北の大地に花束を

透峰 零

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1章 その首160億につき

罪人と行き倒れⅠー ⑦

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「良いのか、おれ達にばかりかまっててよ?」
「……なんだと?」
 光を失った空間に、ロウドの声が落ちる。思わず眉を跳ね上げたアッシュを、周りの男達も薄笑いを浮かべて見ている。
「あの女」
 ことさら焦らすように、ロウドはそこで言葉を切る。
 アッシュの表情は変わらない。
 それをどう取ったのか、彼は尚も唇を歪めて続ける。
「上玉だそうじゃないか。今頃、昨日コケにされた借りをたっぷり返されてるだろうぜ」
「お前らの言う女がさっき俺と別れた奴だというなら、心配無用だろうさ。お前らみたいなド三流にやられるような腕じゃない」
 嘲弄をもって答えたアッシュに、何かを探るようにロウドの目が細められる。
「なら、試してみるか? お前がおれ達全員を倒せるか。倒して戻ったとして、その時あの女がどうなってるか」
 男達が武器を構える。ロウド自身はというと、自分が手を下すまでもないとでも言うように、背を向けた。その背中越しに、ひらひらと小馬鹿にするように右手が踊る。
「まぁ、半刻もあれば十分だろうな。せいぜい、自分に関わったやつがどうなるかよく見てから死ねよ」
 ロウドとアッシュの間を邪魔するように、男達が一歩進み出る。
「半刻で済むと思うなよ。たっぷり可愛がってやるからな」
 余裕たっぷりの夜盗達の挑発にも、アッシュは無反応だった。
 いや――。
「半刻もいらねえだろ」
 ふっ、と息を吐きだしたアッシュは笑った。
「三十秒で十分だ――悪いが、先手はやらんぞ」
 言った時には、すでに彼は動いていた。
 暗闇をものともせずに距離を詰め、刃を振るう。
 殺しはしなかった。致命傷にならない程度に斬り、あるいは刃のついていない面で叩き伏せる。
 宣言通り、三十秒も経たないうちにその場にいた男達はすべて地に倒れ伏して呻いていた。
 奥にいたロウドが驚いたように口を半開きにしていたが、そちらには一瞥すらくれずアッシュは今来た道へと踵を返す。
「なるほど、まさか本当にあれほどの腕だったとはな」
 薄闇を遠ざかる背中を見やり、ロウドは呆れたように呟く。だが、それも一瞬。
 すぐにその顔を暗い愉悦に歪める。
「けど、相手が人とは限らねぇぞ色男」
 ロウドのそんな声が聞こえているはずもなく、アッシュは足早にゼフィラトへと戻っていた。幸い、別れてそう時間がたっていたわけではない。
(ったく、俺は何をやってるんだ……)
 別に彼女ならば、自分が心配する必要はないだろう。あのくらいの雑魚が何人でかかってこようが、何を仕掛けていようが、確実に彼女の魔術の方が早い。
 それは昨夜の闘いでよくわかっている。
 わかっているのだが――。

『自分に関わったやつがどうなるか……』

 知っている。分かっている。

「だから着いてくるなと言ったんだ。馬鹿野郎」
 いや、やはりあの時彼女を助けなければ良かったのだろうか。
 別に自分でなくても、あそこを通る者がいたかもしれない。
 だから、もう関わるな。
 彼女なら大丈夫だ。
 引き返せ。
「うるさい」
 呻くように呟いた声は、闇に落ちていく。
 自分の偽善者面に苛立ちがつのる。それでも、足を止めることはできなかった。

 やがて、遠くにシルエットとなった教会が見えてきた。
 さらに足を早める。さっきクロスと別れた場所が近づいてきた。
 そこを過ぎ、教会を通り過ぎようとした時、アッシュは向こうから歩いてくる人影に気がついた。
 白いローブ、闇でも輝く長い銀髪。クロスだ。
 どこも怪我をしている様子はない。
 わかっていたことだが、ホッとした。
 そうして、彼女に向けて手を上げようとした時だった。
「……っ!」
 何とも言えない悪寒が背筋を駆け抜けた。
 反射的に背後を振り向くが、誰もいない。人の気配はない。
 いや――。
 直感の命じるままに彼が上を見上げたのと、クロスが「上だ!」と叫んだのはほぼ同時だった。
「炎よ・我が命を受け・はじけよ!」
 詠唱。目の前で教会の天井が火を吹いた。
 炎に照らされ、地面に大きな影が落ちる。
 三日月より少し太った月を背景に、教会が傾ぐ。
 空が落ちてくると表現しても差し支えないような、悪夢じみた光景だった。
 一度傾き始めた教会の崩落は止めることは出来ない。
 それはまるで炎を纏った鉄槌。
 凄まじい音と共に、教会が地面に激突する。もとから老朽化していた教会が、その衝撃に耐えられるはずもない。
 たちまち教会は圧壊し、轟音と振動が空間を震わせた。
 見事なステンドグラスは粉々に割れ、瓦礫からは炎と粉塵が立ちのぼっている。
 教会は、完膚なきまでに崩れ去っていた。

 その下にいた青年を巻き添えにして。

「死体を掘り起こさねぇと、な」
 教会の裏に立ち、そう笑うのは昨夜アッシュにあしらわれた男達だった。
 今なお赤々と燃える瓦礫から、じわりと赤いものが染みでた。
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