね)


 あんなに練習したのに。あんなに。悔しさで吐き気すら覚える。

「う……ク……」

 声にしなきゃ。せっかく凌悟君が頑張って早めに撮影に入れたのに、私が頑張らなきゃどんどんスケジュールが遅れていってしまう。

「カット。よし、今日は一晴体調厳しそうだね。明日にしよう」
「ごめ……んね」

 謝って三人の方を見る。凌悟君は相変わらず優しい表情だったけど、今の私には愛想笑いにしか見えない。糸倉君と国稀さんは悲しそうな顔をしていた。心配してくれているんだろうか。

 でも今はそうは受け取れない。「またかよ」「台詞が言えないくらい体調悪いなんてことある?」なんて心の声を勝手に想像してしまう。


「じゃあ……今日は教室の撮影は風景だけ何カットか撮って外に行こう」
「うっす」
「敦史君、私マイクやるから、カメラお願い」

 黙ったまま、レフ板を捻って丸める。必要もないのに、ありったけの力を込めて握った。

 本当はもっと撮るはずだったのに、スケジュールそのものも変えてしまった。全員に迷惑をかけている自分が嫌いになる。でも、自分の想像で相手をイヤな人扱いしてしまう自分は、もっと嫌いだった。



「あら、おかえり」
「夕飯、要らないから」

 母親の言葉に一言だけ返し、そのまま二階の自分の部屋に行ってベッドに倒れ込む。制服を脱ぐのすら億劫で、何もしたくない。スマホで音楽でも流して別のことを考えたいのに、手を伸ばす元気もなくて、今日の撮影のことばかり思い返してしまう。


「……ふっ……うっ……うああ…………」

 さっきまでずっと我慢していた涙が自然と出てきた。目立たないように、深く傷つかないように生きてきたのに。こんなに泣いたのは、きっと中学のあの日以来だ。

「あっ……ああああ……」

 枕に顔を埋め、涙と嗚咽を吸わせる。悲しさ、悔しさ、恥ずかしさ、自分への怒り、申し訳なさ。ありとあらゆる負の感情が押し寄せてきて、心が潰れていた。


『撮影、ダメだった。やっぱり昔のままだよ』


 千織に一言だけ送って、電源を切る。返信は見たくない。


 打ったメッセージを思い出して、いつも自分にぶつけていた言葉が蘇る。どうせ、自分なんて。

 結局自分は、中学二年の頃から何も変わっていないのだ。どんなに取り繕っても、肝心なところで緊張して、失敗してしまう。そして失敗を怖がって、何も動けなくなる。

 目立たないように生きてきて、それで何とか三年間過ごしてきたのに、ちょっと頼まれたくらいで「やってみるか」なんて気になって映画の主演なんて引き受けて。出来もしないことを練習して、出来もしないことも楽しみにして、そして結局、この有様。反省と後悔がぐるぐると渦をまく。

 自分一人ならまだ良かった。「自分にはまだ早かった」「向いてなかった」だけで済む話だ。でも今回は違う。期待させるだけさせてしまった凌悟君に申し訳が立たない。糸倉君に、国稀さんに、明日どんな顔をして会えばいいか分からない。


 明日撮影するとして、結果は一緒だろう。今日できなかったことが明日すんなりできるはずがない。自分には無理だった。演技ですら、笹倉夏美にはなれなかった。悔しい。悔しい。泣きながら唇をギュッと噛むと、微かに血の味がした。

 やっぱり降板させてもらおう。コンクールの作品提出まで、あと一ヶ月以上。今なら間に合うかもしれない。代わりのキャストを見つけるのを手伝ってあげれば、せめてもの罪滅ぼしになるだろうか。


「……そうしよう」

 力なく呟く。自分の声とは思えないほど、生気がない。


 自分が嫌いだ。こうなる可能性も予見せずに、軽はずみに引き受けてしまった自分が嫌いだ。喉元を過ぎた暑さを忘れて不相応な目立ち方をするのに「撮影が楽しみ」なんて思っていた自分が嫌いだ。それでも、今の状況になってなお、凌悟君に幻滅されたくないと考えている自分が大嫌いだ。


 制服のまま、ただ泣き続ける。不気味なほど黒い、心の中みたいな夜の空が、窓の向こうで町と私を飲み込んでいった。
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